第七十話 ヤバい、圧が凄い、圧が。
「……アリスさん」
「……あによ?」
「そんなに膨れないで下さいよ~。よくお似合いですよ、その衣装」
「……」
「……もう」
そう言って『はぁ』と頬に手を当てるエリサ。いや、『はぁ』じゃねーよ、『はぁ』じゃ。こっちのセリフだよ。『はぁああん!?』って感じだけどな、こちとら。
「……覚悟を決めて下さいよ! アリスさんだって、このお店が繁盛した方が良いんでしょう?」
「そうだけど……」
そりゃさ? 私だってこの古着屋が繁盛しないよりは繁盛した方が良いよ、うん。でもさ? それは人としての尊厳を売り渡してまでする程の事なのか?
「尊厳を売り渡してって……別にコスプレなんて珍しいモノじゃないでしょ? 現代日本に住んでたんなら、それぐらい」
「そうだけど……私、コスプレした事無いし」
現代日本に住んでいたからといって皆が皆、コスプレをした経験がある訳じゃないだろう。そりゃ、私だって乙女ゲー好きだったし? 『死霊王のお姫様』に登場するヒロインのアリスの格好も可愛らしいな~とは思ってたよ? 思ってたけどさ!!
「……私、向こうではアラサーだったのよね? 流石にこの格好は結構キツい」
膝上のスカートに白と黒のボーダーのニーハイソックス。まさに『不思議の国のアリス』に出てきそうな青いエプロンドレスに、頭に大きな赤いリボンだ。ヤバいだろ、これ? 三十手前の女がするの、痛すぎだろう。
「今は九歳児ですし? よくお似合いですよ?」
「この悪役顔に、こんな可愛い恰好が?」
「悪役顔って……まあ、アリスさん、ちょっと目尻キツい感じはするんですけど、その服を着た時に顔真っ赤にして涙目でこっち睨んで来たじゃないですか?」
「……睨むぐらいはさせろ」
むしろ、着ただけ有り難いと思え。
「いえ、それは良いんですけど……ぷるぷる震えながら羞恥に顔を染めてこっちを睨むアリスさん……」
はぁ、っと艶っぽい吐息を一つ。
「――正直、はかどります」
「何が!?」
え? こいつ、やべーぞ!! おい、わく学!! こいつ、ヒロインだろう!? もうちょっとマシなヤツを転生させろ!! そう言う所だぞ、マジで!!
「そもそも……アリスさんもご納得いただけたと記憶していますが?」
「……まあね」
『良い服』と『売れる服』はまた別の話だ。服のデザイン性がどれ程素晴らしくても、それが流行に乗っていないと……まあ、この世界に流行もへったくれも無いんだろうが、このデザインの服を『奇抜』と捉えられたらアウトだ。
「昨日、お話したでしょ? 流行を掴むのは難しいですが、流行を作るのは可能です。アリスさんとエディさん、お二人がモデルになったら話題性は充分ですし」
「……でしょうね」
エヴァンス侯爵もだけど、お父さまもわざわざお休み取って見に来るって言ってたし……見に来るのか……
「……お父様の前であのセリフ、言うの?」
「勿論です!! エディ様と見つめ合って言って下さいよ!!」
「……きっつ」
「キツいとはなんですか、キツいとは!! 良いじゃないですか、あのセリフ! 『私を愛の海で溺れさせてね、ご主人様』ですよ!!」
「それを本当に良いと思ってるんだったら私はあなたのセンスをマジで疑う」
「そうですか? ちなみに第二候補は『貴方の愛で私をとろとろに溶かしてね』でした!」
「脳が溶けるぞ、それは」
とろとろに。いや、マジで、脳が腐り落ちそうだわ、そのセリフ。そう考えればまだ、最初の方がマシとも思うが……
「もう! アリスさん、文句ばっかり言って!! エディさんを見習って下さい!!」
そう言ってエリサが店の隅、一人でセリフの練習をしているエディに視線を向ける。ああ、いや、一人じゃない。ジークとラインハルトも居たわ。
「……エディ」
「代わらんぞ?」
「くっ! ラインハルト!! なんでお前は知っておきながら止めなかったんだ、アリスの衣装を!!」
「いや、知らなかったんだって! だってエリサ、完全に夜に持ち帰って仕事してたし!! 俺だって知ってたら止めてたけど……『光魔法、便利ですね~』って! あいつ、絶対夜なべの度に光ってたぞ!!」
「もしかしたらエリサ嬢、過去一番光魔法巧く使いこなしているんじゃないか!?」
「あきらめろ、あきらめろ。どの道、この衣装の寸法は俺に合せて仕立ててるんだろう? 今更変更はきかんさ。さて、それではアリスを愛の海で溺れさせてやろうじゃないか。ほかならぬ、アリスの希望だしな!」
「お前、昨日まで『クッソ恥ずかしい』って言ってたじゃねーか!!」
「……正直、あのセリフは今でもちょっとと思っているが……それでも、アリスに愛を囁いて貰えるなら我慢も出来るさ。ははははははは!!」
「……ラインハルト。今から、俺の服を超特急で仕立てろ」
「無理。そもそも、それだったら俺の服を先に仕立てあげるし」
「う、裏切り者!!」
「ジークだって裁縫、メアリ姉さんに習ってたじゃねーか。自分で縫えば?」
「お前ほどの芸当は出来ん! っていうか、おかしくないか!? どこの世界に服を一着仕立てる事の出来る近衛騎士団長の息子がいるんだよ!!」
ヒートアップしたジークの叫び声が店内に響く。何処の世界? んなもん、わく学の世界に決まってんだろうが。
「まあ、負け犬の遠吠えはそれぐらいで充分だ。それではアリス、行こうか?」
「ちょ、ちょっと待って! まだ心の準備が!!」
「女は度胸ですよ、アリスさん!!」
「愛嬌でしょう!?」
エディに手を取られ、そのまま店の外へ。店の外では近衛騎士団の皆さん、王城の女官の皆さん、それに街の人など、様々な人が集まってくれていた。ざわざわと聞こえていた人の声のさざ波が、私とエディの登場によりさーっと波が引くように静かになる。そんな人々の中を、簡易的に誂えたステージに向かう。
「……綺麗だよ、アリス」
「……目が腐ってるんじゃないの?」
「そんな事ないさ。気の強い君の、そんな可愛らしい姿はまた一入だな」
「タラシ」
「君だけだよ」
ウインク一つ、そう言ってエディが私の手を引いてステージの中央へ。視界の端で、エリサが『言え! 言え!!』と言っているのが分かる。あー、もう!!! 分かったよ!!!
「あ、あう……そ、その……わ、私を……」
「なんだい、アリス?」
「わ、私を……」
「……」
「……わ、私を愛の海で溺れさせて下さいね? ご、ご主人さまぁ……」
静寂は、一瞬。
「「「……う……うぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!」」」
後、地を這う様な大音声。ひぃ! な、なに!? こ、怖いんですけど!!
「……アリス……お前、最高か」
なんだか、そんなエディの声が聞こえた気がし――あ、お父さまみっけ。みっけなんだけど……どうしよう、とんでもないぐらい怖い顔してるんですけど!!
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