5話 突入
それはある昼下がりの午後であった。
リアンは隣村の住民達が住む新たな住宅を作る為、村のきこり達と共に木を斧で切り倒していた。
数本切り倒し、村へと運ぼうとしていたときである。遠くより『いつもの』高笑いが聞こえたと思うと、道の向こうから村の勇者が愉しげにリアンの方へ向かってきていた。
一体何事だろうかと、首を傾げながら勇者――サトゥンに駆けよると、彼の口から唐突な内容が飛び出してくる。
「ふはははは!盟友リアンよ!我らに勇者としての任務が下されたぞ!今からトントの街とやらに向かうので、疾く準備をするがいい!」
「トントの街、ですか?」
トントの街。それは、リアン達の住むキロンの村から歩いて二日ほどの場所に位置する街である。
その街にはキロンの村を含めた、この地一帯を治める領主の館が在り、それを守るように堅牢な外壁に覆われている。
リアンは街に何度か足を運んだことはあるが、それは領主に税である農作物や民芸品を納める為の大人の手伝いという理由であった。
それ以外の理由で街に向かうことなど、村を出て街で商売を始めたり移住を行ったりするくらいしか思いつかない。そんなリアンに、サトゥンは愉しげに理由を話してく。
先程まで、サトゥンは背中にミーナを背負って村長のところへと顔を出していたらしい。何か勇者に頼みごとは無いか、と。ようするに暇を持て余していたらしい。
そんな彼に、村長はある悩みを相談する。それは、これからの村のことだ。
この村には現在、サトゥンが蘇らせた隣村の人々が存在する。村人達にとって彼らはかけがえのない大切な家族であるが、彼等は通常の人間とは異なる容姿へと変貌してしまっている。
サトゥンの再生によって、彼らは魔物の特徴を身体に現れてしまっているのだ。羽のあるもの、牙があるもの、獣耳が生えたもの、尻尾があるもの。
その様は各人様々ではあるが、とにもかくにも、彼らの外見はただの人間とは一線を外してしまっているのだ。
無論、村の人間達は彼らを気持ち悪がったり恐れたりすることはないが、村の外の人間は話が変わってくる。彼らを見て、魔物や悪魔とみなし恐れたり、下手をすれば武器を向けてくるかもしれない。
今、この村は領主から見捨てられ、魔獣達の犠牲になったと思いこまれているであろうが、そのうちこの村に領主お抱えの騎士達が魔獣の危機が去ったかどうかの調査に訪れるだろう。
その時に、一体どうすればよいのか。何と説明すべきか。それが村長の頭を悩ませる内容だと言う。
村人達の気持ちとしては、正直もはや領主に何の感情もない。自分達は見捨てられたのだ、彼らは自分達を救おうともしなかった。
領主だけが悪と断ずることは出来ないだろう。領主は街を守る為に村を捨てたのだ。大の為に小を捨てた、それは仕方のないことなのかもしれない。
だが、そんな彼の為に重い税を支払う気にもなれない。なんとか独立をしたいという気持ちも、村人達の本音でもあった。
恐らくこの村を見れば、領主をはじめとした街の者達はこの村を異端の村と見做すだろう。下手をすれば迫害をされるかもしれない。
そのようなことになる前に、うまく説明をし、何とか不干渉の独立を勝ち取れないだろうか。それが彼らの望みであった。それがあくまで望みで終わることは彼らとて痛感しているのだが。
領主にとって土地の広さ、民の多さはその領主のステータスへとつながる。それが自分達から独立する、などと言われればたまったものではない。
下手をすれば、反逆罪として兵士を向けられても仕方のない。それほどまでに重罪に値するのだ。だからこそ、村人達は頭を悩ませるのだ。
何とか村のみんなを守りつつ、領主をかわせないか。それをきいたサトゥンは、いきいきとして『後は私に任せておけ』と村長につげ、リアンのもとまで来た次第だという。
「ええと、村の現状の問題は分かったんですが、それがどうしてトントに向かうことに……」
「決まっているだろう!勇者であるこの私が、直接領主とやらのもとへ出向き、我らの要求を突き付けるのだ!」
「あの、要求とはつまり」
「ふははは!この村付近一帯の土地を全てこの私、勇者に差し出せと要求するのだ!」
自信満々に胸を張るサトゥンの発言に、リアンは頭を痛めながら内心思ってしまう。
その発言は勇者ではなく、まるで魔王か何かのようではないか、と。
トントの街に辿り着くのに、一日とかからなかった。
村へ向かうのに馬を使った訳ではない。純粋に走って、昼過ぎから日暮れまでの間に走破できたのだ。
走った理由は、サトゥンがリアンに走った方が早いと当たり前のように告げた為だ。そんな馬鹿なと思いつつも、鍛錬の一環にいいかと納得しつつ、走り始めたリアンであった。
そして、自分の身体が以前までとは別物のように軽く、そして力強くなっていることに気づく。かなりの速度で走っても息が切れないし、何より疲れないのだ。
槍を与えてくれたように、また何かサトゥンが力を与えてくれたのだろうかとリアンは訊ねると、サトゥンは愉快そうに笑って言った。
『お前の持っている力を勝手に自分自身で引き出したに過ぎぬ!
ふはは!私からみれば脆弱ではあるが、お前は人間の中では格別な才と力を感じるからな!私が手を出さずともお前は元よりその程度は出来て当たり前なのだ!』
その言葉が少しだけ自分を認めてくれているようで、リアンはサトゥンにばれないように、胸の中の嬉しさを必死に押し殺していた。
自分の中の才能など一度たりとも感じたことはないが、日頃の鍛錬が決して無駄ではないこと、それがリアンは嬉しかった。
幾つもの山を越えて、二人はやがてトントの街の入り口へと辿り着く。
街の入り口には、いつもの数倍の憲兵達が配備されており、恐らくは魔獣対策だろうなとリアンは考えていた。
兵士達に一礼し、街の中に入ると、そこに広がっていた街並みにサトゥンは愉しそうに声を上げる。
「おお、これが村ではなく街というものか!ふはは!お前達の村とは比べ物にならぬほどに人間の空気がするではないか!」
「あ、あのサトゥン様、ここは村ではありませんので、その、あまり目立ったりすることは……」
「む、そうであった。ふはは!勇者とは時に忍んで善行を為さねばならぬからな!これも勇者の仕事よ!ふはははははは!」
「全然忍んでないです……」
愉しげに高笑いするサトゥンの腕をひっぱって、リアンは領主の館の方へと足を進めていく。
何度も税を納めるときに来ている為、道に迷うことはなかったが、予想以上に辿り着くのに時間がかかったのは、サトゥンが目を輝かせてあちらこちらにフラフラと足を運んでいる為であろう。
かなり疲労を溜めながらも、リアンはサトゥンをようやく領主の館まで案内した。
その館はかなり堅牢に作られた城のような外観をしており、館と言われなければ戦場砦と見間違えてもおかしくない程に無骨な作りであった。
巨大な館を見上げながら、リアンは改めてサトゥンに話を切りだす。内容は勿論、今後の方針についてである。
「それで、どうしましょうサトゥン様。領主さまにお会いになられるんですよね?」
「その為に私達はここまで足を運んだのだろう!愚問である!むはは!」
「領主様にお会いになる為には、まず、あちらの衛兵さんにお話をする必要があります。面会の手続きですね。
名前と自分の村、面会の目的を衛兵さんにお伝えします」
「ほう、ならば早速伝えようではないか。何事もスマートにさっぱり颯爽と終わらせるのが勇者である!」
「それが、伝えただけではすぐには面会できません。衛兵さんが内容を領主様へと私達が伝えた内容をそのままそっくり伝えます。
その後、館の中で実際に私達にお会いするに値する内容かどうかを領主様が判断なされます」
「む?むむむ、少し時間がかかりそうだな。大体どれほどかかるのだ?」
「ええとですね、大体七日間程かかります」
「七日か!……ふむ?ふむむ?七日だと!?」
「は、はい。その間、私達は宿をとって街に滞在し、衛兵さんに領主様から返答が届いていないかを確認……あ、あの、サトゥン様?」
説明を続けていたリアンだが、サトゥンがつかつかと歩きだしたのを見て、説明を止めてしまう。
一体どうしたのか、そのようなことを考える暇もなかった。サトゥンはつかつかと館門の方へと足を進め、衛兵達の前で両足を止める。
そんなサトゥンに気付いた衛兵達は、互いに顔を見合せながらも職務として彼に訊ねかける。
「ようこそトント領主館へ。本日はどのような……」
「ふはは!領主に用があって足を運んだのだ!勇者が来たと領主に伝えよ!面会を『今すぐ』希望するとな!」
「は?」
突然ぶっとんだ内容を話しだすサトゥンに、衛兵達は絶句する。それを見てリアンもまた絶句する。何してるんだ、この方は、と。
静寂が支配する中、真っ先に我を取り戻した衛兵は、困ったように悩みながらも、サトゥンへ説明を始める。
「領主に用件ですと、まずはじめにご予約をとって頂く必要があります。お名前と用件を私達が伺いますので……」
「それだと七日も待つことになるだろう!私は今!この後すぐ!領主と話がしたいのだ!」
「あ、いや、領主は多忙でして、既に他の予定が本日は……」
「勇者と会う以上に大切な用件などあるものか!ふはは!どのような時でも勇者が現れたならば礼をもって顔合わせをするものだ!」
とんでもない暴走っぷりに、リアンはひたすら頭を痛めることしか出来ない。
恐ろしく自分勝手な理論を振りかざすサトゥンだが、これが彼の姿であることはこの数日間でリアンは理解していたつもりだった。だったのだが、その理解がまだまだ足りていないことに今気付く。
彼はリアン達村人にとって英雄である。英雄ではあるが、常識のじょの字もない無茶苦茶な、破天荒な存在でもあった。
よくよく考えれば、分かることだったのだ。普段の様子から、彼が決まりだからルールだからとそんなもので縛られる筈もないのだ。
彼が従うのは自分の心、自分の欲望にだけ。村を救ったのも、村に手をかすのも、自分がそうしたいから。裏を返せば、したくないことはしないのだ。
故に、相手の都合で自分が七日間も待ったりする筈が無い。相手がそこにいる、ならば会えるじゃないか、それが彼の理屈なのだから。
彼の自分勝手な物言いに、最初は優しく説得していた憲兵達にも苛立ちが溜まっていく。これは非常にまずいとリアンは感じ、あわててサトゥンに小声で話しかける。
「だ、駄目ですサトゥン様、こらえてくださいっ。このままだと僕達、犯罪者扱いで拘束されちゃいますよ」
「む、犯罪者とはなんだ?」
「えーと、つまり、サトゥン様が悪い奴だとみなされて、牢屋に」
「悪……悪だと!?貴様達、この勇者である私を悪だと思っているのか!だから領主に会わせようとしないのか!」
「あ、あああああ」
違います違います、そうリアンが必死に押し留めようとしたがもう遅い。売り言葉に買い言葉、憲兵の一人が禁句を放ってしまったのだ。
「そうだよ、その通りだよ!お前みたいな変な奴を誰が領主様に会わせるか!さっさと帰れ、この自称エセ勇者が!」
「――よくぞほざいた。人間如きがこの『俺』を、愚弄したな?」
気付けば、その光景だった。サトゥンの両の腕が、憲兵二人の顔面を掴み、持ち上げていた。
リアンには、それまでの過程すら見えなかった。サトゥンが憲兵に近づく姿も、持ち上げる姿も、何も見えなかった。
それだけの速さで、彼は事を成し遂げたのだ。そして彼は全身から恐ろしいまでの殺気を解き放っている。
その姿にリアンは息を呑む。そうだ、これが、サトゥンの本当の姿なのだ。その姿を、リアンは知っている。
普段の愉しげに高笑いする皮一枚下で、この世に二人と存在しない化物が潜んでいるのだ。この姿こそ、サトゥンの力。
彼は勇者に憧れている、勇者だからこそ、人間を守るべき存在だと見做している。だが、それだけだ。勇者とみなしてくれる人間だからこそ、彼は守るのだ。
そんな彼を下らぬと、馬鹿にする存在を果たして彼は笑って流すだろうか。否、断じて否。彼はそのような安い存在ではないのだ。
彼は全ての運命を握っている。生きるも殺すも、彼の気分次第。人を救う力もあるだろう、だが、それ以上に人を滅ぼす力もあるだろう。
ならば、そのような彼を一体誰が止められる。一体誰が抑えられるというのか。これほどの存在が、世界に刃を向けないようにするために神は何か仕組みを与えているのだろうか。
恐怖がリアンを押し潰す。自身とサトゥンの力の差は痛い程に痛感している。否、感じることすらおこがましい。比肩すら出来ない。
それでも、リアンは必死に考える。考えて、考えて、考えて、行動を起こすのだ。何故ならきっと、行動しないと後悔すると思ったから。
――自分を救ってくれた勇者様は、今、ここで自分が止めないと、絶対に後悔すると、思ったから。だから。
「サトゥン様!どうかその手をお放し下さい!貴方の手はそのような人を見る目もない人間の血で汚すべきではありません!」
「……ぬ」
「サトゥン様のお力は、勇者としての務めにのみ使われるべきではありませんか!
貴方は僕達、いえ、この世界にとって失ってはならない希望なのです!貴方の力は人間如きに使われてはならないのです!
思いだして下さい、『リエンティの勇者』を!リエンティの勇者は、その剣をもって一体何を倒してきましたか!
暗黒龍、大地を支配する獣、海を征した巨大魚、そのどれもが人を救う為に振るわれた剣ではありませんか!
サトゥン様の剣は、こんな下らぬことに使われるべきでは決してないのです!貴方の剣は、勇者の剣なのです!」
「……うむ。うむうむうむうむうむ!実に、実にその通りだ!ふはははははは!よくぞ言ってくれた、盟友リアンよ!
そうだ、私はなんと愚かな行動を起こすところであったか!我が剣は勇者の剣、弱き人間を守る為に存在するのであったわ!」
リアンの必死の行動――すなわち、必死の言葉並べである。何とかサトゥンの怒りの矛先を打ち消そうと、必死に言葉を並べ立てたのである。
そんなリアンの想いが通じたのか、サトゥンの怒りは霧散し、いつもの上機嫌の彼が戻ってきた。その光景に、リアンは身体中の力が抜けるのを感じた。必死だったのである、本気で。
なんとか納得してくれた彼に、リアンは安堵する。これで彼が、人間を殺したりせずにすむ、と。リアンはそのことが心から嬉しかった。
リアンにとって、サトゥンは言うまでもなく英雄、勇者である。そんな彼に、下らぬ理由で人間を殺すなどしてほしくはなかったのだ。
先程並べ立てた言葉は、なんとかしようというリアンの言葉であったが、その分純粋だった。先程の彼の言葉は、何一つ偽ることなく、彼の本音だったのだから。
サトゥンの馬鹿力から解放され、痛みに悶える憲兵達に、サトゥンはいつものように笑みを浮かべたまま言葉を紡ぐ。
「ふはは!悪かったな、諸君!私としたことはついムキになってしまったようだ!
勇者たるもの、弱い者いじめはよくないな!弱き人間は守るべき、愛しき存在!ここに誓おうではないか、私は決して今後も人間を殺めたりしないことを!」
「傷つけるのも無しにしてほしいのですが……でも、どうしましょう、サトゥン様。
私達がこうして衛兵さんに手を出してしまったことは事実ですし、これはもう面会どころでは……」
不安をぶつけるリアンに、何を馬鹿なとサトゥンは笑って一蹴する。
何か良案があるのかと期待するリアンだが、次のサトゥンの言葉にその楽観は一撃で葬り去られることになる。
「ふははは!こうなれば作戦変更である!この館の兵士全てを誰一人殺すことなく館へ突入し、領主と面会してみせようではないか!
いくぞリアン!私は人間を傷つけることが出来ぬ故に、兵士の相手は全てお前に一任する!むははははははははは!」
「え、え、え、え?」
気付けば首根っこをサトゥンに掴まれ、自身の身体ごと領主の館内へと侵入していた。無論、頑強な扉を蹴り破って、だ。
館内から大きく上がる衛兵達の声に、リアンは遠い目をしながら悟るのだ。ああ、これで自分は犯罪者の仲間入りだ、と。




