表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

74/77

74話 「全部お兄さんのせいだよ」。閉ざされた結の部屋と、ハンマーを握るモブ男の件


「駄目だ。電話に出ない」


 眉間に皺を寄せ、湊はスマホをしまった。既読スルーされてから何度か電話をかけてみたが、状況は変わらなかった。


「嫌な予感がする。すぐ家に戻らないと」

「あたしたちも行くよ、みーくん」


 暦深が言った。隣では、鋭理と福音も頷いていた。


 それから湊たち4人は、急いで部屋を出た。


「おや、出かけるのかい? そろそろお菓子を持っていこうと思ったんだけど」


 リビングで、和宏が目を丸くした。涼子は再び仕事に出かけたようで、姿がなかった。

 和宏がさりげなく切り出した。


「福音。遊びに行くなら、お父さんが車を出そうか? せっかくお友達が勢揃いしているなら、少し遠出してもいいし――」

「大丈夫です。行ってきます」

「そ、そうか。行ってらっしゃい」


 やや気落ちした様子で、和宏が娘を見送った。

 玄関から出たあと、暦深が言った。


「パパさん、さすがにちょっと可哀想じゃない?」

「今は湊君と結さんの方が大事です」


 福音が口を尖らせた。


「それに、お父さんが湊君の自宅を知ったら、なんやかんやちょっかいをかけてきそうな気がしますし。そうなったら身内として恥ずかしいです」

「パパさん可哀想だけど……まあ自業自得かなあ」


 苦笑しながら、暦深はちらりと湊の背中を見る。

 彼は福音の家を出てから、無言のまま前を歩いていた。大股で、急くような足取りだった。


 5、6分ほど歩いたところで福音が遠慮がちに声をかけた。


「湊君。お父さんの車を断った私が言うことではないのですが……急ぐならタクシー拾いませんか? 駅前大通りまで出れば、すぐ見つかると思います」

「いや、いい。もう着く」

「え!? そうなんですか!? 湊君の家は、意外とご近所さんだったんですね」


 辺りを見回し、福音が嬉しそうに言う。

 湊は黙ったままだった。


「……そういえば、みーくんと会ったのもこのあたりだったよね」


 湊にだけ聞こえる声で、暦深が囁いた。

 暦深はタイムリープ前に湊と会っている。更地と化した家の場所を、覚えているのだ。


 やがて、湊の自宅が見える場所までやってきた。


「ミナト、ストップだ。コヨミたちも」


 ふと、鋭理が湊たちを引き留めた。そのまま、皆を路地まで引っ張る。

 不満げに顔をしかめた湊に、鋭理は言った。


「ミナトの家は、ここから1軒先のあそこか?」

「そうだが……いったいどうした、鋭理」

「2階の窓からコウヘイが見えた」


 バッと路地の角に身を寄せる湊。

 自宅の2階をうかがうと、ちょうど誰かがカーテンを閉めるところだった。

 暦深と福音も、湊の後ろから家を見る。


「えーりん、本当なの?」

「ああ。一瞬だが、間違いない。あの骨格はコウヘイのものだ」

「顔じゃなくて、骨格で判断できるんですか!?」

「何を驚くことがある?」

「何で驚かないと思ったのかな……」

「コウヘイの顔などもはや興味もないが、あいつの身体つきは何年も見てきたから覚えているんだ。猫背気味なのに胸を張ってるアンバランスさ、間違いない」

「待って。何でこーへーくんがみーくんの家の中にいるの?」

「わからん」


 3女神はカーテンの閉められた窓を見る。


「あそこは、結の部屋なんだ」


 塀の角から自宅をうかがいながら、湊が呟く。

 結の部屋にはベランダがなく、窓には花手すりが設置されている。窓もカーテンも閉められ、内部を見ることはできない。


 湊はすぐにスマホで電話をかけた。しかし、今度も繋がらなかった。


「航平君が、結さんの部屋に?」

「いくらユイが奇人変人でも、コウヘイと自室に招き入れるなんて軽率なことはしないだろう。彼女は、ミナト以外の男に興味がないはずだから。私と同じで」

「……ってことは、まさか。こーへーくんが、ゆいちーを?」


 暦深が呟いた直後、湊が物陰から飛び出す。

 それを、鋭理と福音がふたりがかりで止めた。


「湊君! 気持ちはわかりますが、いきなり踏み込んだら危険です! ここ最近の航平君の言動、見てきたでしょう?」

「だが! 結にもしものことがあったら、俺は何のために……!」

「落ち着け、ミナト。私たちがいる」


 3女神で一番強い力を持つ鋭理が、いきり立って自宅に突入しようとする湊を抑えつける。

 彼の首元を撫で、鋭理は告げた。


「心拍が速すぎる。これでは成功する作戦も成功しないぞ。私に考えがある」

「鋭理……?」

「意外そうな顔だな。こう見えて、私たちの中では一番成績がいいのだぞ?」


 にやりと笑った鋭理は、すぐに真剣な表情になった。


「前に言っただろう。私たちはお前を助ける、支えると。今がそのときだ。私たち4人が揃えば、できないことはない」


 協力してくれるか、と鋭理は暦深と福音に言った。

 ふたりの少女は力強く頷いた。


「作戦はこうだ」


 顔を寄せ、鋭理は自らの考えを告げた。



◆◆◆



「やっべえ。女の子の部屋、初めて入ったかも」


 興奮を隠しきれない様子で、航平は呟いた。幼馴染たちの家に行ったことはあっても、せいぜいリビングまで。彼女たちの部屋には入らせてもらえなかったのだ。


 人生初の快挙を成し遂げたような気分になり、航平は胸を張って息を吸い込んだ。

 どこか甘い香りに、理性の糸がさらに一本、また一本と切れていく。


 カーテンを閉め切った部屋の中は、敢えて灯りをつけずに薄暗くしていた。ぬいぐるみも、化粧品も、勉強道具も、ぼんやりと輪郭が見える程度だ。


 その方が、興奮する。


 航平は薄ら笑いを浮かべ、ベッドを見た。

 そこには、手足を縛られ、口元を粘着テープで封じられた結が横たわっていた。


 いつもは強気で兄を見返す目が、今は恐怖で揺れていた。

 

 航平は悪戯心を出した。手にしたもの――日曜大工で使うハンマーを振りかぶる。


「……っ!!」


 結がギュッと目を閉じ、身体を縮こまらせた。

 航平は笑った。他人が、しかも幼馴染に匹敵するほどの美少女が、自分の思いどおりに反応をする。それを見るのは、実に愉快だった。


 結に、身だしなみを気にする余裕はない。身を守るために身を縮こまらせたことで、彼女のスカートがめくれていた。

 薄暗闇の中で、結の白く滑らかな太ももがぼんやりと浮かび上がる。


 見えそうで、見えない方が、興奮するのだ。

 初めて入る女子の部屋で、積年の恨みを晴らす方が、興奮するのだ。


「全部、君のお兄さんが悪いんだよ、妹ちゃん……。恨むなら、天宮湊を恨んでくれ。な?」


 航平の足元にあるトートバッグには、ロープや粘着テープなどが詰め込まれている。その中には、タオルでくるんだ包丁もあった。


 航平は自分の頬を撫でる。


「それにさ。君も抵抗したじゃん。痛かったぜ。ちょっと鼻血出た。これ暴力だよね。だからおあいこだ。これからは俺のターンってことで……文句、ないよね?」


 ぶんぶんと首を横に振る結。

 彼女の恐怖心を弄ぶように、真似して首を横に振り、笑う航平。


 そのとき、航平のスマホが鳴った。

 暦深からの着信音だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ