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76話 「俺の大事な親友と家族に、二度と手を出すな」。完全勝利でモブ男が廃人化する件



「痛ぇよ、痛ぇよ」と泣きわめく航平を抑えつけ、湊は部屋の中を見渡した。


「結!!」

「んーっ!!」


 ベッドの上で、手足と口を粘着テープで塞がれた結を見つけ、湊は声を上げた。

 駆けつけたいが、航平を自由にさせるわけにはいかない。


「みーくん、ゆいちーはあたしに任せて」


 すぐさま暦深がベッドに駆け寄った。「ごめん、ちょっと我慢して」と言いながら丁寧に粘着テープを剥がしていく。同時に、乱れた結の衣服を整える。


 ホッと息を吐いた湊は、怒りを込めて航平を見下ろした。痛い痛いとうるさい航平の後頭部を鷲づかみにする。


「相沢、貴様……結に手を出したな?」

「ひっ!?」

「俺は今、本気で怒ってるんだよ。これ以上わめくなら、左肩も外してやろうか」

「ごっ、ごめんなさい! ごめんなさい!」


 あれほど憎んでいた湊に平謝りするほど、航平は怯えていた。

 湊は冷めた目で、この愚かな男を見た。3女神からことごとく見放されても性根が変わらなかった航平は、結局、自分が痛い目に遭って初めて謝罪の言葉を口にしたのだ。

 浅い。なんて底の浅い男だろうか。


 同じことは暦深も福音も感じたらしい。軽蔑を込めた目で航平を見下ろしている。


 ふと、航平が言った。


「で、でも……どうして。天宮は、扉の外にいたはずじゃ……」


 湊は気持ちを落ち着かせるようにふーっと息を吐いた。


「教えてやるよ。……福音」

「はい」


 福音が航平の正面に回り、スマホの画面を突きつけた。ボタンをタップすると、湊の声で「すまなかった、相沢」と流れた。


「これは、湊君の声をサンプリングして作ったAI音声です。暦深さんが会話で航平君を誘導し、その間に私が適切な返答を用意したんです。まるで、扉の外に湊君がいると錯覚するように。録音ではどうしても無理がありますし、複数パターンを用意する時間もありませんでしたから」

「い、いつの間に……」

「航平君――いえ、相沢君には関係のないことですね」


 暦深に続いて、福音からも名字呼びされ、航平は顔面蒼白になった。

 結を解放した暦深が、言葉を続ける。


「相沢君の性格はよーっくわかってたからさ。あたしが時間稼ぎのために話を引き延ばしたの。君に聞こえるようにみーくんに文句を言ったのも、わざとだよ。ちょっと冷静になればバレそうなお芝居だったけど、やっぱりバレなかったよね。だって君だもん。全部の物事を、自分に都合のいいようにしか考えない人だものね」

「そんな……」

「あたしがみーくんを責めるわけないじゃん。今回のことは、どう考えたって君の方が悪者でしょ。不法侵入した上に、女の子にこんなことするなんて。本当、最低。信じらんない。キモすぎ」

「う、う……」


 容赦ない罵声に、呻き声を上げる航平。

 そこへ鋭理がやってきた。

 室内を見渡し、「上手くいったようだな」と彼女は言った。


「コウヘイ。いや、相沢。まさかミナトが、窓から突入するとは思ってもみなかったようだな」

「う……ここは2階なのに。ベランダだってないんだぞ……」

「代わりに、花手すりがあっただろう。クライマーなら、あれくらいのとっかかりがあれば十分だ」


 ――暦深が話術で航平の気を引く間、湊たちは二手に分かれた。

 湊と鋭理は、キッチンからミートハンマーを入手すると、素早く庭へ。

 暦深に同行した福音の合図で、鋭理が下で支え、湊が2階の花手すりにとりつく。

 そして、ミートハンマーで窓を叩き割って室内に突入する。カーテンを閉めていたことで、湊の姿は直前まで見えず、窓ガラスの飛散も最小限で済んだ。


 これが、鋭理の考えた救出作戦であった。


「ミナト、代わろう。お前はユイのもとへ行ってやれ」

「すまない、鋭理」


 湊が立ち上がる。すかさず鋭理が航平の背中にどすんと膝を落とした。容赦ない一撃に、「ぐえっ」と汚い悲鳴が航平の口から漏れる。


「結!」

「お、お兄ちゃん……!」


 暦深に背中をさすられていた結が、湊に抱きつく。湊は強く抱きしめ返した。


「怖い思いをさせてすまなかった。もう大丈夫だ、結」

「うん……信じてた」

「結……!」


 感極まり、さらに抱きしめる手に力を込める湊。

 妹の体温と心音をこんなにダイレクトに感じるのは、いつ以来だろうかと彼は思った。

「信じてた」――そのひと言によって、湊の苦労はすべて報われたのだ。


 結の方も、湊の体温と匂いに包まれて、ようやく緊張の糸が切れたらしい。声を上げて泣き始めた。

 ゆっくりと優しく背中を撫でて慰める湊を、3女神はそれぞれの表情で見つめていた。


 しばらくして、結は泣き止んだ。湊から身体を離すと、暦深たちを見渡した。


「お兄ちゃん、この人たちは」

「暦深、鋭理、福音。俺のクラスメイトで、本物の、頼れる親友たちだ」


 暦深がピースサインをし、福音がお辞儀をし、鋭理がサムズアップした。それぞれの性格が出ている反応に、結も微笑む。


 ――が、ふと結は表情を引き締めた。


「ってことは、この子たちが何度も何度も何度も話に出てきた超絶美少女たちなんだね。ふぅーん、へぇーえ」

「結?」

「お弁当をあーんしたり? ふたりっきりで出かけたり? 誰にも言えない秘密を共有しちゃったりしてるわけだ? ふぅーん」

「結さん?」

「……今朝のツーショット、適当だった。だからこれで埋め合わせ」


 そう言って、結は再び湊に抱きついた。

 今度は3女神の方が、揃って頬をひくつかせた。


「さすがゆいちー……見せつけてくれるね」

「ラスボス感が半端ないです」

「おいミナト、伊月旗を呼べ」


 ざわつく親友たちを前に、湊は妹をたしなめた。

 すると結は再度湊から離れると、暦深たちひとりひとりに頭を下げた。


「暦深さん、鋭理さん、福音さん。助けてくれて、感謝します。それと……兄を立ち直らせてくれて、本当にありがとう」

「ゆいちー」

「悔しいけど、今のやり取りを見て思った。お兄ちゃんに親友ができたのは本当なんだね」


 結は泣き笑いの表情を浮かべた。


「ちょっと複雑だな。お兄ちゃんの理解者になれるのは、私だけだと思ってたから」

「そんなふうに思ってくれてたのか」

「うん。恥ずかしくて、面と向かって言えなかったけどね」


 そう言って、航平の前に進み出る。


「私がこんな有様だから、こんなとんでもない男に騙されたんだ。ほんと、自分が自分で嫌になる」

「うう……ゆ、許して」

「そうだね。私が馬鹿だったし、お兄ちゃんが立ち直るきっかけになったのも間違いなさそうだし」


 でも、と結は手を振り上げた。

 そのまま、勢いよく航平の頬を張り飛ばす。


「お兄ちゃんをさんざん馬鹿にしたことは許してないから」

「い、痛い。た、助けて。誰でもいい、誰か俺を……」


 懇願するように辺りを見渡す航平。

 しかし、彼に手を差し伸べる者は誰ひとりとしていなかった。

 絶望に染まった航平は、呟いた。


「俺は何を間違えたんだ……。俺と天宮、何が違うんだ……?」

「そんなこと、ひとりでじっくり考えるがいい。その時間はたっぷりあるだろうからな」


 鋭理は答え、外れた航平の肩関節をごきりとはめ直した。激痛で、航平は涎をまき散らしながら悲鳴を上げた。


「武士の情けだ。外れた肩のまま警察に突き出したら、ミナトの評価に傷がつく」

「ああ……おお……」

「ミナトは相沢のように弱くも情けなくもない。お前の身体を触れば明らかだ」

「そうですね。湊君は、人の夢を邪魔して潰すような真似は絶対にしませんし」

「相沢君。君はね、あたしたちを自分が気持ちよくなるための道具としか見てなかったの。最後まで、あたしたちを支配しようとした。けどね、あたしたちは君のおもちゃになるほど落ちぶれてない。モブなのはみーくんじゃない。君の方だったんだよ、相沢君」


 福音と暦深も続いた。

 3女神から現実を突きつけられ、航平の心は木っ端微塵に砕けたようだ。しゃくり上げながら大声で泣き始めた。


 そんな航平に、湊がトドメを刺す。


「俺の大事な親友と家族に、二度と手を出すな」


 湊の周りには暦深、鋭理、福音、そして結が揃った。

 航平は、まるで土下座するように、額を床にこすりつけた。そのまま、顔を上げることはなかった。


 ――その後。

 警察が到着し、航平は連行されていった。

 彼が持ち込んだ凶器の数々も押収された。

 トートバッグの中身を確認した警察官が眉をしかめ、信じられないものを見るような目つきで、航平を詰問していた。


 真っ白になった航平は、ただただ、力なく返事をするだけだった。

 哀れだが、まったく同情できない――湊は思った。


 こうして、モブ男は幼馴染の心だけでなく、将来すらも奪われ、表舞台から退場するのであった。



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