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72話 「私たちが救う」。三者三様のアピール合戦と、公爵の再起を支える3女神の件


「そうだ、湊君。見せたいものがあるんです。私の部屋へ来てくれませんか?」

「福音の部屋へ?」

「はい。あ、もちろん暦深さんたちも」


 福音に促され、ソファから立ち上がる湊たち。

 すると和宏が言った。


「福音。飲み物を持っていこうか。この前、お母さんが買ってきた美味しいお菓子もあるから」

「あ、大丈夫です。お父さんは入ってこないでね」

「そ、そうか。わかった」


 あまりにもあっさりと娘に拒絶され、和宏は軽く項垂れた。その肩を涼子が叩く。


 両親をよそに、福音は軽やかな足取りで階段を上る。暦深が言った。


「そういえば、ねねっちの部屋に入るの、小学校以来かも」

「えへへ。大事な人たちに『拠点』をお見せするのは初めてなので、何だか緊張します。えへへへ」

「いま拠点って言った?」


 浮かれた福音には聞こえなかったようだ。

 やがて、部屋に着く。福音に続き室内に入った湊たちは、配信部屋も兼ねた様子に感嘆の声を上げた。


「簡易的だが、防音対策もしているのか。さすがだな」

「湊君、湊君。私のとっておきの聖域があるんです」


 こっちこっちと手招きをして、湊とともに2段ベッド下のスペースに潜り込む福音。

 湊は興奮を隠さなかった。


「おお……! これは、イイな! まさに秘密基地といった感じだ。公爵の――いや、全男子の憧れと言えよう!」

「ですよね、ですよね!」

「この何とも言えない圧迫感が、逆に集中力を研ぎ澄ましてくれるようだ。……ところで福音。さすがにこのスペースにふたりは狭くないか?」

「そうですかね? えへへへ」

「いや、明らかに密着が過ぎるだろ。俺だって、親友の聖域を無闇に侵すつもりはないぞ」

「いや、むしろ匂いと熱が加わって、ネット民としては喉から手が出るほど欲しかったシチュエーションというか」

「はい、そこまで! ねねっち、ホームグラウンドでそれはずるい。早く出て出て」

「ネネ、さりげなく身体接触を極めるとは、両親と和解してリミッターが外れたのか? ならば私も入る」

「おい、ちょ……鋭理! せ、狭い!」

「ずーるーいー!」


 ベッド下での他愛のない攻防を経て、部屋の中央に置かれたローテーブルの周りで車座になる。


「皆さんに見ていただきたいのは、これなんです」


 そう言って、福音はタブレットを起動した。

 画面に映ったのは、見慣れないアバターだった。しかも複数キャラ分あった。


「細かなアクセサリーまで、ずいぶん手の込んだアバターだな。福音、これは?」

「1ヶ月くらい前から知り合いのイラストレーターさんやモデラーさんに依頼して、ようやく完成したんです。どうですか? 皆さんの特徴がよく出ていると思うんですが」

「俺たちの特徴……? まさか福音、このアバターのモデルは、俺や暦深たちなのか?」


 笑顔で頷く福音。


「これを使って、私たちだけのチームを作れないかなって。チーム名は『公爵くんちの親友さん』で!」

「わあ、すごい! でもさ、ねねっち。どうしてこんなものを? あたしたちもVTuberデビューしてほしいってこと?」

「そうできたら最高なんですが、純粋に、このメンバーでネットでも一緒にいたいなって思って。私にとっては、リアルと同じくらいネット空間も大切な『居場所』であり『拠り所』ですから」


 タブレットに映ったアバターたちに、福音は目を細めた。

 暦深が福音の隣に身体を寄せる。


「面白そうだよ、ねねっち!」

「ネネ。親友は身体の関係があってこそだぞ。合体とかないのか、合体は。……む。結構、自然な動きで抱きつけるのだな」


 鋭理も、暦深の反対側から福音にくっつく。

 福音は満更でもなさそうな顔で「えへへ」と笑っていた。


 湊は顎先に手を当てた。


「ふむ。将来的にチームで活動できれば、福音の配信の幅もぐっと広がるな。取り組みは実に興味深い。見たところ、アバターの出来もかなりいい。これなら他のVTuberにも引けを取らないぞ」

「それだけじゃないんですよ。私、最近デジタル周りのことも勉強してて。見ててくださいね」


 そう言うと、福音はタブレットを操作し、男性型アバターをメイン表示にした。おそらく、俺がモデルなのだろう。


 あらかじめプログラムされたらしいポーズを取りながら、俺のアバターが口を開いた。


『我こそはアルゼンチンヒメアルマジロ公爵である!』


「おお、これは」

「湊君の声サンプルを使って、AI自動音声を作ってみました。まだ本物みたいにカッコよく喋れませんが……」

「すご! マジでみーくんの声そっくり」

「ところでネネ。アルゼンチンヒメアルマジロ公爵とは何だ?」

「私の趣味です。可愛いですよねアルゼンチンヒメアルマジロ」

「福音、お前……まだ言ってたのか」

「ぜひ正式名称にしたいと思います」

「おい」


 くすくすと笑っていた福音は、表情を改めた。湊を見つめる。


「ねえ湊君。このアバターで、プロゲーマーとして再起できませんか?」

「俺が、再起?」

「湊君がプロを辞めたのは、家族と上手くいかなかったからですよね? そして、湊君の目的は再び家族の絆を取り戻すこと。でしたら、プロとしてきちんと復活してこそ、湊君は本当の意味で目的が果たせるんじゃないかと思うんです」


 福音の言葉に、湊は目を見開いた。福音は、両隣にいる暦深と鋭理の手を握った。


「私は……ううん、私たちは皆、湊君に救われました。だから今度は、私たちが湊君を助けたい。そのためにできることは、何でもしたいです」

「うん。ねねっちの言うとおりだね。あたしもまったく同じ気持ち」

「ミナトには、一度や二度の恩返しではまったく足りない。私はお前の手となり足となりたい。頼ってくれ、ミナト」


 福音、暦深、鋭理。3人の親友たちの真摯な眼差しに、湊はしばらく言葉を失っていた。

 不覚にも、目尻に涙が溢れた。それを指先で拭うと、湊は深く頭を下げた。


「ありがとう、暦深、鋭理、福音。皆がいれば、俺はトラウマを乗り越えられる。家族との絆を取り戻せる。今、確信した」


 3女神の顔に、優しげな微笑みが浮かぶ。

 暦深が言った。


「支えるよ、みーくん。何たってあたしは、みーくんの特別だから」

「……ん? 暦深さん、それはいったいどういうことでしょう? いつの間に、特別……?」

「んふふ。昨日、ちょっとねー。誓い合っちゃった」

「そ、その笑顔が可愛い……じゃなくて! ずるいです、暦深さん! じゃあ湊君、サポートということなら、宣伝とか、分析とかは私に任せてください。湊君の専用アナリストとして、十分に役に立ってみせます!」

「では、私はミナトのフィジカルを管理しよう。ミナトの身体のことなら、隅から隅まで知りたいからな。匂いを嗅いだだけで体調を見抜けるようになってやるさ」

「えーりん、何だかワンコみたい」

「み、湊君の犬って、何だかイケナイ響き……!」

「ふむ。なら揃いの首輪でも買いに行くか、ミナト」

「えーりん大胆! そしてズルい! 買いに行くならあたしも!」

「お揃いのチョーカーっていいですよね」


 盛り上がる3女神。

 三者三様のやり方で支えようとしてくれていることが、湊には嬉しかった。親友として確かな絆を感じた。


(この数ヶ月間、やってきたことが実を結んだんだ)


 充実感、満足感、達成感。そういった感情を胸に抱きながら、湊は提案した。


「暦深、鋭理、福音。お願いがある。これから俺と一緒に、結と会ってくれないか」




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