58話 「後悔なんてしてません」。呪縛をはね除ける決意と陽キャたちから意外な贈り物の件
――数日後。
ついに体育祭当日がやってきた。
爽やかに晴れた空の下、様々な競技が行われる予定のグラウンドを、大勢の保護者や来場者が見守っている。
創設間もないマンモス校で、自由な校風でも知られる瑞穂学園の体育祭とあって、地元住民の注目度は高い。多くの人々がつめかけている。
「ついに来たな、俺たちの戦場だ」
「ああ。実に滾る」
不敵な笑みを浮かべ、やる気満々の湊と鋭理が言った。
ふたりとも体調は万全、いつでも最高の結果を残せる状態に仕上げている。
一方、この日に向けてずっと練習を重ねてきた福音は、暦深に支えられながら俯いていた。
「ねねっち、大丈夫?」
「だ、大丈夫です……筋肉痛に苦しんだ練習初日のイメージが体力とやる気を削り取るデバフになっているだけで、問題ありません……うぅ」
「それは問題ないと言えるのかな?」
「うう! 急に自信がなくなってきたんですよぅ」
湊たちの前だからか、弱音を吐く福音。
湊と鋭理が苦笑した。
「心配するな。練習後のケアはしっかりやってきた。さっきもマッサージしたから、身体は万全のはずだ」
「そうだぞ、ネネ。あんなにじっくり、しっかり、念入りに、身体の隅々まで揉みほぐされて、まったく羨ましいったらない」
「なんか変な声も出てたしねぇ。ねねっち超エロかった」
「こんなときにからかわないでくださいよぉ!」
福音が叫び、湊たちは声に出して笑った。
そんな彼らに近づいてくる人影があった。
「よう。ずいぶん余裕そうだな」
「航平君……」
「何だ、福音。お前は相変わらず自信なさそうだな。今にも泣きそうじゃないか。やっぱり、天宮なんかにそそのかされたことを後悔してるんじゃないか?」
航平は、自信なさげな福音を揶揄するように言った。表情が「だから俺の言うとおりにしておけばよかったのに」と物語っている。
暦深と鋭理に、ピリッと緊張が走る。すかさず湊が言った。
「福音は本当に頑張ったぞ。練習に一切来なかったお前と違ってな」
「体育祭なんて、真面目にやる方がアホだろ」
「そうかな? おや、相沢。少し顔色が悪いぞ。目に隈ができてる。真面目にやるのがアホと言うわりには、ずいぶんプレッシャーを感じてるみたいだな。大丈夫か?」
「う、うるさい!」
片手で顔を隠しながら、航平は言った。
すると、福音が航平の前に進み出た。
「航平君。私はもう、以前の私とは違うんです。後悔なんてしてません」
「な……」
「航平君こそ、スウェーデンリレーに立候補したからには、責任を持って、しっかりバトンを渡してください。この私に」
真っ直ぐ航平の目を見据えながら、福音はひとことひとこと力を込めて告げる。
彼女の表情から、先ほどまでの弱気さは消えていた。
まさか正面から啖呵を切られるとは思っていなかったのだろう。気圧されてのけぞった航平は、すぐに背中を向けた。
「らしくねぇ。そんな福音は認めないぞ、俺は」
捨て台詞を吐いて、航平は去っていった。
彼の後ろ姿が人混みに紛れて見えなくなってから、福音は大きく息を吐いた。
「……私、あんな強気な台詞を……自分で自分を追い込むなんて、ああ……」
「いや、あれでいい。ナイスな気迫だったぞ」
湊が福音の肩を叩く。暦深と鋭理も、幼馴染の少女を慰め、励ました。
それでも福音が不安げな様子なのは、航平と直接対立することの怖さが残っているせいだろう、と湊は思った。幼いころから受けてきた航平の呪縛は、まだ完全には解けていないのだ。
湊は暦深、鋭理と顔を見合わせる。
リレー本番まで、それほど時間はない。のんびりと気持ちを作っている余裕はない。
そのときである。
「お、いたいた。福音ちゃーん」
「橘高さん。皆さん」
「もうちょっとで出番だね。テンション上がってる?」
橘高を先頭に、リレー精鋭メンバーがやってきた。
さすが運動のできる、クラスの陽キャ軍団。このお祭りを心から満喫しているような笑顔だ。
曖昧な笑みで答える福音を見て、橘高が目を瞬かせた。
「あれ? もしかして自信ない感じ?」
「あはは……。ごめんなさい、せっかく皆さんにも練習、付き合っていただいたのに」
「んー」
福音の顔を見ながら考え事をしていた橘高は、「あ、そうだ」と手を打った。
「福音ちゃん。ちょっとじっとしてて」
「え? ふわっ!? な、何ですか!?」
「アガるおまじないしてあげる」
そう言うと、福音の前髪に手をやる。目元が見えるように、前髪の房を器用に小さく三つ編みにした。
「これでよし。視界良好でしょ?」
「えっと、これは」
「前に言ってたじゃん。半分リアル、半分ネットで突っ走るって」
橘高の言葉に困惑する福音。
すると、湊がその意図に気付いた。
「なるほど。夜空姫ネオン・リアルverか」
「え? え?」
「その飾り三つ編み、ネオンのアバターとそっくりだろ。リアルに飲み込まれないよう頑張れって激励さ」
はっとして、福音がスマホで自分の顔を確認する。そして目を大きく見開いた。
「橘高さん、私の配信を見てくださったんですね」
「天宮君に勧められて、アーカイブを何本かだけどね。福音ちゃん、めっちゃ頑張ってんじゃん。堂々としてたし。あれができるなら、リレーなんて余裕余裕!」
橘高が福音の肩を叩く。
「健闘を祈るよ! 福音ちゃん!」
「千代田さんなら大丈夫だよ。あれだけ頑張ったんだし」
「終わったら、また打ち上げいこーぜ」
これまで練習をともにしてきた陽キャたちも、口々に福音を励ます。
福音は気持ちを言葉にできない様子で、ただ深く頭を下げた。
「リアルも捨てたもんじゃないだろ?」
橘高たちが去った後、湊は言った。
福音は目尻を拭って頷いた。前髪の三つ編みをそっと撫でる。
「湊君。リレーまでもう少しだけ時間、ありますよね」
「練習か?」
福音は首を横に振る。
「大一番の前に、ちゃんと伝えておきたいんです。この姿で、私の口で。お父さんとお母さんに、私の決意を」




