62話 願い事を叶えて欲しいVTuberと、姿を消した世話焼きギャルの行き先の件
湊はちらりと時計を見た。
もうすぐ昼休憩である。
ふと、「鋭理は暦深を見つけられただろうか」と湊は思った。
リレー前の暦深は、どこかいつもと違っていた。
暦深は内心を隠すのが上手い。また密かに何か、トラブルを抱え込んでいるかもしれない。
こういうときこそ、身近な人間が話を聞くべきだ。
一度連絡してみようとポケットに手をやったとき、はっと気がついた。
(しまった。スマホを預けっぱなしだった)
「あの、湊君!」
「どうした、福音」
「あの……あのね? リレーの前にした約束、覚えていますか?」
俯き加減に福音が尋ねる。湊は「もちろん」と頷いた。
「無事にミッションクリアできたら、願い事を聞いてほしいと言ってたよな」
「は、はい。それであの……お願い事を今、聞いてほしくて」
福音は拳を握りしめた。
「あの、私と、つ――じゃない」
「じゃない?」
「私と、デ――でもない」
「でもない?」
「私と! 一緒にお昼食べませんか!?」
赤くなって、空に叫ぶように福音は言った。傍らで聞いていた涼子は興味深そうに湊を見て、和宏は腕を組み、複雑そうな顔になった。
顔から湯気を出している親友を見て、湊は眉を下げる。
「福音。今にも泣きそうに見えるんだが、大丈夫か?」
「な、泣いてないです! 泣いてないですよう、ふぇん」
「説得力が……」
「私の顔のことはいいんです! それで湊君、食べるんですか!? 食べないんですか!?」
キレ気味に迫る福音。
すると涼子も「天宮君、よかったら私たちと一緒に食べましょう」と誘ってきた。和宏が何かを言いたそうだったが、涼子が夫の口を手で塞ぐ。
しかし、湊は「申し訳ありません」と固辞した。
福音があからさまにがっかりした顔になった。
「そ、そんなぁ。願い事が……」
「悪い。それは別の機会に改めて聞く。俺は今から暦深を探してこようと思ってるんだ」
「え? 暦深さんを?」
「いつの間にか姿を消してたんだよ。暦深、今日はどことなく様子がおかしかったからな。ちょっと話を聞いてくる。だから福音はご両親と一緒にいろ。せっかく和解できたんだから」
「う……でも」
「家族との時間は大事にしろ。その方が、俺は嬉しい。お前なら俺の言ってること、わかってくれるだろう?」
一瞬、切なげに揺らいだ湊の瞳を見て、福音は言葉に詰まった。「うう」と小さく唸ったのち、渋々と頷いた。
「……わかりました。暦深さんのこと、よろしくお願いします」
「公爵に任せろ。親友のことは見捨てない」
「湊君は、本当にそればっかりですね」
「今の俺は、親友と家族のために生きてるからな。もちろん、お前もそのひとりだぞ、福音」
ちょうどそのとき、グラウンドに設置されたスピーカーから、昼休憩の開始を告げる放送が流れた。
「それじゃ、行ってくる。福音は気にせず、家族団らんを楽しんでくれ」
湊は福音の両親に会釈をして、踵を返した。
走り去っていく湊の背中を、福音はため息をつきながら、しかしどこか穏やかな表情で見送った。
――湊はまず、クラスメイトたちが待機するテントに向かった。数人の生徒たちが各々弁当や菓子パンを広げているが、暦深の姿は見当たらない。
クラスメイトも見ていないということだった。
「とすると、先に保護者テントに向かったか……いや、そういえば今朝、誠一さんはリハビリ通院の日だって言ってたっけ」
暦深の父、誠一は事故がもとで車椅子生活だ。
彼女の性格から考えて、車椅子の父親が見に来ていたのなら、自分の担当競技の時間以外は誠一につきっきりだっただろう。
「前みたいに、誠一さんから急な連絡が入ったんだろうか。……やっぱり先にスマホを回収するのが先だったな」
鋭理の姿も見つからないので、とりあえず湊はスマホを返してもらうため、本部テントに向かうことにした。
踵を返した直後である。
「あれは、暦深?」
アカデミック棟の廊下を、暦深が歩いているのを見つけたのだ。そこは最上階で、湊たちの教室があるフロアじゃない。
暦深が足を運ぶ場所ではないはずだ。
湊は校舎内に駆け込んだ。
4階への階段を上りながら、校舎の間取りを記憶から引っ張り出す。元プロゲーマーの性か、生活圏内の見取り図はあらかた覚えている。
「確か、あの先は進路指導室があったはず。そんなところに何しに行くんだ、暦深」
4階にたどり着くと、進路指導室へ走った。
すると扉の前で、暦深がぐったりと座り込んでいた。
「暦深!」
「……みーくん?」
湊の声に、暦深が頭を上げる。
表情と声に覇気がない。明らかに具合が悪そうだった。
湊は暦深の傍らにひざまずいた。
「崩れ落ちるほど体調が悪いのに、黙っているのは相変わらずだな」
「ごめんね。それにしても、スマホの電源切ってたのに、よくあたしのいる場所がわかったね」
「公爵だからな。スマホはこれから回収するところだった」
暦深が目を丸くする。それから、堪えきれずに吹き出した。
「何ソレ。じゃあ、本当に偶然? すご」
「鋭理も探してたんだぞ。いきなりいなくなって心配した。どうしてこんな場所に」
湊は辺りを見回した。
体育祭で生徒たちはグラウンドに出ているせいで、校舎内は静かだ。暦深が背中を預けている生徒指導室の扉も、鍵がかかっていて開かない。中には誰もいないようだ。
膝を抱えた暦深は、ぽつりと言った。
「人気のないところを探してふらふらしてたら、ここまで来ちゃった。変だよね」
「ああ、変だ。具合が悪いのを隠すために、化粧で顔色を誤魔化すなんて真似までして、おかしいにもほどがある」
「バレた?」
「こうして近くで顔を見てるとな」
湊は指先で、暦深の髪を耳へと流した。恥ずかしがるわけでもなく、怒るわけでもなく、暦深は「ふふ」と笑った。
いつもより大人しい。そして、横顔に陰があった。
湊は彼女の隣に座った。そのまま無言で待つ。
昼食時の賑わいと、時折聞こえるアナウンスが、窓を隔てて別世界のことのように感じた。
自分の存在が、どこか曖昧になるこの感覚。
湊は強い既視感を覚え、直後に気付いた。
これはタイムリープ前の自分だと。
どん底に堕ちたときの、あの世界から見捨てられたような感覚そっくりだと。




