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59話 「ちゃんと見てて」。陽キャからパワーを得たVTuberが、厳しい母へ決意表明する件


 それから湊たちは、福音を先頭にして保護者用のテントエリアへ向かった。

 福音の両親、和宏と涼子の居場所はすぐにわかった。ふたりともサングラス姿で、最前列でアウトドア用の折りたたみチェアに座り、じっとグラウンドを見つめている。


「お父さん、お母さん」

「おや、福音。どうしたんだい、もうすぐ出番だろう?」


 和宏がサングラスを外し、目を丸くする。福音が前髪を上げて、目元が見えるようにしていることに驚いている様子だ。


 一方、涼子はサングラスをかけたまま呆れたように言った。


「瑞穂学園の体育祭、話には聞いていたけど、本当に独特なのね。ドローンを飛ばす競技なんて、私が学生時代は考えられなかったわ」

「瑞穂学園って、自由な校風だから……お母さん」

「そう。で? 出番直前なのに、こっちに顔を出したのはどういうことかしら? 集合時間を破るなんて不真面目なこと、お母さん感心しないわ」

「本番の前に、少し話しておこうと思って」

「まさか、今になって約束を守れないって言うんじゃないでしょうね」

「違うよ。その逆」


 娘の静かな口調に、涼子はサングラスを外し、娘を怪訝そうに見上げる。


(あれが福音のご両親か。目元がそっくりだ。それに、話に聞いていたとおり福音の母君は厳しい方だな。本番を迎えても、まだ懐疑的らしい。これは少々手こずるかもしれないぞ、福音)


 湊は思った。


 福音がちらりと湊を振り返る。励ますように、湊は大きく頷いた。

 深呼吸をひとつして、福音は言った。


「お母さん、お父さん。これから私、スウェーデンリレーに出場してくる。今日までたくさん練習してきた。ここにいる大事な友達とだけじゃなくて、普段、あまり話したことのなかったクラスメイトとも一緒に頑張ったんだ。これは、その人たちからのエール」


 三つ編みにした前髪に触れる。

 和宏が小さく微笑んだ。


「練習の写真、見せてもらったよ。あの福音が、ちゃんと友達付き合いをしていて、正直、父さん驚いた。その髪型もよく似合ってる」

「お父さん……」


 福音がほっとした表情になる。

 一方の涼子は再びサングラスをかけ、視線を外す。


「和宏さんはそう言うけど、私はあまり感心しない」

「おい、涼子」

「福音。あなた最近、帰りが遅いでしょ。打ち上げか何だか知らないけど、遊び歩いてるのと変わらないでしょ。あんな、見るからに軽薄な子たちと」

「軽薄じゃないよ!」


 福音が強い声を上げた。涼子だけでなく、周りの保護者たちも驚いたように視線を向ける。

 注目を浴びたことに気まずそうにする涼子と違い、福音は毅然とした態度を崩さなかった。


「橘高さんたちは、軽薄なんかじゃない。毎日が充実していて、誰かと一緒にいることを心から楽しいと思っている人たちなんだよ。今までの私は、『それは陽キャの特権で、自分とは縁遠いもの』って考えていたけど、そうじゃなかった。一緒にいて楽しい、元気が出る、励まされることを、私は橘高さんたちから教えてもらったんだ」

「……」

「友達のおかげで、こうしてお母さんにもきちんと言いたいことが言える。それって、お母さんも望んでいたことでしょう?」


 涼子は答えない。

 福音はもう一度、大きく息を吸って、眦を決した。


「見てて、お母さん。私、全力を尽くすから。今までの私と違うんだってところを、お母さんにちゃんと見せるから。だから、見てて」

「涼子」


 和宏が妻の肩に手を置く。涼子は深いため息をついた。


「……そろそろ行きなさい。遅れたら、他の生徒たちに迷惑がかかるわ」

「お母さん」

「ちゃんと見てるわよ。そのために来たんだから。だから、安心なさい」


 サングラスを外した涼子が、小さく微笑む。

 喜色を浮かべた福音は、すぐに表情を引き締めて「行ってきます」と胸を張り、踵を返した。

 暦深と鋭理が福音の後をついていきながら、「ばっちり言いたいこと言えたね!」「よく頑張った」と称えている。


 湊も後を追いかけようとして、ふと和宏と涼子を振り返った。

 涼子は外したサングラスを片手に、気落ちしたように項垂れていた。和宏が苦笑しながら「こういうときに素直になれないのは昔からだね」と声をかけていた。


(本音を隠しがちなのは、母娘一緒ってことか。さすが福音のご両親だ)


 彼らに会釈してから、湊は福音たちの元へ走った。


(スウェーデンリレーが終わったとき、きっとご両親の言う『正しさ』も、アップデートされることだろう。なあ、福音)


 スウェーデンリレーの出番が近づき、校内アナウンスで選手の集合が伝えられる。

 集合場所では、体育祭運営委員が専用の預け物入れを持って回っていた。瑞穂学園の体育祭は、基本的にスマホOKだが、安全面を考慮して、競技中はスマホやイヤホンの類は預けることになっている。


 回収の順番を待っていた湊は、ふと暦深の様子が気になった。さっきまで福音を励ましていた彼女は、今は湊の傍でぼうっと空を見上げている。


「暦深? どうした」

「え?」

「いつものなら、委員じゃなくても手伝いを買って出そうなのに、今日は大人しいと思って」

「あはは。ちょい前に競技出たし、ねねっちを励ましてたらお疲れモードになったのかな。そういえばみーくん。ゆいちーは今日、来ないの?」


 暦深が話題を変えた。


「あの子、何が何でも襲来してきそうな雰囲気だったけど」

「結は魔王でもエイリアンでもないぞ。結の通ってる学校でも、今日は体育祭なんだ」

「あのゆいちーが、大人しく自分とこの体育祭に参加するかな? 振り返ったらそこにいそうな気がする」

「はは。何言ってるんだ。あの結に限って、そんなことはないさ」


 軽く笑い、スマホを取り出す湊。

 すると、結からのメッセージが届いていたことに気付いた。


【結】:湊、サボってこっちこない?


【結】:今どんな競技?


【結】:私が作ったお弁当、ちゃんと持ってってる? 私は湊が作ったお弁当、持ってるよ。


【結】:結さんのお兄様へ 結さんには団体行動をするようきちんと伝えておきますので、どうかご安心くださいませ。(伊月旗)


 こうしたメッセージが30件ほどたまっていた。湊は胸を張って言う。


「ほら、ちゃんと向こうは向こうで頑張ってる」

「むしろ疑惑は深まったんだよ。……見つけたらすぐに追い払わないと」

「何か言ったか、暦深?」

「ううん、なーんでもない。さあ、福音ちゃんが待ってるよ。頑張ってね、みーくん! あ、スマホは電源切っといたほうがいいよ。できれば、終わるまでずっとね」


 暦深に背中を押され、湊は首を傾げながら、スマホを運営委員に預けた。



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