第四十七話 サルバート庭園
「……」
未だに『目がぐるぐる』状態のクリフトに視線を向ける……って、おい。クリフト、『リリーが可愛い……リリーが可愛い……リリー、セカイイチカワイイ』とかうわ言の様に言っているんだが!!
「……あれ、洗脳じゃないの?」
「洗脳じゃありませんよ」
「……まともに話せそうな気がしないんですけど」
周りにいるジークとかラインハルト、エディも『大丈夫か!!』なんて声を掛けているし。っていうかマジで大丈夫か、あれ。
「仕方ありませんね」
そう言ってリリーはクリフトの方に歩みを進める。そんなリリーの歩みに気付いたか、まるでモーゼの海割りの如く三人がさっとリリーの通り道を開けて。
「えい♪」
クリフトの目の前で『パチン』と両手を叩く。その瞬間、ぐるぐると回っていたクリフトの目が正常な光を取り戻して――って、おい。
「……どう見ても洗脳です。本当にありがとうございました」
なんだ、今のは!! 洗脳――というか、催眠術を解くときと一緒じゃねーか!!
「……リリー? あれ? どうしたんですか、皆さん? そんな顔をされて。何か失礼な事でも言いましたか?」
「……あ、うん。その……」
「失礼っていうか……」
「……え、ええっと……」
「……俺は何も見ていない事にする」
おい、エディ! ずるいぞ、それ! 一連托生だろうが!!
「どうもしませんよ、クリフト」
「そう? まあ、リリーが言うならそうかもね」
そう言ってはははと笑うクリフト。いや、クリフトさん? 笑い事、ちゃいますから!!
「……一瞬、ラインハルトの言う通りかと思ったが……予想以上にヤバく無いか、これ」
「……そうよね。これ、絶対に洗脳してるよね?」
なんだったんだ、さっきのリリーとの会話は。舌の根も乾かない内って、こういう事言うんだろうな……
「……にしても」
流石にこれは不味いだろう。そう思い、視線をクリフトに向けると、クリフトは人懐っこい笑みを浮かべて見せた。
「どうしました、アリス様?」
「いや、どうしましたって……」
……どうしよう。『貴方、洗脳されてますよ?』って言えば良いのか? いや、流石にそれは無理だろう。そう思い、頭をフル回転させる私を横目で見ながら、リリーが言葉を発した。
「アリス様は心配為されているんですよ。私に、クリフトが洗脳されているんじゃないかって」
「ちょ、リリー!?」
爆弾を投げ入れおった、こやつ!! いや、確かにそう思ってはいたけど!! もうちょっとオブラートに包めよ、おい!!
「僕が? ははは。面白い冗談ですね、アリス様」
「……ソーデスネ」
洗脳されている人間は『洗脳されている』って思わないもんな。そう思う私に、クリフトは柔らかい笑みを浮かべる。
「ほら、アリス様? クリフトもこう言っているでしょ?」
「……ソーデスネ」
なんかもう、どうでも良くなって来たよ……
「ああ、そうだ。不躾なお願いを一つさせて頂いても宜しいですか?」
「お願い、ですか?」
「はい。サルバート家にはとても素敵な庭園があるとお伺いしておりますので。そちらを少し見せて頂ければ嬉しいのですが」
「庭園……ああ」
サルバート家は流石に国内最高位の貴族であり、屋敷も広いし庭もそれはそれは素晴らしいものである。
「……観たいのですか、あの庭」
「ええ。東方の技術を使った素晴らしい庭だとお聞きしたのですが。有名な『サルバート庭園』ですよね?」
「……え、ええ……まあ」
『サルバート庭園』
『わく学』の中でも有名なデートスポットと知られる舞台である。いや、ヒロインは平民、悪役令嬢はリリー、攻略対象はサルバート家と縁も所縁もない貴族令息で、なんでサルバート家庭園が有名なデートスポットなんだって話だが……実はこの場所、クリフトシナリオでクリフトがヒロインに恋心を寄せるスポットなのだ。誕生日パーティに呼ばれたヒロイン(なんで平民が誕生日パーティーに呼ばれているかとか考えちゃいけない)が、寄親であるアリスの誕生日に出席していたリリーとクリフトの口論を聞いて慰める、みたいな定番っちゃ定番のイベントがあった場所なのである。リリーに認めて貰おうとするクリフトと、それでも弟扱いするリリーみたいな展開で、『なんで……こんなに頑張っているのに』と俯くクリフトに、ヒロインが優しく慰めるという中々良いシチューエーションなのであるが……問題が一つ。
――『日本庭園』なのだ、サルバート庭園。
……正直、中世ヨーロッパ風の『わく学』の世界観にはこれっぽちもあって無いのだ。よく考えて見てくれ。慣れないダンスに疲れたヒロインがパーティー会場から抜け出したら、そこには立派な日本庭園が……って、シュールすぎるだろう。
……まあ、これには勿論、ちゃんとした理由がある。時間が無かったのだ、制作の。いや、時間が無かったってのがちゃんとした理由かどうかはともかく、この『サルバート家庭園』はネットの世界でも有名で、『あまりに時間が無くてフリー素材を使ったんじゃないか?』と言われる程に、異様に浮いているのだ。ちなみに、後にネットの海からこの『サルバート庭園』のフリー素材が発掘されるに至り、これが真実であったことが判明した。
……百歩譲って良いよ。フリー素材を使うのだって時間とコストの節約だと思えるし、東方に想いを馳せて金持ちの道楽で作ったって設定と考えればまあ、日本庭園も理解は出来るんだが……このサルバート庭園、BGMが意外に喧しいのだ。鹿威しは鳴るわ、ウグイスの『ホーホケキョ』が聞こえて来るわで、折角ヒロインが話しているのにボイスに被るのである。ちなみにこの鹿威しやウグイス、一定時間経てば流れるので、動画サイトで『良いカンジの台詞の所で、鹿威しとウグイスを鳴かせてみた』という動画がちょっとだけバズったりもした。まあ、庭自体は良い庭ではあるのだが。
「私もロートリゲン子爵領を継いだ身、やはり良いものを見て置きたくなりまして……」
どうでしょう?
「ご案内頂けませんか?」
そう言ってにっこり笑うクリフトに、私は小さく頷いた。うん……罪悪感もあるし。
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