73話 「めっちゃ親友」の嘘。すべてを失ったモブ男が大事な妹に牙を剥く件
「ゆいちーと? うん、そっか……そうだよね。みーくんはもう大丈夫って、ゆいちーに伝えないとだね」
「善は急げだな、ミナト。これから向かおう」
暦深と鋭理が頷く。
それからふたりは、声を落としてひそひそと話した。
「いよいよラスボスと対面かー。一世一代の勝負所だね」
「いざとなれば、肉体言語での語り合いも覚悟しなければならないだろう……望むところだ」
やたらと真剣な表情になった親友ふたりに、湊は首を傾げた。
そのとき、福音が隣にやってきて、湊に耳打ちした。
「湊君。結さんの話で思い出したのだけど、航平君がネオンのアーカイブ動画に残したコメント、見ましたか?」
「いや、まだチェックしてない」
「実はその中に、気になるコメントがあったんです。『ネオンをたぶらかしたあいつに、目に物見せてやる』って。たぶん、湊君のことだと思います。私みたいに湊君の自宅にまで押しかけないとも限りませんから、どうか気をつけてください。結さんにもそのように伝えてもらえたら」
「わかった。忠告、ありがとう、福音」
出かける準備を始めた3女神を横目に、湊は結に電話をかけた。
しかし、繋がらない。
結も今日は体育祭の振替休日で、家にいるはずだ。出がけに「早く帰ってこい。終わったらすぐ帰ってこい」と圧力をかけられたくらいなので、結がひとりでどこかに出かけているとは考えにくかった。
湊は電話の代わりに、メッセージを入れた。
(湊):今から帰る。親友も一緒だ。
(湊):ぜひ会って欲しい。話せば、結もきっと仲良くなれるはずだ。
「みーくん。何てメッセージを送ったの?」
「こんな感じだ」
「ほうほう。またゆいちーが爆発しそうな内容だなあ」
「……爆発、するのか? これで?」
「まあ、そこは暦深さんに任せてもらえれば上手に言いくるめて――あ、既読ついた」
暦深の言うとおり、メッセージに既読マークが付く。
湊のスマホを全員で覗き込んだ。
1分経っても、2分経っても、結からの返信はなかった。
湊は暦深たちと顔を見合わせる。
「あの結が、既読スルー?」
念のため、湊はもう一度結に電話をかけた。
通話は、繋がらなかった。
◆◆◆
――少し時間は遡る。
福音の家から逃げ去った航平は、荒い息のまま自室に飛び込んだ。両親は仕事で不在だったため、彼の様子を咎める者は誰もいない。
呼吸が落ち着いてくると、代わりにどろどろとした感情がわき上がってきた。
「何だよこれ……。福音の親に追い返されて、まるで、俺のほうがモブの悪役みたいじゃないか」
巻数がばらばらに並んだ漫画の棚を見る。天板には、昔撮った3女神との集合写真を収めたフォトフレームがあった。かつて、暦深がお節介で押しつけてきたものだ。
「俺には暦深がいて、鋭理がいて、福音がいる。全員、俺の幼馴染で、そのことに周りの奴らは皆、羨ましがっていたんだ。それなのに」
フォトフレームを握りしめる。
中心に映っている自分自身が、ふと湊の顔とダブって見えた。
航平は、衝動的にフォトフレームを床に叩き付けた。
「それなのに……それなのに! 天宮が全部持って行きやがった。天宮の何がいいんだ。天宮と俺と、何が違うっていうんだ」
目を血走らせ、ぶつぶつと呟く。
怒りと憎しみで濁った思考に、ふと、ある考えが浮かんだ。
「そうだ……。悪いのは天宮なんだ。だったら、少しくらいあいつにやり返してもいいよな。俺と同じ思いをあいつに味わわせたって、それは仕方のないことだよな。不公平だものな!」
航平は踵を返し、自室を出る。
ふと、廊下に吊してあった母親のトートバッグが目に付いた。それを手にし、無人の台所へ向かう。
まるで泥棒が金目のものを探すように、乱暴に棚を開けては使えそうなものをトートバッグに詰め込んでいく。リビングも物色した。
トートバッグなら、『必要なもの』がすぐ取り出せる。
ずっしりと重くなったトートバッグの側面を満足そうにぽんぽんと叩き、航平は早足で家を出た。
今の航平には、自分の荒い息づかいしか聞こえない。周りが見えていない。
彼が向かったのは――湊の実家だった。
航平が実家の存在を知ったのは、湊が詩織を助けたとき。
あの日、航平は密かに湊を尾行し、彼が仮住まいしていたマンスリーマンションの場所を突き止めていた。
さらにそこから、湊が実家に向かうところを見たのだ。航平は、こそこそ後をつけるのが得意な男だった。
当時は湊の家をどうこうしようという気はなかった。
しかし、3女神との関係が急速に悪化し、湊をはっきりと敵視したころから、航平は何とか湊の弱味を握ってやろうと考え始めていた。
その一環で、半日ズル休みをし、改めて湊の実家を外から観察したのである。
そのとき、航平は目にしていた。
湊の実家にひとりで暮らす結の姿を。
「天宮のやつ。あんな可愛い子と一緒に暮らしているのに、どうして俺の幼馴染に手を出しやがったんだ。許せねえ」
夏の陽射しをもろに受け、汗だくとなった顔で、舌なめずりする。
「お前も、自分のものを取られる苦しみを味わうといいさ。天宮……!」
目的の家が見えてくる。トートバッグを抱え直すと、中に詰めたものがぶつかり合って、がちゃりと固い音がした。
ふと、航平は近くの民家の影に身を潜めた。
視線の先には、ひとりの少女の姿。
結が外出から帰宅したのだ。
手にはコンビニの袋が握られていた。
「お兄ちゃんの馬鹿……。さっさと出かけちゃうなんて。おかげで、朝の写真がすごく適当になっちゃったじゃない。こうなったら帰ってくるまでやけ食いしてやる」
結はぶつぶつと呟きながら、玄関へと向かった。航平に気付いた様子はない。
彼女が家のカギを開けたそのタイミングで、航平は声をかけた。
「すんません」
「ひゃっ!? だ、誰ですか!?」
びっくりして結が振り返る。
航平は内心で舌を巻く。
(この子、近くで見ると暦深くらい美人じゃんか。スタイルもいいし。ちくしょう。天宮の奴、ますます許せねえ……!)
「あの、何かご用ですか」
警戒心を露わにした結の言葉で、我に返る。航平はとっさに言いつのった。
「ごめん、ごめん! 俺は相沢っていうんだ。天宮の――その、ダチでさ。家に呼ばれてきたんだ」
「え? おに……湊の友達……?」
「そうそう! あいつ、親友を家に呼ぶんだってきかなくて。天宮の家って、ここで合ってるよね?」
できるだけ無害に見えるように表情を作りながら、航平は結に迫った。同時に、空いた手をゆっくりとトートバッグの中に忍ばせる。
結が逃げるか抵抗するかしたら、すぐに動くつもりだった。
「湊の、親友。あなたが?」
「へ? ああ、そうそう。めっちゃ親友」
「あなたが、お兄ちゃんと親友になってくれた人ですか!?」
パッと表情が華やいだ結に、航平は困惑した。予想外の反応だったからだ。
結は、細い指先を目尻にやった。
「よかった……。お兄ちゃん、ちゃんと親友ができたんだ。よかった……!」
それは、大事な家族のことを心から心配し、そして安堵する表情だった。
兄の前では滅多に見せない、可憐な妹の素顔。
その美しさに、航平は――心を凍てつかせた。
(あ-、そうかい。こんな美少女の妹ちゃんにも、天宮は大事にされてるのか。そうかい、そうかい)
躊躇の心が、良心が、溶けてグズグズになっていく。
(天宮にとっても、すげぇ大事なんだろうなあ。この子を奪ったら、天宮はどんな顔をするのかなぁ)
トートバッグの中身を握る手に、力がこもる。
航平は、満面の笑みを貼り付けて言った。
「君は天宮の妹さんなんだね。あいつが帰ってくるまで、家の中で待たせてもらってもいいかな。天宮から、そう言われてるんだ」
「そうだったんですか。あ、ちょっと待っててください。今、兄に確認を――」
スマホを取り出し、背中を向ける結。
「あ、お兄ちゃんからメッセージ来てる。『今から帰る。親友も一緒だ』。そっか、本当に親友を連れてきたんだ。……ん? ちょっと待って。『一緒に帰る』?」
そこへ、航平が襲いかかった。




