第三十五話 やって来た侯爵様
「いや~本当に申し訳なかったね、レディ! ウチの愚息が迷惑を掛けたよ! こんな可愛いレディに手を上げるなんて、僕は育て方を間違えてしまったかな~?」
にこやかにそう言って優雅に頭を下げるダンディな男性――現エヴァンス侯爵家当主、デイヴィッド・エヴァンスの言葉に、私は慌てて両手をわちゃわちゃと振って見せる。
「あ、頭をお上げください、エヴァンス侯爵様!! そ、その、私にも非がありますし!」
「ああ、聞いたよ? エディにドロップキックをお見舞いしたらしいね? ははは! 元気のあるお嬢さんだ」
「しゅ、淑女としてあるまじき行為でした。こちらこそ、申し訳ありません」
「いやいや! アリス嬢くらいの年頃なら、むしろそれぐらい活発な方が好ましいさ。貴族令嬢でござい、みたいな顔でお淑やかに過ごすよりもよっぽどね!」
そう言って親指をぐっとサムズアップして見せるエヴァンス侯爵。お、おお……なんか今までの大人の中で一番反応が良いっていうか……こう、肯定されたのは初めてな気がするが……
「……デイヴィット。あまりそういう事を言ってくれるな。アリスがこれ以上お転婆になったらどうしてくれる」
私の隣で疲れた様なため息をつくお父様。
「……というかだな? なぜわざわざお前まで来たんだ? 仕事はどうした、仕事は」
「私の仕事なんてハンコをポンポン押すだけの簡単なお仕事だしね。誰がやっても問題ないよ~」
「……宰相の仕事がハンコを押すだけな訳無いだろう?」
「重要な事は済まして来たから。ハンコ押すだけなら誰でも出来るでしょう? だから、後は陛下に任せて来た」
上げた親指をそのままお父様に差し出すエヴァンス侯爵。そんな侯爵の態度に、お父様ががくりと肩を落とした。
「……お前というヤツは……陛下になんという事を」
「息子の不始末の尻拭いだからね~。『我が家の一大事です!』って言って抜けて来たよ~」
「……もう良い」
……なんか一気に二、三歳老けた様に見えるぞ、お父様。っていうか、エヴァンス侯爵って、こう……なんていうか……破天荒?
「アリス。間違ってもお前はデイヴィットの様にはならないでくれよ?」
「……お父様?」
「こいつは貴族社会でも型破り中の型破りだ。そして、最近のお前は貴族令嬢として如何なものか、という言動が多い。良いか? 貴族たるもの、こうなったらお終いだからな?」
「酷い事言うね~、リンド」
「事実だろうが!」
「言っていい事と悪い事があるよ~。例え、事実でも~」
呑気な顔であははと笑って見せるエヴァンス侯爵に、お父様の肩が再びがくっと落ちた。なるほど、この人も変わっているから私がドロップキックかましても何にも言わないのか。
「……お父様とエヴァンス侯爵様は仲が宜しいので?」
「……学園時代からの腐れ縁だ」
「リンド、そこは仲良しで良くない? 長い付き合いじゃない~」
「お前のせいで講堂爆破事件の共犯にされ掛かったんだぞ! 何処が仲良しだ、何処が!!」
「……」
……あの伝説の事件の事か。っていうか、共犯にさせられ掛けたって事はそこそこ仲良くつるんでたんじゃないのか? だって見ず知らずだったら共犯にさせられる事も無いだろうし。
「……まあ良い。それで? わざわざお前が来て謝りに来ただけの訳があるまい。何の用だ?」
「うん? 今日はリンドも邸宅に居るって聞いてたから遊びに来ただけ。久しぶりにチェスでもしようかなって」
「……お前との勝負は面倒くさいから嫌だ」
「またまた~。負けるの、嫌なだけでしょ?」
「……誰が負けるか」
「んじゃ一勝負、行こうか?」
「上等だ。良いだろう」
執事長であるジムにお茶を頼むと、連れ立って部屋を後にするお父様とエヴァンス侯爵。後に残されたのは私と――
「……ふん」
つまらなそうにそっぽを向く、エディだった。
「……座ったらどうですか、エディ様?」
「……ああ」
どかっと椅子に座り込むエディ。なんだか先日より少しだけこけた様に見える頬を見つめながら、私は頭を下げる。
「……先日は申し訳ございませんでした、エディ様。暴力を振るってしまって」
「……良い。こちらこそ、悪かったな。故意では無いとは言え、申し訳ない事をした。こちらこそ、詫びをさせて貰う」
私同様、エディも頭を下げて来る。その姿に、思わずびっくりして。
「……変なモノでも食べました?」
「……君は俺の事をなんだと思っているんだ?」
いや、だってさ? アンタ、今までの言動もゲームでの言動でも絶対に謝らないキャラじゃない?
「反省、とかされることは無いかと思っていました」
「アホか。間違えれば反省ぐらいするし、その失敗を活かそうとは思っている。故意では無かったが、君の頬を張ってしまったのは事実だからな」
「……」
「……だから……済まなかったな」
そう言ってもう一度頭を下げた後、エディは少しだけ晴れやかな表情で顔を上げる。
「……最後に謝罪が出来て良かった。もう、此処に来れる事は無いだろうし、安心してくれ」
「……やっぱり、怒ってますか? ドロップキックした事」
「……逆に聞くが、怒ってないと思うか?」
「す、すみません! 怒ってると思っています!!」
だ、だよね! 普通、怒るよね!! マジですんません!!
「……冗談だ。まあ、驚きはしたが……そこまで怒ってはいない。さっきも言ったが俺にも悪い所があったしな。ただ、貴族の令嬢として……というか、女性としてドロップキックは如何なものかと思うぞ?」
「……以後、気を付けます。ですが……一つ聞いても?」
「答えられる事ならな」
「怒っていないなら……なぜ、此処にはもう来てくださらないと?」
いや、怒ってないだけで暴力的な女は嫌いという可能性もあるが。でも、少なくとも今聞いた話じゃちゃんと反省できる子みたいだし……折角なら、仲良くなっておきたい所でもあるのだが。
「……来ない、とは言って無いだろう? 来られない、と言ったんだ」
「……どういう意味でしょう?」
私の言葉に、エディは寂しそうに微笑んで。
「――きっと……私は捨てられるからな」
そんな事をのたまった。って、捨てられる? はい?
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