第七十四話 遠巻きの悪意と明確な悪意と。
「……つ、疲れた……」
リリーの衣装を完成させたエリサがそのままバタンキューし、完成した衣装を二人で着込んで王城に『営業』を掛けた日から一週間が経った。私たちの始めた古着屋の事を知っている人も勿論いたが……当然、王城中の人間が知っている訳ではないので、物凄く見られた。二度見とかめっちゃされた。好意的な視線も多かったけど……まあ、『なにしてんだ?』みたいな視線も受けたりもした。その、なんだ? 衣装がまあまあ扇情的なもんだから『そういう』視線で見られたりもしたし。まあ、そういう人間にはリリーがとんでもない『圧』を出してたんで、何かをされたりとかは無かったんだが。
「お疲れ様です、アリス様」
『アリスが来たら自由に使ってくれて良い』と言われた王城内の中庭に誂えられた東屋で少しばかり休憩中の私に、リリーが王城の女官が淹れてくれた冷たい紅茶をそっとこちらに差し出してくれる。氷の浮いたそれが喉の渇きを潤してくれて、私もほっと一つ息を吐いた。あー……うめぇ……。
「美味しいですか?」
「うん。ありがとうね、リリー」
そう言ってにっこり笑って見せると、リリーの顔が少しだけ心配そうに歪んだ。ん? どうした?
「その……最近、アリス様、お疲れの様でしたので……」
「……まあね~」
自分でやるって言いだした事だし、泣き言は言いたくはないんだが……それでもまあ、しんどいのはしんどいよ、うん。
「視線がね~」
「……やはり、あの男どもの下卑た視線でしょうか? ……滅しますか、やっぱり?」
「やっぱりってなんだ、やっぱりって!! っていうか、滅すって単語を始めて聞いたんだけど!?」
なんだよ、『滅す』って! そこまでしなくていいよ!
「っていうか……そもそも、男の人の下卑た視線は貴方の方が浴びているんじゃないの?」
……そう。リリー、九歳児とは思えない程……その……胸部がふくよかなのだ。私? 私はつるぺたーんだよ!! っていうか、九歳であの胸が恐ろしいまである。
そんなリリーなので、男の視線に関してはやっぱり集めやすいのだ。しかも、着ている服装がゴスロリ……とまでは行かんが、まあまあ幼い恰好なんでアンバランスさで。っていうか、幾らそうでも九歳児の胸に視線が行く男が国の舵を取る国ってどうなんだ? この国、マジで大丈夫か? ……まあ、その国のトップの奥さんがあのアンチエイジングの化け物と言っても過言ではないエカテリーナ様だし、もしかしたらお国柄なのかも知れんが。
「だからまあ、その視線に関してはそんなに思わないよ? そりゃ、気持ちがいい物じゃないけど……」
まあ、我慢できない程イヤ、という感じでもない。正直、前世の日本でもべっぴんさんって訳じゃない私でもスカート履いてたら太ももとかジロジロ見られてたし。
「まあ、人から寄せられる遠巻きの悪意ってヤツにちょっとあてられてるのよ」
「遠巻きの悪意、ですか……まあ、そうでしょうね」
そう言って納得の言った風にリリーが頷く。お父様の事を快く思っていない人も一定数王城内には居るし、そうなったら当然、娘の私にもヘイトがたまる。しかも、このわく学世界で異質な恰好して来たらもっと溜まるって訳だ。
「そんな中、王城で笑顔を振りまいて歩くのっていうのもまあまあしんどいからね~。流石にいつもニコニコは難しいわよ」
こう、ねっとり絡みつく『悪意』に晒されながら味方が一人しかいない王城内を歩くのは結構しんどいのは事実だ。もしかしたらお父様は此処まで見越して……つまり、社交界の経験値を得させる為に王城に来させたんだろうか? 『皆に好かれるアリスちゃん』なんて幻想も良い所だし。
「……だとしたら狸だね、お父さま」
「アリス様?」
「なんでもないわ」
こちらに視線を向けるリリーに、ひらひらと片手を振って見せる。と、視界の端にこちらに走ってくる人物が目に入った。
「アリス!」
「エディ? どうしたの?」
「丁度、仕事が一段落したのでな。アリスが王城に来ているのは知っていたし……息抜きでもさせて貰おうかと。相席良いか、リリー?」
「……折角、アリス様との二人きりの時間でしたが……まあ、エディ様なら許可しましょうか」
「……俺が言うのもなんだが、お前も好きすぎじゃないか、アリスの事」
呆れたようにため息をついて、エディがテーブルに置かれた椅子に腰を下ろす。疲れた様に目頭を揉みながら、そばに控えている女官に紅茶を一つオーダー。置かれた紅茶の香りを鼻で楽しんだ後、エディは紅茶にゆっくりと口を付けた。
「……どうだ? 王城は」
「あー……まあ、あんまりいい気分ではないかな?」
「……だろうな」
「分かるの?」
「……ひと昔前程では無いにしろ、いまだにジーク派とアレン王子派の派閥争いはあるしな。アリスの家、サルバート家は大公爵な上にジーク派の領袖だろう?」
「……そうじゃないって言ってたわよ、お父様」
「よその人間にどう見えているか、が問題だ。そういう人間からしたら、お前なんて敵も良い所だしな」
「……だからか。なんか凄い悪意のある視線、向けられていると思ったんだよね」
「……流石に直接絡んで来る様な人間は……まあ、あまり居ないが」
「……あまりは居ないけど、居るにはいるんだ」
「……まあな。何処の世界にも馬鹿な奴はいるし、そいつらが――」
「――エディ? エディじゃないか。そんな所で……アリス・サルバート?」
不意に、後ろから掛かった声にエディの顔がゆがむ。私が後ろを振り返ると。
「――ふん。良いご身分だな? そんな娼婦の様な女を二人も侍らして……流石、次期エヴァンス侯爵の第一候補様は余裕だな?」
そこには、おそらく私と同年代ぐらいだろう男の子が一人立っていた。完全に敵意むき出しのその視線に、思わず視線をエディに向けると。
「……すまん、アリス。馬鹿に絡まれた」
「……知り合い?」
「……残念ながら」
そう言って申し訳無さそうに視線を下げて。
「――私の、『兄』だ。アレン王子のご学友を務めている……まあ、アレン王子派の人間だ」
……マジか。
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