6話 領主
リアンにとって、真の意味での対人戦闘はこれが初めてのことであった。
鍛錬として、村人と木剣を合わせたことは何度もある。村周辺の弱い獣や魔物と戦ったことなら幾度もある。
だが、実際に人間に剣を向けられ、命を狙われる経験は一度たりともない。故にこれが彼の真の意味での戦士としてのデビューと言っても過言ではないだろう。
領主の館のエントランスホールにて、サトゥンに与えられた神槍を構えて堂々と立つリアン。そんな彼を見上げるように尻餅をつく兵士達。彼らの手には、リアンの槍にてへし折られた剣があった。
戦闘能力を奪われた兵士達は、まるで観劇を行っているかのように、リアンと他の兵士との立会いを呆然と見守っていた。否、見惚れていた。
それは無理もないことだ。十五ばかりの少年が、たった一人で、数人の兵士を相手取り、美しいまでの槍捌きを見せているのだから。
四方八方から襲い来る刃を、リアンは時に払い、時に流し、時に受け。そして相手の隙を狙って槍を一閃、相手の武器を粉砕する。
その美しき槍の舞を、彼は長き時間続けていたのだ。彼に心も武器も折られた兵士は既に五十人を超える。それほどまでの実力なのだ。
唖然とすることしかできない兵士達に、彼が槍を振るい初めてまだ数日といえば、一体何人が武器を捨てるだろう。まさに天賦の才、まるで神々に愛されたかのような、人とは一線を画する才能が、萌芽しはじめていたのだ。
だが、それらはあくまで、彼に打ちのめされた兵士達の視点に過ぎない。
兵士達と対峙し、槍を振るい続けるリアンの頭の中は、兵士達を舐めることも楽勝だと侮ることもしない。彼は必死に兵士達の動きを学び、観察し、対応しようとしていた。
確かに才はあっただろう。確かに力はあるだろう。だが、リアンはそれでも今年十五になったばかりの少年なのだ。
戦闘とは、対人戦とは、何よりも経験がものをいう世界だ。どれだけ力と才があろうと、引き出しの数がなければ勝ちなど拾えない。
相手の動きを、力を、呼吸を読み取り、常に観察し続けて、どうすれば敵を打倒できるのかを常に考えて槍を振るう。そのことで、今リアンはいっぱいいっぱいなのだ。
だが、裏を返せばこれはリアンの成長でもある。獣と戦うこととは訳が違う、頭も経験も総動員しなければ勝利を掴めない、ましてや相手を殺すことも許されない、ギリギリの戦闘だ。
この戦闘は必ずリアンの糧となる。リアンの大きな成長となる。そのことに気付いているのかいないのか、その試練を与えた人物、サトゥンは強力な防壁を自分の周囲に張り、愉しげに観戦をしながらリアンに好き勝手に声を送っていた。
「ふははは!そうだ、相手の動きを洞察し、相手の強さを判断し、そのうえで行動を選択するのだ!
強さとは数値で判断出来るものではない!では如何に相手の強さを判断するのか、それこそが戦士としての強さ、経験である!
感じ取れ!肌でひりつく戦場の空気で、相手の強さを読み取り、行動を取捨するのだ!多対一の戦闘の方法も学べ!敵に背は決して許すな!
いいぞ、いいぞ神槍リアン!お前の成長は勇者パーティの成長である!ふはははは!私の右腕には、人間の中で一番強くなって貰わねば困るのでな!」
酔っ払いのように、愉しげに声援を送っているサトゥンの、一言一言をしっかり耳に入れながら、リアンは槍を薙ぎ払う。
戦闘をする前、リアンはどうやって館からサトゥンを連れて逃げようかと考えていた。だが、今の彼の頭は違う。どうやって兵士達を打倒できるか、それだけだった。
普段は温厚で優しいリアンだが、彼が心の奥底では誰よりも戦士であった。自分の力を試すこと、強くなること、その憧れ。想いの全てが、彼の常人としての感情を置き去りにした。
今の彼にあるのは、この戦闘で少しでも学ぶこと。少しでも槍を覚えること。少しでも上の段階へゆくこと。
サトゥンに命じられた、誰一人として命を奪うことなく、兵士達を打倒してみせること、それを成し遂げることにリアンは執着していた。
どこまでも純粋なリアンであるが、相手する兵士達にしてみればたまったものではない。巨大かつ重量のありそうな大槍をいとも簡単に振り回し、自分達を呆気なく打ち払う少年に、もはや絶望すら通り越している。
ただでさえ、魔獣騒ぎで兵士を外に出して館の中は兵士不足であるというのに、このままではたった一人の少年によって館の兵士が壊滅されてしまう。
だが、ではどうやって彼を止められるかと問われると、兵士達には名案が思いつかない。何せ、あの少年の実力は我らから抜きんでている。
数十人と打ちあっているのに、彼には疲労の色すらうかがえない。ただ真っ直ぐに、実直に槍を積み重ねている彼に、傲慢や油断の色すらない。すなわち、隙がないのだ。
どうすればいい、どうすればいい。考えている間にも、一人、また一人と兵士の剣が暗黒の神槍にへし折られていく。
良い考えも浮かばないまま、その兵士のもとに少年の神槍が奔ったその刹那であった。
「――それまでです!少年、槍をひきなさい!」
ホールに響きわたる、女性の声に、リアンは槍を兵士の前で寸止めする。
そして、その場にいた全ての者達が、声を発した人物の方へ視線を向け、兵士達は慌ててその場に膝をつく。
燃えるような深紅の髪を背中まで伸ばし、整った美貌を持ち、女性らしい体躯をしている、少女とも女性ともとれる容姿。
その女性は、リアンとサトゥンを一瞥し、愉しげに微笑みながら再度口を開く。
「館内から騒がしい音が聞こえるから何事かと思えば、領主の館への殴り込みとは。
そこの少年、貴方はなかなかに無茶をするものです。しかし、それを成し遂げてみせるのも、呆れを通して感心してしまいます」
「え、あ……ご、ごめんなさい!夢中になって、その」
「ふふ、謝る必要はありませんよ。兵士の命を奪っていたのなら、相応の対応を行わなければならなかったのですが、どうやら誰一人怪我すらしていないようですし。
それに、どうやら今回の一件は貴方が主犯ではないのでしょう?」
そういって、女性はサトゥンの方へ視線を向け直す。
そして待ってましたとばかりにサトゥンは高笑いを携えて女性に口を開いた。
「ふはははは!我々はただ正面から扉を開いて訪ねただけであろう!そして、住民達の歓待を受けていたら、我らに会いに館の主が現れた!
うむ!実にそれだけだ!何の問題もない!領主とやらよ、出迎え御苦労である!」
「あの、サトゥン様、あの方は領主様ではありませんよ?領主様は男性の方で、お歳も四十を超えてまして……」
「むむむ?そうなのか?ふはは、失礼したな小娘!この中で貴様が一番『強い』ものだから、貴様が領主であると勘違いしてしまったわ!」
サトゥンの言葉に、リアンは目を丸くして、目の前の女性をまじまじと見つめてしまう。
その女性は見目麗しい女性であるが、リアンには彼女から肌がひりつくような強さも何も感じることが出来なかった。
どこにでもいる、ただ普通の女性の強さ。例えるなら、彼の母親程度。それくらいにしか、感じられないのだ。
だが、サトゥンは彼女を『強い』と断言した。あの彼が、である。その事実にごくりと喉をならすリアンだが、彼女は笑って言葉を紡ぐ。
「――初めまして、お客様方。私はトントの街、領主代理を務めています、メイア・シュレッツァと申します」
頭を下げて一礼する彼女に、リアンは一瞬だけ身体で感じてしまった。
それは、先程門前でサトゥンから感じたような、人を圧する強大な何か、を。
トントの街の領主、メイアから客間に案内され、二人は用意された椅子の上に腰を下ろす。
そんな彼らに笑みを浮かべたまま、メイアもまた机を挟んで彼らとは反対側へと座る。
「すみません、本来ならおもてなしにお茶などを用意すべきなのですが。
突然の来訪と先程のこともあり、この館の人々は他のことで手いっぱいでして」
「ごめんなさい……」
メイアに対し、リアンはひたすらにぺこぺこと頭を下げるしかない。
現在、館で働く者全てがエントランスホールに集結し、修繕作業をおこなっていた。
あれだけ大暴れしたのだ、あちこちの備品や壁に傷や破壊が生じてしまっていて、彼らをもてなすどころではないのだ。
謝罪を述べるリアンに微笑むメイア。そんな彼女に、サトゥンは空気を微塵も読むことなくノリノリで用件をつきつける。
「先程お前は領主代理といったな!代理ではあるが領主は領主、我らの話をきいてくれるのだろうな!」
「それは勿論です。形だけとはいえ、一応領主ですので、しっかり用件は承りましょう」
「あの、一か月前までは領主様がおられたと思うのですけれど、領主様は一体何処に」
「逃げましたよ。なんでも、領地内で魔獣の群れが発生したらしく、死にたくないと王都の方へ家族ともども逃げて行きました。
私が領主代理となったのは、三日前のことです。私が領主代理となったのは、前領主に押し付けられたためですね」
「押し付けられた……んですか」
「ええ、押し付けられました。いきなり王都から私を連れ戻すから何事かと思えば、自分は隠居するから後のことはお前が処理しろ、と。
自分が領主の立場で残れば、この街に魔獣が攻め込んだ時、王からの叱責が飛ぶ恐れがある。だから財産の全てを手にしたまま、厄介者の娘を生贄にして自分達は逃げる、いい考えだと他人事ながら思いましたね」
「娘って、ではメイア様は」
「ええ、前領主の四女ですよ。ただ、妾腹ですので、家名は母の方を名乗っていますけれども」
淡々と話すメイアに、リアンはただ口を塞ぐしかできなかった。
どうやら、魔獣事件のせいで、上の方も色々とごたごたがあったらしい。民に厳しかったとはいえ、領主が逃げ出して頭がなくなり、その代理として今目の前のメイアは立っていると言うのだ。
つまり、メイアは魔獣事件当日の時、領主でなかったことになる。ましてや今は代理という立場だ。
そんな彼女に、今回の自分達の話をし、要求を行うことは出来ないのではないだろうか。どうしようかと悩むリアンだが、そのような悩みは不要であった。
何故なら彼が幾ら考えたところで、勇者サトゥンの行動が何ら変わる訳でもないのだから。
「ふはは!お前の家庭の事情など微塵も知らん!それより領主として私の要求を呑むがいい!」
「要求、とは?」
「キロンの村および周囲一帯の土地の所有権を貴様から私に移すが良い!
ふははは!あの場所はこの私、勇者サトゥンがこの世界で勇者活動を行う拠点とすることが決まったのだ!あの村および人間は全て私のものである!」
「キロンの村、ですか。あの場所はたしか、前領主が話すには魔獣にて壊滅した地域ですね。詳しく事情をお話頂いても?」
「すみませんすみません、ちゃんと最初から説明します……」
サトゥンに代わり、リアンはメイアに対して村の状況、事情を一から説明を始める。
隣村の魔獣の襲来、そしてそれをサトゥンが救ってくれたこと、隣村の人々が蘇り異形のカタチとなったこと。
三つ目のことは、リアンは説明しようとしなかったのだが、それも含めて説明しろとサトゥンから指示があったのだ。
その話を真剣に聞いてくれたメイアは、難しそうな表情を浮かべながら、ゆっくりと唇を動かす。
「どれもが信じがたい出来事ですが……全て、真実なのでしょうね」
「信じてくれるんですか?こんな荒唐無稽とも思えるような話を」
「ふふ、私も何も根拠もなく信じてあげる程お人好しではありませんよ。ただ、私の目の前に何よりの証明が在るのですから、信じない訳にはいきません」
「証明、ですか?」
リアンへの返答とばかりに、メイアは視線をサトゥンへと向ける。ただ、それだけだ。
当のサトゥンは当然だとばかりに胸を張って高笑いするだけ。だが、その光景だけでもリアンはメイアの意味するところを理解できた。
恐らく、リアンがサトゥンに感じている以上に、メイアはサトゥンの異質異常さそして強さを理解しているのだ。
自身が強ければ、強い程に強敵を理解する能力が育っていく。そして、リアンより恐らく上の世界にいるメイアは、より正確にサトゥンの異常さを理解しているだろう。
だからこそ、納得する。魔獣を単身で倒したことも、異端な奇術を用いて死者蘇生を行ったことも。
沈黙が室内を支配する中で、メイアはゆっくりと、ゆっくりと時間をおいて、答えを返した。
「そうですね……結論から言いますと、『私が』領主である間は、貴方達の要求を呑むことにしましょう。
村に対し兵士を派遣する事もありませんし、害を為すこともない。魔獣によって滅んだということにしますので、税も徴収いたしません」
「あ、ありがとうございます!」
「ですが、それはあくまで私が領主である間だけです。時が経てば、王都より新たな領主がこの街に遣わされるでしょう。
それ以降のことは、私に決定権はありませんので、責任は持てません。このような内容で、よろしいですか?」
「うむ!その辺りが落とし所であろう。ふははは!魔獣退治の報酬が拠点とは、勇者として華々しいデビューではないか!むははははは!」
「ところで、その『勇者』というのは?」
「サトゥン様は『リアンティの勇者』の再来……らしいです」
「ふふ、勇者様ですか。確かに魔獣を退治して頂いたのですから、私達にとっては勇者様に違いありませんね」
「むははははははは!そうであろうそうであろう!私こそが勇者サトゥンである!」
話がまとまり、それから幾許の間、三人は情報交換という名目の談笑を行う。
そのときに、リアンはメイアの様々な情報を知ることになる。彼女が今年で十八であること、これまで王都の騎士団に所属していたこと、領主代理としての期間は一年程度だろうと予測していること、など。
そして、日も完全にくれて夜を迎えた頃、二人は館を後にすることになる。
泊っていっても構わないとメイアはいってくれたが、それをサトゥンが固辞した。理由はリアンの母、レミーナの飯が食いたいから、だそうである。
その理由にリアンもメイアも笑みを零してしまうが、それ以上に彼らしいな、とも思うのだ。何事にもとらわれない滅茶苦茶な存在、それがサトゥンなのだから。
やがて、別れ際となり、旅立とうとしたリアンに、メイアが声をかける。それは、実に愉しげな、簡潔な一言。
「またお会いしましょう、リアン。次に会った時は、貴方が今一番望むモノを私が贈ってあげますので」
「は、はい」
意味は良く分からなかったが、ありがとうございます、とだけリアンは述べて館を後にした。
ただ、最後に見せてくれたメイアの笑顔はとても綺麗で。サトゥンに首根っこを引っ張られるまで、その笑顔に魅入ってしまったのは、リアンの一生の不覚だった。




