第七十五話 飛べ⇒飛ぶ!
「……エディの……お兄様」
「……ああ。俺の兄で、ワイズ・エヴァンスだ」
すまなそうな表情を一瞬、こちらに向けた後、エディが厳しい視線をワイズに向ける。
「……なんの用ですか、ワイズ兄さん」
「特段、用はないさ。たまたまお前を見かけたから声を掛けただけだ。そんなはしたない恰好をした女を二人も侍らせて、良いご身分だなと思ってな?」
ふんっと鼻で笑って私達を見やるワイズ。その視線には、他の男性陣に向けられた様な下卑たものでも、遠巻きに見つめられる嫌な感じでもない、明確な――敵意。
「……謝罪と訂正を、兄さん。この淑女はサルバート家の令嬢であるアリス・サルバート嬢と、スワロフ家の令嬢であるリリアーナ・スワロフです」
「それがどうした?」
「それがどうしたって……」
「事実として、はしたない恰好だろうが? それだけ足を露出して……貴族令嬢なら貴族令嬢らしく、節度のある服装を心掛けるべきではないのか?」
「……この服装は今、アリスが始めた古着屋の新作になります。宣伝と販売を兼ねて、彼女がこの服を着て王城に来ているのです。上に立つものが率先垂範して仕事をするのは美徳だと思いますが?」
私とワイズの間に割って入る様にエディが体を入れて、私をかばう様にワイズの前に立ってくれる。この二年ですっかり伸びた背と大きくなった背中はなんだか安心感がある様に感じた。
「……ふむ」
そんなエディに隠されてしまった為、ワイズが今どんな顔をしているのかは分からない。
「……なるほど。お前の言う事も一理あるな」
「……」
「確かに、上に立つものとして、ただ偉そうにふんぞり返っていれば良いという訳ではない。上に立つものが先に動くことで下の者に知らしめる必要性もあるからな」
……どんな顔をしているか分からないが。
「だが、そんな頓狂な恰好をして王城内を媚を売って歩くことが、本当に『上に立つ者』の仕事なのか? だとしたら、随分とまあ、程度の低い話だな?」
――こいつ、絶対馬鹿にしてやがるだろう?
「兄上!!」
「事実だろう? リリアーナ嬢も可哀想にな? こんな恥ずかしい恰好までさせられて……寄親の我儘に付き合わされて……『スワロフ家の白百合』と呼ばれた可憐な貴方が……不憫な」
憐憫の情の混じったその声音に、リリーの額に青筋が浮かんだのが分かった。これ、まずっ!
「……私は私の意思でこうしてアリス様と一緒に王城に来ています。そして、それはアリス様に対する侮辱ですよ? 訂正して下さい」
「……そうだな。悪かった。幾ら嫌でも寄親の娘の前で不満など口に出来ないな」
「ですからっ!!」
「分かった、分かった。リリー嬢は自分の意思で来ている、と。そう云う事だな?」
悲しそうに首を左右に振るワイズ。は、はあ? なんだ、こいつ?
「……ねえ、エディ? なんなの、あの人? 人の話、聞いてるの?」
「……兄はアレン派でも過激だからな。ジークと、ジークの婚約者であるアリスに対する悪意は強いさ」
「……大丈夫なの、エディ? そんな中で私達と仲良くして……」
「……」
「エディ?」
「……すまない。より正確には、お前たちの事が憎いというよりは……俺の事が憎いんだろうな」
「……え?」
「……昨年、俺が王立スモル学園に合格しただろう? 前も言ったが、我が家の子供は全員養子だから……後継者が決まって無くてな?」
「……は? ちょ、ちょっと待って? それって……エディに嫉妬しているから、私たちに絡んでるって事?」
「……まあ、その……そうだ」
……うわぁ……
「……器、ちっちゃぁ……」
なんだろう? 人としての器が小さすぎるだろう、それ。
「……その……本当にすまない」
そう言ってエディが頭を下げる。なんでエディが頭を下げるのさ?
「貴方が謝る事じゃないでしょ、エディ。貴方が努力をしているのは私達皆が知ってるし」
「……俺は……お前たちの傍にいてもいいのか?」
「何言ってるの? むしろそれを理由に離れて行ったら、そっちの方が許さないわよ」
「……ありがとう」
そもそも、あの感じだったら私達がエディとつるんで無かったとしてもきっとああいう感じでダル絡みして来てただろうし。
「そうだ! リリー嬢? どうだろう? 今度お茶でも行かないか?」
「行きません!! というか、貴方、何勝手に私の事を愛称で呼んでいるんですか!!」
「ははは。照れているのか?」
「なんなんですか、この人!? ふえーん! アリス様!! 怖い! この人怖いです!!」
「……エディ」
「……兄は優秀と言われていたからな。その……容姿も端麗だし、昔から女性人気も高くて……こう……自信家というか、ナルシストというか……」
「……」
「……すまん。返す返すも、ウチの兄が……」
「……」
……ふ、不憫すぎる……此処までしょんぼりとしたエディ、見た事ないぞ!? っていうか、エヴァンス侯爵!? アンタの教育方針知ってるけど、幾らなんでもフリーダムに育て過ぎだろうが!
「……さ、最悪過ぎる」
「……もう、本当に申し訳ないとしか言え――」
「――きゃあ!! さ、触らないでください!!」
再び謝ろうとしたエディの声を遮る様に悲鳴が聞こえる。慌てて悲鳴の方――リリーに視線を向けると、そこにはリリーの腰に手を回したワイズの姿があった。
「ん? 何を照れているんだい?」
「照れてません!! 気持ち悪いだけです!!」
本気で嫌がるリリー。こちらに視線をちらちらと向けている所を見ると……ああ、うん。アレ、ラリアットの許可求めてるな?
「ダメだ!!」
まあ、長い付き合いだ。リリーが何を望んでいるのか判断したのか、エディがそう言って止める。
「……何でよ?」
「兄は優秀だと言っただろう! 悪巧みは上手いんだよ! リリー嬢は子爵令嬢、爵位はウチの方が上だ! 問題になる!」
「……うわー……爵位マウント? だっさ」
「言わんとしている事は分かる。此処は俺が止めるから――」
「――ああ、ごめん」
「――アリス、お前も――って、アリス!? 手は出すな!!」
あ、それ、盛大なフリかな?
「――リリー、離れて!!」
私の声を聴いたリリーが……普通の淑女程度の力を使ってワイズの腕から逃れる。リリーを握っていた手が離れ、名残惜しそうな視線をリリーに向けていたワイズの元まで走って。
「ああ、リリーじょ――ぐふぅうぅぅぅうううううううう!!!!!?????」
九歳になり、威力を増した『真・アリスちゃんドロップキック』が火を噴いた。綺麗に体を『く』の字に曲げて、ワイズが吹っ飛んでいく。
「……」
「……」
「……うん、よく飛んだ」
「よく飛んだ、じゃない!? お前、何考えてるんだよ!! 言っただろう!! 手は出すなって!!」
「……手は出してないし。出したの、足だもん」
「トンチをしてるんじゃない!! 暴力はやめろって意味に決まってるだろう!!」
「あ、そうなの? フリかと思った。ごめーん。てへぺろ」
「てへぺろって……」
「……まあさ? そもそも、ウチの可愛い寄子の嫌がる様な事をしたんだよ?」
『アリス様~』なんて私の胸に飛び込んで来るリリーを抱きしめて。
「――私がこのオトシマエ、きっちり取らないとね?」
可愛いリリーに良くも手を出してくれたな、こん畜生め。
『面白かった!』『続きが気になる!』『アリスちゃん、がんば!』という方がおられましたらブクマ&評価の方を宜しくお願いします……励みになりますので、何卒!




