55話 「対戦よろです!」。夜空姫ネオン・リアルver降臨と、ハクスラ理論でバトンパスの件
「それで、みーくん? とびっきりのアドバイスって何のことかな? きっちり答えてもらうよ」
なぜか尋問口調の暦深に、湊は首を傾げて言った。
「前にも言ったが、福音には十分なポテンシャルがあると俺は思っている。あとはそれを、リアルでどう使いこなすかだ」
「うう。でも、なかなか上手くいかなくて」
「だったら考え方を変えてみろ。ハクスラ配信を思い出せ、福音」
「ハクスラ?」と暦深、鋭理が顔を見合わせる。福音だけが目を大きく見開いた。
ハクスラ――『ハックアンドスラッシュ』の略で、戦闘をメインにしたゲームジャンルやプレイスタイルを指す。
『どうやって敵を倒し、自身を強化するか』『これまでに得たものを使って、いかに強い敵に立ち向かうか』が大事なポイントとなる。
福音は、ハクスラ系のゲームの配信も行っていた。
「俺は、夜空姫ネオンの配信動画をあらかたチェックしている。福音はハクスラ系のゲームでいつも冷静に自身の状態を把握し、タイミングを計っていただろう? あれを思い出すんだ。そして再現しろ」
「もしかして、湊君の『とびっきりのアドバイス』って……」
「そうだ。『半分リアル、半分ネット』のスタイルを目指すこと。頭の中で自分の動きを配信しろ、福音。そうすれば、お前の身体はついてくる」
フィジカルは決して低くないのに思ったような動きができないのは、無意識のうちにリアルへの苦手意識が出ていたからだ。
「自分はリアルでは何もできない人間だ」という思い込みが、彼女の思考と肉体をバラバラにしていた。
いわば、アクセルとブレーキを同時に踏んでいた状態だ。
「橘高のおかげでリアルへの苦手意識が下がった今こそ、本領を発揮するチャンス。リアルとネットの融合――それは、ここにいる精鋭メンバーの誰もできないことだ。自信を持て。そうすれば変われる」
「私は、変われる……」
「そうだ。夜空姫ネオン・リアルverの降臨だ」
湊の言葉に、福音の表情が変わる。自信なさげに左右を彷徨っていた視線が、まっすぐ前を向く。口元には微かに笑み。
それは、ネットの海にいる視聴者へ向ける表情と同じだった。
「いい顔だ」と湊は両手で福音の頬を撫でた。それを見た暦深と鋭理も、負けじと幼馴染の頬をぷにぷにと撫でる。
「頑張れ、ねねっち」
「お前ならやれるぞ、ネネ」
「暦深さん、鋭理さん」
胸が詰まった様子の福音は、眦を決して、橘高に向き直った。
「バトンパスの練習、お願いします」
「おっけ。それじゃ再開しようか」
「はい! 対戦よろです!」
構えを取る福音。そこへ、バトンを持った橘高が駆けてくる。
今度はしっかりと橘高の姿を見つめながら、福音はぶつぶつとつぶやく。
「右、左、右……リズム一定、接触まであと2.0……」
「はい、福音ちゃん!」
「スイッチ!」
真っ赤なバトンが、福音の手の中に収まる。
「サクセス、コンボチェイン、5まで――!」
なおもつぶやきながら、グラウンドを蹴る。
湊にはわかった。今、福音の目には荒涼としたバトルフィールドが見えている。連携を途切れさせず、バフを維持したまま、最適の動きで最短ルートを突っ切る――。
10メートルほど走ったところで福音は速度を緩め、立ち止まった。バトンをしっかりと握った自分の手を、驚き半分喜び半分の表情で見る。
「で、できた……!」
「福音ちゃんすごいじゃん! さっきと全然違う。カンペキだよ!」
橘高が歓声を上げながらやってきた。他のリレーメンバーも口々に福音を褒める。
福音は戸惑っていたが、まんざらでもなさそうな表情をしていた。両手で握りしめたバトンが、彼女の身につけた自信を表しているようだった。
湊と福音の視線が合う。湊は親指を立てて称えた。
「暦深。今の福音の顔、撮ってやってくれ」
「おまかせ」
湊の隣で、暦深がスマホを構える。切り取られたリアルの写真には、陽キャたちの輪の中で照れくさそうに笑う福音の姿が映っていた。
これ以上ない、よい写真だと湊は思った。
橘高が不思議そうに言う。
「それにしても、急にどしたん? バトンパスもそうだけど、その後のダッシュもすごいキレイだったし」
「えっと。湊君が『とびっきりのアドバイス』をくれたおかげ、というか」
「へぇ、やるじゃん。天宮君、コーチ的なこともできるんだ。で、どんなアドバイス? よかったら教えてよ。私も真似したい」
「うーん、と。夜空姫ネオン・リアルver……というか。配信カメラを意識したら最近のリッチ3Dモデルはこんな動きだよねというのが理解できたというか。Bitte」
「ごめん、ちょっと何言ってるかわかんない。……おーい、天宮君!」
橘高が湊を呼ぶ。
「福音ちゃんにどんなコーチングしたの? 私らにも教えてよ」
「すまない。俺のアドバイスは福音シナリオ専用キーアイテムなんだ」
「こっちも何言ってるかわかんない」
「きっちゃん、気にしなくていいよ。ウチらもよくわかんないから。ふたりにとっては、あれで意味のあることなんだよ、きっと」
苦笑する暦深をよそに、湊は福音の肩をつかんで力説した。
「いいか福音。お前のウィークポイントはスタミナ管理、すなわちSP消費軽減スキルが未習得であることだ」
「いえっさー」
「しかし、今からスキルの獲得は現実的じゃない。ならば、執るべき手段はひとつ。適正距離を見抜き、SPをきっちり使い切るスタミナ管理だ!」
「いえっさー!」
「よし、ではステータス確認だ。現在のスタミナゲージはどうか?」
「赤です!」
「ふむ。その割には活力に満ちあふれた返事だがまあいい。編み出した覚醒技に必要以上のSPを使ったのだろう。しかし、慌てることはない。まだ0ではない。1以上残っているのなら、火事場の馬鹿力スキルの発動条件は満たしている」
「いえっさー、デューク! でもそのスキルは未習得だと思います! どこにいけば手に入りますか!? やはりガチャですか? リアルマネーですか!?」
「札束で殴るな! 時間で殴れ!」
「いえっさー!」
橘高が暦深の袖を引く。
「ねえ、暦深。天宮君も福音ちゃんもヤバいね。超盛り上がってるじゃん。会話がぶっ飛びすぎててうける」
「でしょ? 楽しそうでいいじゃん。羨ましいなあ」
目を細め、最後は少し悔しそうに暦深は小さくつぶやいた。
陽キャたちには「?」ばかり浮かぶ会話。
だが、福音にとってはこれ以上ないほどわかりやすく、そして楽しいやり取りだった。
まるでコラボ配信を行っているみたいに。
ふたりだけの世界がリアルに現れたようだ、と彼女は思った。
福音は満面の笑みを浮かべて言った。
「やっぱり、湊君はすごいです! さすがアルゼンチンヒメアルマジロですね!」
「懐かしいな、アルゼンチンヒメアルマジロ」
「略して」
「略すな」




