表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

67/77

67話 トラウマの元凶からの一方的な要求。モブ男と毒親による地獄の共演に立ち向かう件


「さて、そろそろ帰るか。暦深」

「うん。あ、みーくん。送ってくれるついでにさ、ウチ来る? 今ならパパいないから、ふたりっきりでやりたいほーだいだよ?」

「……親友宣言してから急にオープンになったな」

「ふふふ」

「まあいい。それより、鋭理たちにメッセージだけでも送っておいたほうがいいぞ。スマホの電源、切ってただろ? ふたりとも心配してたぞ」

「あ、そうだね。そうする」


 湊の腕に自分の腕を絡めようとしていた暦深は、スマホを取り出して電源を入れた。


 その直後、無機質な着信音が響く。

 暦深は、親しい相手ごとに着信音を設定するマメさがある。だが、聞こえてくるのはデフォルトの音だった。


 暦深の表情が強張る。


「この番号、こーへーくんだ」

「俺が代わりに話そう」

「ううん。大丈夫、あたしが出る。その代わりみーくん、そばにいて」


 無機質な着信音が苛立たしげに響く中、暦深は湊のジャージの裾を握った。大きく深呼吸してから、スマホの通話ボタンを押す。


「……もしもし?」

『やっと出た。おい、暦深。無視すんじゃねえよ。俺も美沙子さんも心配したじゃないか』

「ママが、そこにいるの?」

『感謝しろよ。俺が呼んだんだ。娘の晴れ姿を見たいって親心を無下にするわけにはいかないだろ?』


「頼んでない」と暦深は声に出さず、口だけを動かした。


『今どこだよ、暦深?』

「ちょっと具合が悪くて。早退させてもらったの。先生から聞かなかった?」

『そんな面倒なことするかよ。仕方ないな、ビデオ通話で話そうぜ』

「え……」

『まさか断るわけないよな? せっかくの母娘対面だぜ? それとも、このあと一緒にお前んち乗り込んだほうがいいか?』


 体調が悪いと言った暦深を無視して、航平が話を進める。ほとんど脅迫であった。

 暦深の眉間に皺が寄った。呼吸がわずかに荒くなる。


 湊が肩に手を置いた。暦深は湊の顔を見つめ、表情を緩めた。「ありがと」と小声で呟いたあと、彼女はベランダに座った。

 深呼吸して、ビデオ通話を開始する。

 湊は画面に映り込まない程度に間を開けて座る。


 画面に映ったのは、ジャージ姿の航平と、やつれた顔に派手な格好をした女性だった。

 

 暦深の母、美沙子である。


 美沙子は化粧をして顔色の悪さを隠していたが、髪に艶がなく、歯のケアも怠っているように見えた。

 アクセサリーはいかにも高級品と映ったが、眼鏡は安物のようだった。

 そんなちぐはぐな装いが、美沙子の経済状況を間接的に表している。


『暦深ちゃん、久しぶりね! 画面越しだけど、会えて嬉しいわ』

「ママ……」

『美人さんに育ったわねぇ。昔の私を見てるみたい!』


 やつれた顔をしているのに、美沙子の声は大きく、耳によく響いた。

 確かに、目元や鼻筋は親子で似ていると湊は思った。


(それに、あの笑み。内心を押し殺したときの乾いた暦深とそっくりだ。こうやって暦深は、母親に染められていったんだな)


 暦深は大丈夫だろうかと、横顔を見る。

 彼女は真剣な目をしていた。口を閉ざし、慎重に言葉を探している。


 すると、ふいに美沙子が目を見開き、口に手を当て、驚いた表情になった。


『あら、ちょっと待って。後ろに映ってるの、前に住んでた家じゃない?』

「……うん」

『なぁんだ。暦深ちゃん、あなたも昔に戻りたいのね。ママと同じ。暦深ちゃんがあの人に言いくるめられているんじゃないかって、心配して損したわあ』


 あの人、とは誠一のことだろうと湊は思った。

 一方的に誰かを悪者に仕立てる。なるほど、航平と気が合うはずである。


 暦深が反論する間も与えず、美沙子は自分のことをまくしたて始めた。

 誠一と離婚してから生活が困窮していること。

 それによって自分がどれほど苦労してきたかということ。

 今になって離婚を後悔したこと。


『暦深ちゃんは気遣いのできるいい子だから、ママのことをわかってくれるよね?』

「……」

『ねえ暦深ちゃん。また一緒になりましょう。小さいあなたを育ててきたのはママなの。だから、今度は暦深ちゃんがママを助けて。ねえ、お願いよ』


 両手を合わせ、眉を下げて懇願する美沙子。

 暦深の肩が震えている。


『おい、暦深。何とか言ったらどうなんだ?』


 航平が割り込んできた。鋭理や福音の件があったにもかかわらず、強気だった。美沙子がついているためだろう。


『俺は暦深のことを誰よりも知ってる。なんたって幼馴染だからな』

「……昔から知ってるってだけだよね?」


 暦深のささやかな、しかし精一杯の抗議を、航平はあっさりと無視した。もう彼は、自分の思いを一方的に垂れ流すことしか頭にない。


『暦深はさ、こんなときに親を放っておける人間じゃないんだ。人助けはお前にとって何よりも大事だろ? 大事どころか、生きがいみたいなもんじゃないか』


 航平の言葉は事実を含んでいる。だがそれは、暦深が母親の呪縛に囚われてきたからだ。

 トラウマを乗り越えようとしている『ホクロの君』を、今まさに航平は地獄へと引きずり戻そうとしていた。


『俺だって競技そっちのけにして、連絡したんだ。リスクを取ってるんだよ。それなのに、暦深は自分の本心に逆らうのか? 困っている他人――美沙子さんや俺を助けるのが暦深だろう? お前、母親を見捨てるのか?』


 暦深が俯いた。画面に映らないようにしながら、唇を噛んでいる。

 その横顔は、タイムリープ前に湊が出会ったボロボロの少女のように青ざめている。


 せっかく、立ち直ろうとしているのに。

 せっかく、人生をやり直そうとしているのに。

 

 せっかく、湊と暦深は本当の親友になれたのに。


(もう我慢できない)


 湊は距離を詰め、暦深の隣に座った。彼女の肩を力強く抱き寄せる。

 暦深は驚きと困惑と、そして恍惚の感情が混ざり合った表情で、『親友』の横顔を見上げた。


 画面の航平と美沙子を睨み付け、湊ははっきりと告げた。


「俺の大事な親友を苦しめるのは、やめてもらおうか」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ