65話 「ようやく、見つけた」。膝枕した親友の正体と、10ヶ月後の約束を果たす件
「ありがと、みーくん。だいぶ落ち着いてきた」
「ん」
「今なら、もうちょっと話せると思う」
「無理するな」
「ふたりっきりじゃなきゃ、きっと話せないことだし」
ねえ、と暦深が呼びかける。ずっと肩をさすっていたため、ふたりの顔はとても近くにあった。互いに握りしめた手の幅ほどの距離だ。
暦深が上目遣いになりながら、少しだけ顔を赤くする。
「膝枕、してもらっていい?」
いいよと口にする代わりに、湊は自分の膝を軽く叩いた。暦深は湊と手を繋いだまま、庭向きに横になった。
メッシュの入った前髪を軽く撫でていると、暦深が絞り出すような声を出した。
「ママから、連絡があったみたいなの。こーへーくんに」
「相沢に?」
「ママ、外向きの顔は良かったからさ。それに昔から、こーへーくんとは波長が合ってた。まさか今でも連絡先まで知ってる間柄とはマジ思わなかったけど」
「それで、暦深の母親は何て言ってきたんだ?」
「パパと復縁したいから、間を取り持ってくれ……だってさ」
暦深は乾いた笑い声を上げた。
「笑っちゃうよね。『今さら?』みたいな。こーへーくんもこーへーくんだよ。いきなりメッセージでこんな話送ってくるんだもの。しかも、さもあたしたちを心配するふうな感じでさ」
見る?と暦深がスマホを取り出した。
表示されたメッセージ画面には、航平から送られてきた長文メッセージが並んでいた。
送付日時は数日前から今日にかけてだ。断続的に複数送られていた。
暦深の母、美沙子からの伝言という形でつづられたメッセージは、美沙子の窮状を訴え、暦深の協力を強く迫る内容だった。
暦深や誠一への謝罪はない。
さらに、メッセージの末尾には航平からの言葉もあった。
【航平】:母親を見捨てるなんて間違ってるぜ。お前らしくない。
【航平】:俺は美沙子さんと繋がりがあるんだ。ウチの親が昔、飲み友達だったからな。
【航平】:この前会って、連絡先交換した。
【航平】:改めて、俺たちとちゃんと話したほうがいい。
【航平】:言っとくが、暦深のことは俺が一番よくわかってるし、俺がお前の一番の味方なんだぜ。
【航平】:美沙子さんからの連絡だって、暦深に直で連絡するのを止めたのは、俺なんだからな。感謝しろよ?
【航平】:これは暦深のためなんだ。わかるだろ?
【航平】:体育祭が終わったら、美沙子さんのとこ行くぞ。いいな、暦深。
湊は深いため息をつきながら、スマホを暦深に返した。
(相沢……まさか、リレーで福音に恥をかかせようとしただけでなく、裏でこんなメッセージを送っていたとはな)
早く俺たちに相談してくれれば、と湊は言いかけて、やめた。暦深の肩が細かく震えている。
彼女は言った。
「このメッセージを見たときね、『逃げるなよ』って言われた気がしたんだ。そうしたら、昔のつらかった日々を思い出して、ほとんど眠れなかった」
「暦深……」
「ねえ、みーくん。みーくんは、こんなあたしでも失望しない?」
「しない」
「今までどおりでいてくれる?」
「もちろんだ」
「関係は変わらない?」
「お前は俺の親友だ。これからもずっと」
力強く断言する。
暦深が仰向けになった。体位を変えた際、ジャージの胸元がずれて、豊満な胸と、そこにある小さなホクロがのぞいた。
潤んだ瞳と、胸の痛みを堪えるように唇を噛みしめた顔が、湊の膝の上にある。
『友達になってくれるって約束……まだ、有効?』
10ヶ月後の言葉が、湊の脳裏によみがえった。
暦深の上体を抱き起こし、湊は言った。
「ずっと救いたかった。暦深、お前が『ホクロの君』だったんだな」
ややあって、暦深は湊の胸の中で、小さく、しかしはっきりと頷いた。
「どうしてわかったの?」
「今の苦しそうな暦深が、タイムリープ前のホクロの君と重なって見えた。『生きていくことが許されない』ってお前の言葉、あのときのことが記憶に残ってるせいだろう?」
それに、と湊は続ける。
「さっき、『ママはあたしを引き取った』って暦深は言った。でも冷静に考えると変だ。両親が離婚してから、暦深は誠一さんと一緒に暮らしている。これは、暦深の中でふたつの人生が混じっているせいだと考えた。誠一さんと暮らす今の暦深と、母親に引き取られた世界の暦深だ」
「さすが、公爵くんだね」
暦深は湊の背中に両手を回し、強く抱きしめた。
「あたしは、みーくんにとってのホクロの君。高校2年生のころ、親権をママが持っていた世界で君に救われた女の子だよ」
「俺はあのとき、お前を救えなかった。だから救いたかった。友達になるって約束を果たしたかった。その思いで今、人生をやり直している」
「ありがとう、みーくん。タイムリープしてまで、あたしを救いに来てくれて……。ずっと言えなくてごめんね。泣きたくなるほど嬉しいよ」
湊の胸の中で、暦深は「ありがとう」と「ごめんね」を繰り返しながら、嗚咽を漏らした。
湊は空を仰ぐ。
腕の中で、確かに暦深の――ホクロの君の熱を感じる。鼓動を感じる。息づかいを、生きている証を感じる。
(ようやく、見つけた)
人生やり直しの目的のひとつが今、達成されたのだ。




