71話 夜空姫ネオンの再始動と家族との和解。親友との外堀を埋めようとする女神たちの件
――同じ頃。
「今日も来てくれてありがとう! これからもネオンをよろしくね!」
夜空姫ネオンの生配信を終えた福音は、大きく息を吐いた。お気に入りの2段ベッド下スペースから出る。
「これで、よかったよね。うん」
体育祭で両親と和解してから、初めての生配信。
ここで福音は、粘着してきた航平に絶縁宣言をした。
航平に引導を渡すなんて、今までの福音なら絶対に無理だっただろう。けれど、今の彼女にはたくさんの心の支えがある。何より、生涯と決めた『親友』がいる。
突然の行動に視聴者が戸惑わないかと、それだけが心配だったが、福音の杞憂に終わった。
皆、福音の毅然とした態度を称え、たくさんの励ましのメッセージを送ってくれたのだ。
「夜空姫ネオンver.2としては、これ以上ないスタートだったかな」
背伸びをする。清々しい気持ちだった。
これからは隠れてタブレットを使うのではなく、本格的に配信環境を整えられる――そうワクワクしていたとき、外から航平の叫び声が聞こえてきた。
びっくりしながらカーテンを少し開け、外をうかがう。すると、家の前の道路を航平が一目散に走って逃げていくのが見えた。
福音は、自分でも驚くほど冷静に、航平の背中を見送った。
「ああ、航平君は私にとって他人になったんだな」と彼女は実感したのだ。
気持ちを切り替え、自室を出る。
大事な人たちを、待たせているのだ。
「お待たせしました。配信、終わりました」
「福音」
「ねねっち!」
「大丈夫だったか? ネネ」
リビングに降りると、湊、暦深、鋭理がソファーから立ち上がった。
ダイニングテーブルには、母の涼子の姿もあった。わざわざ仕事を早く切り上げて、娘の配信を見届けたのだ。
湊たちは心配そうな顔をしていた。福音は済まなそうに頭を下げた。
「ごめんなさい。せっかく体育祭の打ち上げに集まってもらったのに」
「気にするな。それより、さっきの配信、見てたぞ。よく最後までやり抜いたな」
「あはは。航平君を思い切ってブロックしたら、むしろスッキリしちゃって。いつもより喋りすぎちゃいました」
福音は頭をかいた。実際、予定していた時間よりも大幅にオーバーしてしまった。その間、親友たちを待たせてしまったのが申し訳ないと福音は思っていた。
言葉通り晴れやかな表情の福音に、湊は小さく息を吐いて口元を緩めた。
「ところで湊君、さっき窓から航平君の姿を見たのですが……」
「ああ、実は」
「福音、終わったのか?」
玄関から父の和宏がやってきた。表情が少し強ばっている。
首を傾げる福音に、暦深がこそっと耳打ちした。
「さっき、こーへーくんが玄関先に来たの。殴り込んでくるんじゃないかってくらい興奮しててね」
「な、殴り込み!?」
「まさか、あたしとねねっちからダメ出し食らった直後に来るなんて。もっとキツく言っておくべきだったかな。ごめんね、ねねっち」
そう言いながら、暦深が福音に抱きついた。彼女の豊かな胸に顔が埋まり、福音は「むぎゅ」と声を出した。
湊が和宏に声をかける。
「和宏さん。航平は去りましたか」
「うん。外を見たけど、もういなかったよ。しかし、まさか航平君があんな態度を取るなんてね……」
「何かあったら呼んでください。今度は俺が対処します。彼の行動・思考パターンはおおよそ学習済みですから」
「ありがとう。けれど、娘の友達にそこまでしてもらうわけにはいかないよ」
「大丈夫です。親友ですから」
いつものように胸を張る湊に、和宏はぎこちない笑みを浮かべた。まだ、娘が『男の親友』を自宅まで連れてきたことに慣れていないのだ。
夫の様子を見た涼子がくすりと笑い、それから福音を気遣った。
「あの男子とは同じクラスなんでしょう? ほとぼりが冷めるまで、しばらく休んでいいのよ。学校には私から強く言っておくから」
「ありがとう、お母さん。でも大丈夫」
福音は両手を広げる。
「私には、心強い味方がこんなにもいるから。もう昔みたいにオドオドするばかりの私でもないし。だから、大丈夫だよ」
「そう……本当に、変わったのね。福音は」
涼子は立ち上がった。
湊たちに向かって、深く頭を下げる。
「このたびは、娘の福音がお世話になりました。どうかこれからも、この子をよろしくお願いします」
妻に倣い、和宏も頭を下げる。
湊、暦深、鋭理は互いに顔を見合わせた。それから声を揃えて「はい、もちろんです」と応えた。
その後、リビングでささやかなパーティを開いた。体育祭で無事に福音が課題をクリアできたこと、そしてVTuber『夜空姫ネオン』の再出発を祝って、今日は福音の自宅に集まったのだ。
湊たちに囲まれて弾ける笑顔を見せる福音に、和宏と涼子は安堵の表情を浮かべた。
「私たちの『正しさ』を押しつけるばっかりじゃ、駄目ってことかしらね」
「きっとそうさ。今、うちの娘は得がたい経験を積み上げている最中なんだよ。見守ろう、涼子」
「そうね。……ただ、あなた? 湊君にだけちょっと厳しめなのは、いい加減改めたほうがいいわよ?」
「う……、わかってはいるんだけど。ほら、そこは父親として当然の心境というか」
「そんなこと言って、遅く来た娘の反抗期にやられても知らないわよ」
「……まいったな。善処するよ」
夫婦の会話を小耳に挟んだ湊は、羨ましそうに福音に言った。
「福音のご両親も、いい人たちばかりだ。それぞれ個性的で、眩しいよ」
「あんなに両親が穏やかになったのは、湊君のおかげですよ。今度は湊君のご家族を、私たちが支える番ですね」
「それだよ、ねねっち」
クッキーを頬張った暦深が手を叩く。
「あたしたちもみーくんの家族にご挨拶すべきだと思うんだ。というか、そろそろゆいちー何とかしなきゃヤバいでしょ」
「ヤバい? どうして?」
「やっぱみーくん気付いてないかあ」
「ミナト、私が言うのも何だが、お前の妹は相当なくせ者だぞ?」
「ちゃんとケアしてあげないと航平君とは違った意味で暴走しそうです」
「猛獣扱い?」
親友の3女神から無言の同意を受け、湊は天井を仰いだ。
確かに、ここのところ親友たちのトラブルにかかりきりで、結のことはあまり構ってやれなかったなと反省する。
「まあ、ゆいちーには伊月旗さんって子がいるから大丈夫か。手綱握ってるみたいだし」
「ミナト、彼女は超有能な猛獣使いだ。何と言っても常にスマホを監視できている。そうそうできる芸当ではない」
「意外と楽しんでるかもしれませんね、伊月旗さん。メッセージの文面から『困った子ほど可愛いオーラ』がビンビンに伝わってきます」
「我が妹の交友関係が不安になってきた」
湊がぼやくと、3女神は「大丈夫!」と異口同音に言った。
「ゆいちーは寂しがり屋と見た! 暦深さん自慢の励ましトークで、荒んだ妹の心を癒してあげる。だからあたしに任せて」
「いや、ユイはSNSにばかりかまけているから精神を病んでいるのだろう。ここは私が大自然に連れ出し、かの者をデトックスする。お前の妹なら適性があるはずだ。任せろ、ミナト」
「えっと。実は結さんにはそこはかとないシンパシーを感じるんですよね。ネオンの勘というか。コラボ配信すれば、きっと喜んでくれるんじゃないかと思うんです。だから、えっと……我に任せよ?」
「我が妹が親友たちに懐柔されようとしている……?」
「気のせいだよ」
「気のせいだ」
「気のせいですよ」
「そうか気のせいか」
ホッと安堵の息を吐く湊。
「大丈夫なのか、あの子たち」という呟きが、和宏から漏れた。




