第三十七話 いらないの? それじゃ、私にくださいな。
「……捨てられても良いって……」
「……捨てられても良い、は語弊があるか。だが……そうだな。どうせ、俺にはそこまでの才は無いからな。エヴァンス侯爵家の中に居てもどうせ当主になる事は出来ない。ならば、早めに当主争いからリタイアするべきなんだろう」
「……そんな」
「……俺は凡才だからな」
エディの言葉に息を呑み……その後、少しだけ納得する。
エディ・エヴァンスは確かにエヴァンス侯爵家の子息ではあったが、そう云えば『わく学』の中でも嫡男とか次男とか、そういう家族背景に触れることは一切なかった。ただただ、成績の良い俺様キャラだったんだが……
「……凡才って……でも、エディ様は、凄く優秀だって聞いていますが……」
「上の兄達はとびっきり優秀だからな。神童、怪童、百年に一人の逸材……そんな中で、俺だけが『そこそこ優秀』の括りを出ない。決して『凄く』ではないさ」
「……」
「同年代では優秀かも知れんが……そもそも、戦う相手が同い年では無いんだ。なら、そんな優秀さは無意味だろう?」
確かに、わく学自体がその名の通り学園恋愛物だったし、年の離れた人間が出て来るって事は無かったな。あのゲーム、普通の乙女ゲーなら必ずいる『教師枠』も無かったし……そう考えたら徹頭徹尾同級生で構成する乙女ゲーってどうなんだよ。普通、先輩、後輩、教師枠はデフォルトだと思うんだが……その辺が所詮、わく学がわく学たる由縁か。
「……そうだ」
そう言って、寂しそうに微笑んで。
「――俺の『優秀』には……意味が無いんだ」
……なるほど。そりゃ、エディの性格が歪みまくるのも分からんでもない。身内に飛びっきり優秀な人間が居て、その中で日々比べられたりした日には、そりゃ性格も歪む。リリーに憧れたのも、その同年代の中でもとびっきり優秀な子だったからだろうし、その反動で然程優秀では無かったヒロインに惹かれたんだろう。一応、筋は通ってる。通ってるんだが。
「……ホントさ? そういう所だぞ、わく学」
今、私が考えた設定に関して、わく学本編では一切触れられていない。触れられていないから、エディのキャラは恐らく攻略対象キャラ全員の中で驚くほどペラいのだ。そりゃそうだろう。なんせ自分より頭の悪い子に大上段から『ふん、こんなのも分からないのか』って偉そうに蘊蓄垂れるキャラなんだから、そりゃ人気も出ない。加えて、エディのキャラ設定が『宰相の息子でインテリキャラ』なわけだから、他のキャラよりヘイトが溜まりやすいという事も上げられる。まあ、騎士の息子の癖に女に負けるラインハルトも大概と言えば大概ではあるのだが。
「……」
こういう、彼の『弱み』みたいなもんを出せばもうちょっとわく学だって人気出たんだろうなってマジで思う。インテリキャラの劣等感なんて、ゼッタイ需要あるだろう。よく聞く話? パクリ? 王道過ぎてつまらない? んな事あるか。王道は王道を愛する人が多いから王道なんだよ。王道こそ正義なんだ。某有名人気漫画でも言ってただろう。ウケた事は繰り返すのが大事って。
「……それでは、エディ様はもう……」
「エヴァンス侯爵家から出る。まあ、出るというより『追い出される』が正解だがな」
「……」
「そもそも、父も私を置いておこうとは思わないだろうしな。三歳からの四年間、育てて貰った恩もある。家領騎士の息子として、今後は兄の誰かを陰ながら支えるさ」
まあ、尤も家領騎士の家でも四男だから、継げるかどうかも分からんがなと自嘲気味に笑う。その姿がなんだか悲しくなって。
「……ねえ、私の家に来ない?」
「……サルバート公爵家に? 何を言っているんだ、お前は?」
不思議そうに首を捻るエディ。いや、何を言っているって。
「だって、エディ様――エディはエヴァンス侯爵家を追い出されるんでしょ? その上で、実家の家領騎士家に戻っても家を継げるかどうか、分からないんでしょ?」
「……そうだが」
「なら、ウチにおいでよ? これからは私の家で働けばいいじゃん」
「……同情か?」
「まあ、それもあるよ」
無論、それもある。エディが可哀想って言うのもある。あるがしかし、それ以上にだ。
「――エディの優秀さを買っているから。スカウトだよ、これは」
そう。
エディ・エヴァンスはわく学登場キャラではリリーに次いでの学力優秀キャラなのだ。武と文をどう考えるか、人にも依ると思うが、現代社会で生きて来た私に取って『一騎当千』の武者よりも『優秀』な学者の方が価値は高いと思っている。どんなに勇敢で勇猛な兵士だって、科学兵器の力に勝てないからだ。リリーは私の侍女候補だし、そこにエディが加われば我が家はますます隆盛できるだろう。別に家の繁栄を考えて居る訳では無いが、国が滅びる瀬戸際で優秀なブレーンが居れば随分違う。少なくとも、囲い込む価値は十分にある。
「……スカウト、と来たか。然程優秀ではない俺をか?」
「最高に賢い人を一人、ゲットするくらいなら私はそこそこ賢い人が十人欲しいタイプなのよ」
別に最高に賢い人が欲しくない訳では無いが、そこまで求めていないという話だ。物騒な例えだが、人を殺めるのに核兵器は要らない。鉄砲一つあれば良いんだ。
「だからこれはただの『契約』よ。私は貴方の才能が惜しいと思っているし、そんな貴方が野に下るというのであればスカウトしておきたいと思うだけ。悪い話ではないでしょ?」
「……その権限がお前にあるのか?」
「ああ見えてお父様、私に甘いしね。私が頼めばイチコロじゃない?」
加えて私には『エカテリーナ様』という切り札もある。エディを仲間に入れてあげてといったのはエカテリーナ様だし、これぐらいの我儘は充分聞いてくれるだろう。
「まあ、エディの考えも分かるわ。だからこれは仮押さえみたいな話よ。どう? 本当にエヴァンス侯爵家を追い出されたら、ウチに来ないかしら?」
可愛らしく首をコテンと傾げて見せる。その姿に一瞬、驚いた様な顔をして見せた後、エディは喉奥をくっくっくと鳴らす。
「……面白い女だな、お前は」
「……ちょっと。レディに面白いってどうなのよ?」
「すまない。すまないが……ただの暴力娘かと思えば、意外に思慮深いんだな」
……まあ、中身はアラサーOLだしな、私。
「……どうかしら?」
「……そうだな。では、その話は――」
「――ちょっと、アリス嬢? ウチの可愛い四男坊、勝手にスカウトしないでくれる?」
首を縦に振りかけたエディの言葉を遮る様。
「……エヴァンス侯爵」
「やだな。ファーストネームで呼んでよ?」
振り返った私の眼前に、にこやかな笑顔を浮かべたエヴァンス侯爵が立っていた。
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