第七十一話 父の教え
何故だか大盛況だった『古着屋アリス』のお披露目会。正直、インパクト重視だっただけに、この成果はまあ、いい感じではあるのはある。あるのはあるのだが……流石に、恥ずかしい事この上ない。しかも……
「……あんな事をするだなんて聞いていないぞ、アリス」
「……はい」
現在、お父様の執務室でお説教の真っ最中である。まあ、実の娘があんな格好であんなセリフ吐いてたら親としては思う所もあるのだろう。ぶっちゃけ、私のせいじゃない! と言いたい所だが……
「……申し訳ございませんでした」
……流石に『エリサに嵌められました』とも言えんしな。そんな事言って、『けしからん!』となってエリサが追い出されるのも嫌だし……なにより、渋りながらも承諾したのは私だし、そもそも『古着屋アリス』は私の『会社』だ。責任者ってのは責任取る為に居るんだしな。
「……はぁ。まあ、お前に買ってやった会社だ。お前の好きにすれば良いが……」
「くれぐれも、サルバート家の威光を貶めるな、ですか?」
貴族令嬢があんなの、はしたないもんな。そう思う私に、お父様は首を振る。
「そんな訳、あるか」
横に。え?
「……お前が幾らサルバート家の人間と言えども、所詮は九歳の子供に過ぎん。そんな子供のした事で一々、サルバート家の威光など貶められる訳は無い。よしんば、そうだとしても……そんなもの、幾らでも挽回がきく」
「……」
「憚りながら、その程度には『大貴族』だしな、我が家は」
……なるほど。私の失点ぐらい、どうとでもなるって訳か。
「では……なぜでしょう? 私はなぜ、お叱りを受けているのでしょうか?」
これが然程の重大事案じゃないなら、なんで私は今お父様のお叱りを受けているんだろうか? そう思い、首を捻る私にお父様はため息一つ。
「……可愛い娘のあんな姿、親として見たくない」
「……はい」
「……まあ、可愛らしい姿だったのは認める。セリフは頂けんが……インパクトは充分だったな」
そう言ってお父様は机の上の書類をポンとこちらに投げて渡す。ん? なんぞ、これ?
「今日来ていた近衛騎士団の団員、王城の女官や……暇を持て余した貴族のリストだ」
「これって……顧客リストって事ですか?」
「あの衣装にどれぐらいの原価が掛かるか知らんが、近衛騎士団の団員や女官が買えない程に高い衣装でも無いだろう? 貴族は言わずもがな、だな。デザイン自体は奇抜ではあったが、ぱっと見、然程上質な生地を使っている様には見えなかったしな」
「……分かるんですか?」
「あの程度が分からない審美眼で公爵が務まるか」
……おお。目の肥えたお金持ちとかはスーツ見ただけで生地とか分かるって日本時代に聞いた事があるが……お父様もそのクチか。
「そこに書いてあるリストはお前と同じくらいの娘を持つ人間ばかりだ。あの衣装が可愛かったのは認める。それを使って売ってこい」
「売ってこいって……」
「あの忌々しい大喝采を聞いただろう? お前の着ていた服は間違いなく、人気があった。まあ、モデルであるお前が良かったのもあるがな」
「……親バカですよ、お父様」
「親は何時までも娘の前では馬鹿なモノだ。ともかく、鉄は熱いうちに打てではないが、そのリストの人間は高い確率でお前の服を買ってくれるだろう」
「……そうなんですか?」
そんな簡単に行くのか? 確かに、あのイベントは成功だったと思うが……幾らわく学とは言え、そんなヌルゲーなのかな?
「行くに決まっている。良いか? あの場にはラインハルトも、ジーク殿下もいた。そしてモデルを務めたのはサルバート公爵家の一人娘と、今や王城で売り出し中のエヴァンス侯爵家の息子だぞ?」
「……ああ……なるほど」
……権力者の息子やら娘やらが集まってワイワイしている古着屋、さして値段も高いモノではなく、それで覚えが目出度くなるのであれば……と言った感じか。
「でも……それ、何かズルい気がするんですが」
「使えるものは何でも使え。別に、ルールがある訳ではないし……押し売りをするわけではない。お前は『サルバート家の一人娘』としてではなく、『古着屋アリス』のオーナーとしていくだけだ。勘違いするのは向こうの勝手だろ?」
「……黒いですね、お父様」
「魑魅魍魎渦巻く伏魔殿の様な貴族社会を生きているんだ。真っ白なワケは無かろう」
確かに。自分で派閥争いとか言ってたもんな、お父様。七歳の娘に。
「……それにしても……詳しいですね、お父様。商人みたい」
「いみじくもお前が言ったんだぞ? 領地を経営するのも、会社を経営するのも似た様なものだと」
「そうですけど」
そうだけどさ。お父様、経営者としても中々いい線行ってるんじゃないの?
「ちなみにもう一つアドバイスがあるが……聞くか?」
「拝聴します」
「大量生産だけはやめておけ。どれ程受注が入ろうが、作れるだけにしろ」
「それは……ああ、ブランドの維持の為ですか?」
確かに『特別!』な感覚がある方が良い気がする。そんな私の問いに、お父様は首を横に振る。
「違う。単純に、店の維持が難しくなるからだ」
「……は?」
「別にお前は王国一の古着屋になりたい訳では無いのだろう?」
「……はい」
「人間の欲は限りが無い。少し売れ出すと、直ぐにもっと、もっととなる。十着作って十着が飛ぶように売れれば、百着作れば十倍の売り上げになると考えがちだ。だがな? そんなに巧く行くわけがない。特に、服の様な商品はな。毎日買う様なものでは無い以上、一定数出回ればそこで頭打ちになる」
「……」
「一度手を広げてしまえば悲惨だぞ? 余分に在庫を抱え、余分に売り場のスペースを増やし、余分な人員を抱える。そうなれば、当然今以上の売り上げを上げなければ店が維持出来んからな。先程も言った通り、お前が王国一の古着屋になりたいならその『苦労』は買ってでもすべきだと思うが」
そうじゃないんだろう? と。
「……はい」
「なら、あまり手を広げすぎるな。出来る範囲の中で、出来る範囲の事をしろ。背伸びをするな。したいのなら、地力を付けてからだ」
そう言ってお父様は話は終わりだと言わんばかりに、にっこりと微笑んだ。あれ? この人、マジで経営者の才能もあるんじゃね?




