75話 「覚悟しろ、相沢」。偽りの和解と、悪行の報いを受けて絶叫するモブ男の件
航平は舌打ちしつつ、スマホを手に取る。
無視できなかったのは、それが暦深からの着信だったからだ。
「はい、もしもし。暦深か?」
『こーへーくん、今どこにいるの?』
「どうしたんだよ、急に」
『あたしたち、今みーくんの家の前にいるんだ。妹ちゃんに紹介したいんだって。あたしは、こーへーくんも呼んだ方がいいって言ってるんだけど』
航平は窓に近づき、カーテンを少しだけ開けて外の様子をうかがった。
確かに、玄関前に湊や暦深たち4人が揃っている。
(そういえば、妹ちゃんのスマホを確認したとき、『今から帰る。親友も一緒だ』って天宮からのメッセージがあったな)
カーテンを閉める。ベッドを振り返ると、結が訴えるような視線を航平に向けていた。
いいことを、思いついた。
「暦深。実は今さ、俺も天宮の家にお呼ばれしてるんだよ」
『え、そうなの?』
「偶然、妹ちゃんと仲良くなってさ。俺のこと、天宮の親友だって言ってくれたんだ。ちょうどよかった、天宮を連れて上がってこいよ。皆、親友だろ? ちゃんと見せつけてやろうぜ」
航平は邪悪な笑みを浮かべた。
(天宮が見ている前で、妹ちゃんを奪う。俺が本気を出せばこんなことができると知れば、きっと暦深たちもふざけた真似はできなくなる)
そうすれば、全部元通りだ。
理性のタガが外れた航平は、まともな思考力を失っていた。この期に及んでも、『自分のすることはすべて上手くいく』と信じて疑っていなかった。
スマホから、少し焦った暦深の声が聞こえてくる。
『……みーくん、こーへーくんに何かしたの? これ、こーへーくんめっちゃ怒ってるよ。いつものこーへーくんと違うもん』
どうやら湊を責めているようだ。
すると、他の少女たちも暦深に続いた。
『これは、私たちも少し言い過ぎたのかもしれないな』
『皆で謝った方がいいと思います』
3人から詰められた湊は「しかしな……」と煮え切らない態度だった。
会話を聞いた航平は、笑みをさらに深くした。
「なんだ。わかってんじゃないか。ちゃんと話をしようぜ、暦深。俺たち幼馴染だろ? あ、天宮もついでに来るように言ってやれよ。俺は寛大だからさ、ちゃんと話し合えば許してやるよ」
まあ嘘だけどな。
航平は内心で舌を出し、通話を切った。
「なんだよ。あいつら、やっぱり俺のことを見捨ててなかったじゃん。それどころか、天宮を鬱陶しく思っているんだ。こいつはいい」
「んーっ!」
ベッドの上で、結が呻いた。まるで「お兄ちゃんを馬鹿にするな」と言わんばかりに、航平を睨む。
航平はベッドに近づいた。
「君もさあ。天宮には迷惑してるんじゃねえの? 前に聞いたぜ。あんたと天宮、上手くいってないから困ってるって」
一瞬、結は固まった。
そして、真剣な表情で首を横に振り、航平の言葉を否定する。
ハンマーを握る手に力を込めた航平だが、すぐに笑みを浮かべた。
「天宮の肩を持つのもここまでだ。見せてやるよ。あんたの兄貴がどれほど薄情な奴か。あいつは、親友なんか作っていなかった。あんたに嘘をついてたってことをな」
暦深たち3人は俺のものだ、と航平は吐き捨てた。
複数の足音が聞こえてきて、扉の前で止まった。
「こーへーくん? ここにいるの? ごめん、みーくんが『この部屋には入れない』って言ってるの。扉越しに話をしていい? 面と向かって喋るの、ちょっと申し訳なくて」
暦深の声だ。
航平は「それみたことか」と結を見下ろした。結は愕然として、目を見開いていた。
「あたしから先に謝っておくね。ごめんね、こーへーくん。最近、あたしたちが君に冷たく当たってるから、怒っちゃったんだよね? もう一度、落ち着いてお話ししよう。あたしたち、幼馴染だものね。そうだ、みーくんの妹ちゃんも一緒?」
結が騒がないよう、ハンマーを見せて牽制しながら、航平は答えた。
「ああ。ベッドで寛いでるよ。俺たち仲良くなったんだ。天宮と違ってな。あいつと妹さん、仲が悪いんだろ?」
一瞬、暦深が沈黙した。
「そうなんだ。みーくん、話が違うじゃん。……あ、みーくん、すごいショック受けてる」
「は! ざまあないな。そうだ! おい、天宮。聞いてるだろ?」
航平は扉に近づいた。扉の向こうにいるだろう湊に向かって、勝ち誇ったように告げる。
「お前は、俺の大事な女たちを奪おうとしたヤバい奴だ。お前のしたことで、俺がどれだけ傷ついたかわかっただろ? わかったなら、土下座しろよ。今、ここでさ!」
しばらくして、扉の前に誰かが歩み寄る音がする。
耳を澄ませる航平。
すると、湊の声がはっきりと聞こえてきた。
「すまなかった、相沢」
航平が、口の端を限界まで引き上げて笑った。
「そうだ! そうだよ天宮! 悪いのは全部お前なんだよ! 思い知ったか、ざまあみろ天宮! はっはっはっは!!」
(勝った! 俺は天宮に勝った! これで暦深も鋭理も福音も、妹だって俺のものだ!!)
勝利を確信した航平は、土下座した湊を見下ろすため、勢いよくドアノブを引いて扉を開いた。
しかし、目の前に立っていたのは険しい顔をした暦深だった。
「最低だよ、『相沢君』」
「へ……?」
事態が飲み込めず、呆然とする航平。
暦深の隣には、スマホを扉に近づけた福音がいる。しかし、航平が望んでいた『土下座する湊』の姿はどこにもなかった。
「あれ……? 天宮は……? それに、相沢君って……?」
一歩、二歩と後ずさる航平。
その直後だった。
ガシャァァン!!
ガラスの割れる音とともに、湊が窓から乱入してきた。
「相沢ぁぁぁーっ!」
「天宮っ!!?」
真っ直ぐ突っ込んでくる湊に、航平は咄嗟にハンマーを振り上げた。
だが、攻撃できなかった。
湊の怒りに燃えた目に、気圧されてしまったからである。
湊が航平を組み敷く。
航平はスマホを取り落としたが、利き手に持っていたハンマーは握りしめたままだった。
背中に馬乗りになった湊は、冷徹に告げた。
「今度ばかりは遠慮も手加減もしない。覚悟しろ、相沢!!」
悪あがきする航平の腕を取り、そのまま肩の関節を外したのだ。
「ぎゃあああああっ!! 痛えよぉおおおっ!!」
航平が涙と鼻水をまき散らして、絶叫した。




