第1話 依頼
あらすじ
核廃棄物処理の技術者マック・ハントは、国家の極秘任務を断った翌朝、妻サラを人質に取られた。条件はただ一つ、地球のコアへ行くこと。地殻の深さ六千キロに眠る莫大な金を巡り、国家とロシアが激突しようとしていた。
行くしかない。サラのために。
使い捨てにされた仲間たちが集まった。元内通者、爆発物専門家、元特殊部隊、天才ハッカー、そして老ロシア人科学者。全員が傷を持ち、全員が意地で動いていた。
だが地球の核心に辿り着いた時、彼らは知ることになる。人類の欲望が何を引き起こすのかを。
男が来たのは、十月の雨の夜だった。
マック・ハントは自宅のキッチンで缶ビールを開けていた。サラが夕食の片付けを終えて、居間のソファで本を読んでいる。窓の外で雨が舗道を叩く音だけが、静かな家に満ちていた。
ドアのノック。
三回。間隔が均等すぎる。
マックはビールを置いた。こういうノックをする人間を、彼はよく知っていた。
ドアを開けると、グレーのスーツを着た男が二人立っていた。雨の中でも傘を差していない。濡れることを気にしない人間は、たいてい面倒な用件を持っている。
「ハント氏ですね」
「そうだ」
「少しお時間をいただけますか。国家安全保障局の者です」
男は内ポケットから身分証を出した。マックは一瞥だけして、またドアの方を向いた。
「話は中で」
居間にサラがいた。マックが目で合図すると、サラは本を閉じて静かに立ち上がった。十五年一緒にいれば、言葉はいらない。彼女はキッチンへ消えた。
男たちがソファに座った。マックは壁に背をもたせかけたまま、座らなかった。
「単刀直入に申し上げます」男の声に感情がなかった。「あなたの技術が必要です。掘削の経験、特に極深度領域における」
極深度。その言葉で、一人の顔が頭をよぎった。何年か前、核廃棄物処理の現場で並んで地下を掘り続けたロシア人の老科学者。ある夜、あの男は笑いながら言った。もっと掘れば金が出るぞ、と。冗談だと思っていた。サラにその話をしたことも、もう忘れかけていた。
「引退した」
「存じております。しかしこの任務は――」
「国の仕事は二度とやらないと決めてる」
男は少し黙った。手元の書類に目を落として、また顔を上げた。
「報酬は破格です。ご家族の生活も、向こう十年は――」
「サラが許さない」
マックは言った。それだけだった。
男たちは顔を見合わせた。一人が何か言いかけて、もう一人が小さく首を振った。二人は立ち上がり、書類をブリーフケースに戻した。
「ご再考ください」
「しない」
ドアが閉まった。
マックはキッチンへ戻った。サラがコーヒーを二つ用意して待っていた。
「何の用だった?」
「仕事の話だ」
「断ったの?」
「ああ」
サラは少し笑った。疲れた笑いじゃなく、信頼の笑いだった。マックはコーヒーを受け取って、隣に座った。雨の音が続いていた。
翌朝、サラがいなかった。
コーヒーメーカーがタイマー通りに動いていた。カップが二つ用意されていた。サラの本が開いたままソファに置いてあった。ページは昨夜と同じところだった。
マックはしばらく動けなかった。
キッチンの窓から、朝の光が差し込んでいた。カップに注がれたコーヒーが、誰にも飲まれないまま冷めていった。




