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70話 拒絶、拒否、絶交。エセ幼馴染のモブ男、ついにすべての女神から完全に見捨てられる件


 ――翌日。

 瑞穂学園は体育祭の振替休日で、休校だった。


 航平は部屋に閉じこもり、布団を被っていた。太陽はとっくに昇っている。

 昨日は一睡もできていない。疲労と不安による強いストレスで、瞼には濃い隈が浮かんでいる。


「ありえねぇ。これは夢だ。きっとそうだ」


 ひび割れた唇から、呪詛のような呟きが絶え間なく漏れている。


「あの暦深が、本心であんなこと言ったとは思えない。天宮のせいだ。絶対、そうに決まっている」


 いつものように、湊への恨み言を言って自分を慰める。しかし、鋭理、福音、そして暦深と、立て続けに絶縁された事実は、航平の思い込みを徐々に崩していた。

 心臓がひんやりと冷たい。航平は、自分が後戻りできない絶望へと向かっていると、薄々気づき始めていた。

 だからといって、どうしたらいいのかはわからない。理解できるような生き方を、彼はしていなかった。


 ふと、スマホに着信。

 一瞬、幼馴染の誰かかもしれないと喜色を浮かべた航平は、発信元を見てあからさまに落胆した。

 電話をしてきたのは、暦深の母の美沙子だった。


 しばらく放置していると、電話とメールがひっきりなしに届いた。

 仕方なくメールだけ確認すると、「暦深との仲を取り持ってほしい。このままでは私は生きていけない」という悲痛な内容だった。


 航平は思った。「いい加減鬱陶しい」と。

 自分のためにならないことに、どうして必死にならなきゃいけないんだと考えた航平は、その場で美沙子をブロックした。


 静かになったスマホを見ると、今度は落ち着かなくなった。何かをしないといけない衝動にかられる。


 航平は無意識のうちに、暦深に電話をかけていた。

 昨日の電話ではずいぶん待たされたが、今回は思ったよりすぐ繋がった。


『もしもし、こーへーくん? なに?』

「あ、いや」


 予想よりも落ち着いた声の暦深に、かえって背筋が震えるような怖れを抱きながら、航平は必死に言葉を繕った。


「昨日、いろいろあったからさ。やっぱ、ちゃんと話をしなきゃいけないと思ったんだ。どこか、ふたりで遊びにいかないか?」

『ごめんね』


 即答だった。航平が二の句を継げずにいる間に、暦深は付け加えた。


『今日はみーくん、えーりんとお出かけなんだよ』

「は……? え……?」

『だからこーへーくんとは会えないんだ』

「な、なあ暦深。お前の母親からの連絡がつらいんだ。人助けだと思って、話を聞いてくれよ」


 航平は懇願した。我ながらいい誘い文句だと、航平は本気で思った。相手の母親をダシに呼び出す性根の悪さに、航平はまったく無自覚だった。


 暦深ならきっと来てくれる。来てくれるはずだ。

 これまでの暦深なら、こっちが下手に出れば折れてくれた。今回も――。


『駄目』


 甘い期待は、裏切られた。


『あたしとママは、もう別々の人生を歩んでいるんだよ。ママはママ自身で何とかしなきゃ』

「いや、でも母親……」

『こーへーくん。愚痴を言う相手なら、何もあたしじゃなくていいよね?』


 予想外の返事に、航平は固まった。すると、じゃあねのひと言もなく、暦深は通話を切った。


「拒絶、された……? 俺が? あの暦深に……?」


 拒絶。拒否。絶交。

 頭の中でぐるぐると言葉が巡り、航平は癇癪を起こした。枕を何度も叩き、八つ当たりをした。


「何でだよ! 何でなんだよ!! あいつらにとって、主人公は俺だろ!? 天宮はモブだろ!? 4月はそうだった。あの頃まではそうだったのに! なのに、どうして! ああくそっ、ちくしょう!!」


 枕を床に投げつけ、荒い息を吐く。

 それでも、苛立ちは消えない。


 航平はベッドから起き上がると、デスクトップパソコンにかじりついた。

 自分に残されたのは、夜空姫ネオン――福音との繋がりだと航平は思った。


「あいつはどんくさいから、俺がいなきゃ駄目だろ……そうだろ」


 必死に自分へ言い聞かせながら、動画サイトを立ち上げる。

 そして、福音の配信アーカイブに片っ端からコメントを残していった。捨てアカも駆使して、航平は彼女の動画に自分の爪痕を刻んでいった。


『もっとしおらしくした方がいい』

『正しさの意味をもう一度考え直すべきだ』


 周囲から荒らしと煙たがれても気にならない。「お前らは何もわかっていない」と、航平はますます過激なコメントを送り続けた。そうしていると、気持ちが安らぐのを感じた。


 そのとき、福音が夜空姫ネオンの生配信をすることに気づいた。航平の口元に笑みが浮かぶ。


 すぐに生配信に潜り込んだ。

 そして、先ほどの勢いのまま、猛烈な勢いでコメントを書き込んだ。


 ネオンファンは即座に反応した。

 無数の非難コメントを寄せてくるファンたちに、航平も負けじと反撃した。

『お前らがネオンを駄目にした』『質の低い馬鹿ども』『俺はお前たちの知らないネオンを知ってるんだ』――文字を打ち込むごとに、快感が脳を突き抜ける。


 ああ、これでいいんだ。俺はこれがいいんだ。

 こうしている限り、俺はあいつと繋がれる――!


 恍惚としながらレスバトルにのめり込んでいた航平は、ネオンのひと言にぴたりと手を止めた。


『K君、聞いていますか』

「福音……。ついに俺を見てくれたか」


 モニターに向かって歪んだ笑みを浮かべた航平は、続いてかけられた言葉に、頭が真っ白になった。


『今日の配信は、君への絶縁宣言です』

「……へ?」

『アーカイブ確認しました。今もそう。あなたは私の大事な人たち、そしてファンの人たちを誹謗中傷して憚らない、最低な人です。これまでずっと我慢してきましたが、限界です。私はもう、あなたに縛られたくない。もう縛られない』

「は? いや、ちょっと待て。待てよ、まさか福音……お前まで?」

『さようなら。もう私が、あなたに話しかけることはないでしょう』


 直後、配信画面が切り替わった。

 ブロックされ、追い出されたのだとわかった。

 咄嗟に捨てアカで乗り込もうとした航平の手が、キーボードの上で震えた。


 拒絶。決別の言葉。

 そんな度胸ないと思っていた相手から、絶対に言われないだろうと思っていたタイミングで突きつけられた絶縁宣言に、航平は震えた。


 皮膚に爪が食い込むほど拳を握りしめる。思いっきり、キーボードを叩いた。


 その足で、航平は自室を飛び出した。

 向かった先は福音の家。

 血走った目でインターホンを押す。神経質に何度もボタンを押していると、やがて低い男性の声が聞こえてきた。


 福音の父親、和宏だった。


 まさかいきなり父親が出てくると思っていなかった航平は動揺した。インターホン越しに、和宏の重々しい声が聞こえる。


『航平君。残念だが、娘は君に会わない』

「ど……うして」

『娘からこれまでの話を聞いた。父親として、君を福音に近づけさせるわけにはいかない。帰りなさい。それでも残るというのであれば、私もしかるべき対応を取る』

「な、何だよ。何なんだよ、これ。俺が何したっていうんだよ。福音、こらぁっ!!」

『……涼子。警察を』

「……!? ちくしょう!」


「警察」という言葉に怖じ気づいた航平は、歯ぎしりしながらその場を走り去った。



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