第八十九話 お前は一体、何様だ。
「あ、お帰りな――ど、どうしたんですか、アリスさん!! 真っ青な顔してますよ!?」
「あ、アリス!? どうした!! 何かあったのか!?」
王城から、どうやって帰って来たのか、全然記憶にない。気が付いたら目の前で心配そうにこちらを見やるエリサとジーク、その後ろで同じような表情をこちらに見せるエディ、ラインハルト、メアリの姿があった。
「あ……エリサ……?」
虚ろな瞳で見つめているのであろう、そんな私の目を見てエリサが息を呑んだのが分かった。
「……アレンですか?」
「うん……だけど……その……」
「……分かりました」
言い淀む私に一つ頷き、エリサは振り返って両手を頭の上でパンパン、と二つ鳴らす。
「――はーい。皆さん~。今日はアリスさんお疲れだそうなので解散でーす。今日は私とガールズトークしますんで~。はい、お帰りはあちらですよ~」
にっこり笑ってそんな事を言うエリサ。その姿に、ジークやエディ、ラインハルトが詰め寄った。
「な、何を言っているエリサ嬢!! そんな顔をしているアリスを放っておいて解散など出来る訳無いだろう!! しかも、王城から……エカテリーナ母上とアレンの元から帰って来てだぞ!! 俺には聞く義務がある!!」
「はい、残念でーすジークさん。アリスさんと話をするのは義務じゃありませーん。権利でーす」
「なっ!!」
「ほらほら! エディさんもラインハルトさんもさっさと帰って下さいな! ガールズトークに入りたいなんて気持ち悪いですよ!! っていうか、キモイです!!」
「キモっ……!!」
「……まあ、どうしても聞きたいなら……リリーさん?」
「……そうですね。皆さん、お気になされているようですし……」
一つ頷いて、『それではご説明させて頂きます』と皆をお茶をしていたテーブルに誘導するリリー。そんなリリーを横目で見ながら、メアリが小さくお辞儀をする。
「……それでは私はお茶の準備を。精神が落ち着くハーブティーがありますので、そちらを淹れておきましょう」
「……精神が落ち着くって、なんかヤバめのクスリとか入ってないですよね?」
「合法的なモノですよ。それでは……エリサ様、アリス様をよろしくお願いします」
「任せて下さい!!」
トン、っと自分の胸を叩いてエリサは私の手を引っ張って屋敷の中へ入り、そのままエリサの部屋へ連れて行かれてベッドの上に座らされる。程なくして、メアリが紅茶を運んで私とエリサの前に置いてエリサの部屋を後にする。その姿をゆっくりと見つめ、運ばれた紅茶を一口口に含んだ所で、エリサが口を開いた。
「……アレンに逢われたんですよね?」
「……うん」
エリサの言葉に、ゆっくりと頷く。と、同時にアレンの言葉が――『――俺はアリス・サルバート、お前の事を絶対に許さない!! ずっと……ずっと、恨んでやるからな!!』という言葉が頭の中でリフレインされ、寒くも無いのにブルリと体が震えた。
「……その反応だと……『好きだ、アリス・サルバート!!』みたいな情熱的な告白を受けたワケじゃなさそうですね?」
「……真逆だね。『一生、恨んでやる』って言われたわよ」
「……アレンがアリスを一生恨む? ええっと……なんでそんな事になるんです? 今まで逢った事無かったんでしょ? それで、なんで恨むとか恨まないとかの話になるんですか?」
はてな顔で首を傾げるエリサ。そんなエリサに、私は口を開く。
「お前と婚約を結んでから、ジーク兄上は変わったって、言われた。お前が現れるまで、エカテリーナ様は俺の『母上』だったんだって……アレンの世界は全部――」
――全部、私が壊した、と。
「……全部、壊した? どういう意味です?」
「……エリサに話をしてなかったかも知れないけど……ジークとエカテリーナ様……アレンの実の母親ね? その二人を和解っていうか……こう、『親子関係』にしたのって、私なの」
「……はい」
「それで……その、エカテリーナ様が……こう、ジークを大事にするじゃない? そのせいで……自分だけの『母親』じゃなくなったっていうか……」
「……はあ」
聞いているのか聞いていないのか、なんだか間の抜けた声を上げるエリサ。思わず視線をエリサに向けると、エリサは首を傾げながら口を開いた。
「あ、別に真面目に聞いて無かった訳じゃないんですが……なんでしょ? それって……ううん……どういえば良いか……」
しばしうんうんと唸って見せるエリサ。やがて、ポンと何かに閃いた様に手を打って見せる。
「……私、妹がいるんですよ。四つ下の」
「……妹、居たんだ」
「はいー。今では元気に陸上部でバリバリ運動なんかしてる子なんですけど、小さい頃は喘息持ちでして。お父さんもお母さんも妹に付きっ切りだったんですよね」
「……」
「いや~、妹、恨みましたよ~。『私にも構って!!』っていっつも思ってましたもん」
「……」
「……アレンの言っている事って、長幼は逆ですけど究極それと一緒でしょ? んなもん、放っておけば時間が解決する事ですし……そんなに、アリスさんが気にする事です? あんなに顔を真っ青にしてまで」
……エリサの言っている事は、正論だ。アレンの言った事は、究極、『子供の癇癪』でしかない。六歳の子供、癇癪を起しても仕方ない。
「……そうじゃないんだ」
仕方ない、が。
「……そうじゃない?」
「……私はね、エリサ。ジークや、エディ、それにラインハルトに……どう云うんだろう? まともになって欲しかったのよ」
「……分かりますし、感謝もしていますよ?」
「でも……それ以上に、『幸せ』になって欲しかったんだよ」
「……」
「……ジークが、エカテリーナ様と仲良くなったのは……まあ、結果論だけど……でも、それでジークは幸せになったと思ったんだ。エカテリーナ様も、幸せになったと思ったんだ。これで、きっと『いい方向』に進むと、そう思ったんだ」
――ジークの、真っ暗だった世界に一筋の光を与えたと。
――『お母さん』が守ってあげるなんて、上から目線で。
――『ゲーム』を知っているから、と……調子に乗って。
「――その裏にある、『闇』の事なんて……何にも、気にせず」
怖がられた事もあった。憎まれた事もあった。嫌われた事だって、あった。
「……『恨まれた』のは、初めてだった」
ジークは、ゲームの世界とは違い、幸せになっているだろう。
――では、アレンはどうなんだろうか? 私が、『この世界』に現れてからの二年、寂しい思いを――初対面でも、『恨んでやる』なんて言葉が出て来るほど――追い込まれていたのでは無いだろうか。
……いや、アレンだけではない。考えてみれば、ワイズだってそうだ。だって、そうだろう? 私達とエディが出逢わず、ゲーム通りに行動していれば、エディが学園を受ける事もなく、敵対する事も無かった筈だ。なら……間接的に、ワイズの人生も狂わせた。
「……私がしてきた事は……間違って、たのかな?」
私の行いで『生きている』人間が不幸になった。『ゲーム』の登場人物じゃない、生きて、暮らして、笑って、泣いている――人間が。
「……私は……間違っていたのかな?」
きっと、縋る様な目になっていただろう。そんな私の目を見て、エリサは優しい微笑みを浮かべて。
「……ええっと……アリスさん、もしかして……結構、馬鹿なんですか?」
そんな事を、言ってきた。
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