第三十六話 エディの意思
「……捨てられ……る?」
「俺は、父上の実の子ではない」
「それは……はい、存じ上げています」
「父上に実の子供は居ない。だから……まあ、エヴァンス侯爵家の遠縁や多少なりとも縁がある家から養子を取っている」
「……はい」
「……俺には兄が四人いるが、誰一人血は繋がっていない。まあ、遠縁だから多少は血の繋がりもあるだろうが……そんなものだ」
「……」
「……俺の実家はエヴァンス侯爵家の家領騎士の家だ。そこの四男坊が俺だ」
「家領騎士、ですか?」
なんだ、それ? 初耳なんですけど。
「サルバート家には無かったな、確か。エヴァンス侯爵家には代々仕える『家領騎士』という制度がある。王家に属する訳では無い、言ってみればエヴァンス侯爵家の軍隊だ」
「……我が家では聞いた事が無いのですが……」
「だろうな。普通は常備軍なんて金の掛かるものを持つ貴族は居ない。王家にも反乱の意思ありと目を付けられる事になりかねんしな」
「エヴァンス侯爵家はそのリスクを侵してまで常備軍を持つ、と? お金をかけてまで……傭兵で良いのではないですか?」
あんまり記憶に無いが、確か中世ヨーロッパは傭兵文化華やかなイメージだ。私の言葉に、少しだけ驚いた様に目を見開くエディ。え? な、なに?
「……なにか変な事を言いましたか?」
「いや……こんな話に喰いついて来る少女などいなかったからな。確かにお前の言う通りだ。ここ数年、戦争も起きて無いし、サルバート家の領地では有事の際の傭兵で事足りるだろう。最低限、供回りは居るだろうが、『軍』レベルまでは必要はない。まあ、エヴァンス侯爵家は国境を帝国と接しているからな。何かあった時に傭兵だけでは心もとない」
「……なるほど」
「……我が家の起こりは何代か前のエヴァンス侯爵の『お手付き』になった侍女が生んだ七男が祖となっている。今のエヴァンス侯爵家とは、辛うじて血が繋がっている、という程度だ。つまり、俺は……エヴァンス侯爵に取って、『利用価値』の低い『養子』なんだ」
「……」
「……我が家の『兄』達は皆、優秀で血筋も良いからな。寄子の貴族の三男とか、四男とか、王家の血筋が入っている兄もいる。そんな中、私などがエヴァンス侯爵家をそもそも継げる訳は無いが……今回の事で、それが決定的になった」
「今回の事?」
「父上に頭を下げさせたんだぞ? 自らのミスで」
「……」
「……ただでさえ、生まれの低い俺はミスを犯してはいけなかったんだ。一度でもミスは出来なかったのに……こんな大きなミスをしてしまった。父上はきっと、私を実家に戻すだろうからな」
「そんな……」
「……そうなればお前は『サルバート家のご令嬢』で、俺は貧乏家領騎士の四男坊。学園に通う事も無いだろうし……お前と会う機会もないからな」
そう言って、何処かスッキリした様な顔を見せるエディ。
「……だから……まあ、これで俺と顔を合わせるのも最後だろう。短い間だったが、世話に……はなってないな。ドロップキックを喰らわせられただけだし」
楽しそうにそう言って、エディは頭を下げる。その、なんだか消えてしまいそうな姿に。
「エディ様」
無性に――腹が立った。
「なんだ?」
「良いのですか? エディ様はそれで」
エディに、ではない。
「……良いも悪いもない。俺がエヴァンス侯爵家の人間であれたのは、俺がそこそこ優秀だからだ。失点の付いた俺など、もはやその利用価値はない。そんな人間を置いて置くほど、エヴァンス侯爵は甘い人間ではない。知らないのか? エヴァンス侯爵が不正を働いた人間にした行為を? 聞いたことは無いか?」
「それは……ありますけど。でも!」
ほかならぬ、エヴァンス侯爵当人に、だ。だって、そうだろう? 自分の都合で子供を拾って、利用価値が無くなったら捨てる、なんて、そんなのは絶対にダメだろう。いや、勿論貴族特有の理論もあるんだろうけど……
「……そんなの、間違っていますよ」
「……なにが正解かは俺には分からん。だが、俺が見捨てられるのは……まあ、仕方が無い事と割り切る事は出来る」
そう言って、エディはにこやかに笑って見せた。
「……行きましょう」
だから……そんなエディが、可哀想だから。
「……何処に?」
「エヴァンス侯爵の所です。私が行って説明します。エディ様は悪くないと、そう証言します」
「……」
「ただ頬に手が当たっただけで、捨てるだ、捨てないだの話になるのはおかしいでしょう。だから、私が証言します!」
「……ふん。なんだ? 同情か?」
そう言って小馬鹿にしたようにこちらに視線を向けるエディ。同情? 馬鹿言ってんじゃない。
「……悪いかしら?」
んなもん、同情に決まってるだろうが。
「……悪いか、だと?」
「ええ、そうよ。同情よ。利用されるだけ利用されて、捨てられそうな子に同情してるの」
可哀想だと思った。エディの事がどうのこうのは置いて置いて、それが可哀想だと、本気で思ったのだ。それに、同情だけって訳でもない。
「でもね? なによりも私が一番ムカついてるのよ。そうやって利用するだけして、要らなくなったら捨てる様な大人が大嫌いなの!」
そう言って私はエディを睨む。
「……それに、捨てられるのを甘んじて受け入れる様な貴方にもね!! なによ? そもそも捨てられたくないなら、もっと気を使って巧い事やりなさいよね! なによ、貴方のあの態度!! それじゃどっちにしろ捨てられるわよ!!」
そんな私の言葉を目を見開いてエディは受け入れる。はぁはぁと肩で息をする事しばし、エディが少しだけ困った様に笑った。
「……なるほど。そうだな、それは確かにそうだ」
「でしょう!」
「だが……お前は一つ勘違いをしている」
「……勘違い?」
「そうだ」
そう言ってエディは困った様に微笑んで。
「俺はな? 別に良いんだ。捨てられても」
そんな事を言いだした。
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