66話 「最初から気付いていたの」。世話焼きギャルの空白期間と、生涯の親友へ誓う件
傾き始めた陽が、庭先に雑草の影を作っている。
湊と抱き合い、暦深が『ホクロの君』だと明かしてから数十分。「みーくんの匂いを嗅いでたら落ち着いた」とはにかむように笑いながら、暦深は湊の隣に座り直した。
そして、改めてこれまでのことを語り始める。
「あたしね、最初から気付いてたの。みーくんが、タイムリープ前に出会った男の子だってこと」
「最初からって、若葉台駅で福音の定期券を拾ったときからか!」
「そう。びっくりした。心臓が飛び出るかと思ったくらい」
「こっちだってびっくりだ。本当に恐れ入ったよ。そんな素振り欠片もなかったから、まったく気がつかなかった。俺には絶対に無理な芸当だ」
「でしょ? ママとこーへーくんに鍛えられたからね。本心を隠すスキル」
暦深は豊満な胸を張る。タイムリープ前に出会ったときの彼女は、現在のスタイルが見る影もないほど痩せ細っていた。
それだけ、『やり直す前の人生』が過酷だったということだろう。
「なぜ黙っていた」と尋ねる代わりに、湊は続けた。
「いつか暦深は言ってたよな。俺と親友になるのだけはイヤって。それはタイムリープを隠してたことが理由だったんだな。そして、それを俺に明かすことをずっと迷ってた」
「どうしてわかったの?」
「親友の公爵を舐めるな」
くしゃりと暦深の頭を撫でる。指先が、メッシュを入れた髪に触れた。
「いつも明るくて、他人のことばっかり気にしていて、自分の気持ちを完璧に押し殺していたお前が、『俺と親友になること』の話になったときだけは、生の感情が溢れ出てた。『ホクロの君』だと明かすことを、それだけ迷ってたってことだろ」
「……ごめん。あのときは本当にごめんね、みーくん。私……」
「いいさ。忘れられるよりずっといい。それに、結果的にはこうして再会できたんだから」
湊が言うと、暦深はまた鼻をすすった。
そして、湊の肩に自分の頭を預け、再び語り出す。
「あたし、怖かったの。みーくんと『親友』になったら、今の関係が壊れるんじゃないかって。『今』が壊れたら、また苦しかった過去へ逆戻りするんじゃないかって、それが怖かった。……馬鹿みたいにワケわかんないでしょ」
湊と親しくなればなるほど、そして『公爵くんちの親友さん』として繋がった4人の絆が深まれば深まるほど、それが崩れる恐怖が強くなった。
タイムリープそのものが奇跡的でありえないことなら、突然すべてがタイムリープ前に戻ってしまうこともあり得るのではないか。
暦深は、そんな疑心暗鬼にかられたのだ。
だから、暦深だけは関係を前に進めることを躊躇った。
暦深は、メッシュの入った髪を撫でる。
「この髪型にしたのは、中学2年のころ。タイムリープ前の同じ時期に、ママへの反抗心から髪を脱色したのが始まり」
「つまり、暦深がタイムリープしたのは高校2年の春から……」
「そう。中学2年生まで戻った。丸2年とちょっとって感じかな」
湊がタイムリープで戻った期間は約1年。その倍以上の期間を、暦深はやり直していたのだ。
ふたりの間でタイムリープ期間に差が生じた理由と思われることを、暦深は語った。
「中学のころまで戻った理由は、何となく想像がつくんだ。ちょうどそのとき、両親が離婚したから。あたしはずっと、あのときまで戻ってやり直したいと思っていた」
「じゃあ母親に引き取られたのは、タイムリープ前のことか」
「うん。地獄のような日々だった。えーりんやねねっちとも疎遠になって、壊れていくあたしを、誰にも見つけてもらえなかった。助けてもらえなかった。もう完全に枯れ木。いつぽっきり折れてもおかしくない、ただの廃人になってたんだ。あの日、みーくんと会うまでは」
暦深は頬を撫でる。
タイムリープ直前、湊が見たボロボロの暦深は、母親から虐待を受け、心身共にすり減っていた姿だったのだ。
(暦深が抱いた絶望の深さが、2年以上のタイムリープを可能にしたのか……)
タイムリープ後、暦深は強く願い、父親のもとへ身を寄せた。親権も父親へと移ったことで、暦深のその後の人生は一変したのだ。
命をすり減らしたボロボロの少女から、明るく誰にでも優しい世話焼きのギャルへ。
こうして暦深は平穏を取り戻した――はずだった。
けれど、タイムリープするまでに刻み込まれた母親の呪縛は、ずっと暦深の深層心理を蝕み続けたのだ。
久路刻暦深の明るさと、過剰なまでの世話焼きの秘密。それは――。
「誰かの役に立たなければ、かつての地獄に戻ってしまう。それだけは嫌、絶対に嫌!」
暦深にとって、人の良さは呪いだったのだ。
地獄の過去を断ち切れないからこその、悲劇だった。
湊は、再び暦深を強く抱きしめた。
自分がタイムリープした意味を、人生をやり直す意味を、今一度強く噛みしめる。
湊は暦深に、万感の想いを込めて語りかけた。
「俺は師匠から言われた。『この1年、どう過ごすかが大事だ』と。もしかしたら師匠は、俺の身に大きな変化が起きたことに気付いていたのかもしれない。師匠の言葉は、俺にとっては大事な道しるべだった。そして……暦深、きっとお前にとってもそうだ」
「道しるべ……」
「タイムリープは奇跡。この奇跡をどう活かすかは、俺たち自身にかかっている。俺は、もう二度と『ホクロの君』にあんな思いをしてほしくない。暦深、鋭理、福音。3人のうち誰がホクロの君であっても、全力で救おうと決めていた。今が、その決意を果たすときだ」
「みーくん」
「暦深、もう一度言う。もうお前に、あんなつらくて苦しい思いはさせない。俺はお前を見捨てない。俺はお前を必ず救う。約束する。誓う」
「みーくん……!」
「これまでよく頑張ったな。暦深」
「うん……」
「今日、わざわざここまで来たのは、自分でも断ち切りたいと思っていたんだろう? タイムリープしてもまだ残る呪縛を」
「うん、うん……! みーくん、あたし、この悪夢から抜け出す力が欲しい」
「任せろ。困っているときに手を差し伸べるのは、親友として当然のことだ」
「……もう」
「暦深?」
「そうだよね。みーくんと一緒になるには、まずそこを認めるところから、だよね」
暦深は身体を離した。
ベランダから立ち上がり、湊に向き直る。
胸に手を当て、大きく深呼吸してから、彼女は告げた。
「天宮湊くん。あたしと、生涯の親友になってください。お願いします」
「喜んで」
湊は微笑んだ。
暦深の目尻から、大粒の涙がまた、零れた。




