第七十六話 暴力反対!! って、どの口が言うの?
「……」
「……」
「……九歳になって、少しは落ち着いたかと思えば……三つ子の魂百までとはよく言ったものだな、アリス」
「……はい」
最近、なんだか来ることが増えた様な気がするお父様の執務室。机に座ったまま、呆れた様にこちらを見やるお父様に、それでも私は声を大きくする。
「で、ですが……」
じっと、お父さまの目を見つめて。
「それでも……間違ったことはしていないと思っています!」
「……ほう」
私は……間違った事は、していない。
「その……リリーは寄子ですし……なにより、友達です! そんなリリーが困っていたなら、助けるのは当然です!! お父様に、ご、ご迷惑をおかけした事は謝りますが……でも!」
「……ふむ」
そんな私の言葉にお父様はヤレヤレと云った風に首を左右に振って。
「――お前の言う通りだ、アリス。お前は別に、間違った事をしたとは私は思っていない」
そう言って力強く頷いて……って、え?
「お、お父様?」
「何を驚いている? 間違ったことはしていないと、今しがた自分で言ったではないか」
「そ、それは……は、はい。そ、そうですが……」
……いや、驚いた。間違った事はしてないと思っているし、もし、もう一度同じ場面になればきっと同じことをしただろうという思いもある。あるが……
「……お父様が肯定してくれるとは思いませんでした」
これだ。絶対、怒られると思ったのに……そんな私の言葉に、お父様はふんっと鼻で笑ってみせた。
「お前の言った通りだ、アリス。貴族の寄親は、寄子を守るものだ。言い方は悪いが……たとえ、どれ程寄子に非があろうとも、寄親だけは寄り添わなければならない。ただ庇え、という訳ではないぞ? 間違いを正し、罪を償うまで共に寄り添え、という話だ」
「……」
「今回の事はリリーには全く非が無いのだろう? ならば、お前が我慢する必要はない。正々堂々アリス、お前はリリーを庇えば良い。それはこのスモル王国の貴族社会では至極真っ当な事だ」
「……そうなのですか?」
「当たり前だ。爵位の上下や、家の興亡を見て簡単に寄子を売る様な真似をする寄親に、一体だれが付いてくると思う? どれ程分が悪かろうが、寄親として最後まで寄子と共にある事こそが、貴族として最も大事な事だ」
「……」
「今回の事に関してはデイヴィットのヤツにも文句は言わさない。まあ、アイツも文句は言ってこないだろうが……まあ、良い。ともかく、お前は何も心配するな」
そう言ってお父様はにっこり笑って。
「――それになにより、リリーはお前の『友達』なんだろう? ならば、お前はリリーを全力で助けてやれ」
「……おとう……さま」
……なんだろう。ちょっと泣きそう。勝手な想像だが、貴族社会ってもっとごちゃごちゃでぐちゃぐちゃした、おどろおどろしいものだと思ってたのに……ごめん、わく学。お前の事、馬鹿にしてたかも知れない。謝るよ。
「……泣くな、アリス」
笑顔のまま、お父様は立ち上がり私の側まで歩いてくる。私の側にたどり着くと、お父様は私の頭に優しく手を置いて。
「――泣くのは、これからだ」
「おとうさ――は? 泣くのはこれか――っ~!!!! 痛い!!」
『ゴン』という鈍い音共に、頭に衝撃が走り、目の前に光が飛ぶ。あ、頭が! 頭が割れそうに痛い!!
「っーーー!! な、何をするんですか、お父様!!」
さっきとは違う意味で涙目になってお父様を睨みつける私に、お父様がそれ以上の『圧』で私を睨み返してくる。な、なんだよ!! なんでそんなに睨むんだよぉ!
「こ……の馬鹿娘が!! 直ぐに手を出すその癖、いい加減に直せ!!」
「て、手は出してません!! 出したのは――」
「足を出したなんて馬鹿な事を言ったらもう一発だぞ?」
そう言って握った拳にはーっと息を吹きかけるお父様。ひぃ!!
「ぼ、暴力反対!!」
「……どの口が言うんだ、という見本を見せろと言われればお前を見せるぞ、私は。よくもまあ、そんな事が言えたもんだな?」
ジト目を向けるお父様に、『うっ』と息が詰まる。そ、そりゃ……で、でも!!
「お、お父様、さっき言ったじゃないですか!! 間違った事はしていないって!!」
「その通りだ。お前のした事は間違ってはない。リリーを助けようとした行為は、寄親としても、友としても正しいな」
「だったら――」
言いかけた私を手で制し。
「――だが、やり方は悪い」
「――……」
「交渉すらせずにいきなり殴り飛ばす様な人間が何処にいる?」
「……話を聞くような相手には見えなかったもん」
「ほう。ならば、聞こう。お前はワイズと話をしたのか? 話し合おうとしたのか?」
「そ、それは……でも!」
「見ただけで分かる、などと言うなよ? 悪いが、私はお前の人を見る目にそこまで信頼を置いていないし……私の方がワイズの事は詳しい自負はある」
「……」
「ワイズは小賢しい所もあるが、別に馬鹿ではない。なんでも如才なくこなすし、メリット・デメリットの判断もきちんと付く男だ。話をすれば、もうちょっと良い着地もあっただろう。その選択肢を放棄して、いきなり殴りかかるなど、正気の沙汰ではないぞ、アリス? たとえ、リリー可愛さだとしてもだ」
「……」
「……別に暴力が絶対に悪い、とは言わん。国同士の外交だってそうだ。話し合いで解決しないから、拳骨で殴り合う戦争に突入するわけだからな。だから、暴力全てを否定はせんが……」
そう言って、呆れた様にため息を吐くお父様。
「……それでも知恵のある人間だろう、アリス? 山猿か何かか、お前は?」
「……」
「ともかく、暴力的な行為は慎め! もし、今度暴力的な事をしたら」
「……したら?」
「――頭にたんこぶが出来るくらい、拳骨だ」
「ぼ、暴力反対!!」
「別にお前がおとなしく過ごしていればいい話だろう? そもそもだな? お前の身分と女性という立場を考えれば、お前の事を殴れる人間など居ないのだぞ? お前だけ、セーフティから殴り飛ばすというのはどうなんだ?」
そう言ってお父様はニヤリと笑い。
「――殴られる度胸も無いヤツが人を殴ろうと思うな。これからは、お前が暴力をふるった分、自分に返ってくると思えよ?」
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