53話 柔軟からの「やさしくしてください」。空回るVTuberに接近する陽キャグループの件
その後、ジャージに着替えて湊たちは外に出た。暦深と鋭理も付き合い、4人でグラウンドに立つ。
他のスウェーデンリレーのメンバーは参加せず、練習するのは湊と福音だけだった。
「私たちだけで頑張りましょう!」
「ねねっち、何だかホッとしてるね」
「そんなことはありません。見知った顔だけで練習できてよかったなんて、そんなことは思ってませんとも」
「あからさまに脈が落ち着いているな」
「鋭理さん、首筋触らないでください! うひゃあ!?」
「ほら、柔軟から始めるぞー」
「あ、はい!」
湊が足を広げて前屈の姿勢を取り、福音に言った。
「背中、押してくれ」
「え!? あ、じゃあ……失礼します」
なぜか遠慮しながら湊の後ろに立つ福音。両手を湊の背中にぴとりと当てる。
「……かたい。それに、あったかい」
「福音の手は冷たくて気持ちいいな」
「えへ。それじゃあ、始めますね。……ん。……んぅ」
「ん……おふ。もうちょっといけるか?」
「は、い。がんばり、ます……んっ」
「ん……。いい具合だ」
隣で様子を見ていた暦深が、赤面しながら鋭理に言った。
「何か、めちゃエロくない?」
「ただの柔軟だろう? 私は羨ましさしか感じないが」
「声がエロいんだってばぁー!」
「……おいそこ。いわれなき誹謗中傷はやめてもらおうか。福音がリアルからログアウトして使い物にならなくなる」
湊が半眼で苦言を言う。後ろでは福音が顔から湯気を上げていた。
柔軟を終えて、今度は湊が福音の後ろに立つ。
「湊君。その、やさしくしてください」
「限界までいってみようか」
「やさしくしてください!」
「やっぱエロいってば!」
暦深のつっこみを無視して、柔軟を開始する。
すぐに湊は感心した。
(インドアVTuberと思っていたが、柔軟性が高いな。小柄だが筋肉もある。そういえば、1ヶ月前に鋭理を探しに行ったとき、涼しい顔で登山道を歩いていたよな)
「福音。やっぱりお前、ポテンシャルあるぞ。これならリレー本番もいい結果を残せるはずだ」
「ほ、本当ですか?」
「ああ。さっそく一本、走ってみるか」
50メートル走のスタート位置に、まず湊が立つ。ストップウォッチを握るのは暦深だ。
「よーい……はいっ!」
「ふっ!」
スタンディングスタートから一気に加速する。
(さすが瑞穂学園のグラウンド。走りやすい)
風を切る音を聞きながら、湊は滑るようにコースを駆け抜けた。
「みーくんのタイム、6秒81! ……え、まって。めっちゃ速くない?」
「今ので7割くらいだな」
「うわぁ。さすがみーくんだ」
続いて、福音。
緊張した様子が、50メートル先のゴール地点からでもわかる。
「よーい、はいっ!」
「ふんぬっ!」
短距離のスタートとは思えないかけ声が聞こえた。
本人は全力を振り絞っている表情だが、べた足で動きは重い。ドッ、ドッ、ドッと大きな足音が響いていた。
「ゴール! えっと。ねねっちのタイム、8秒20! ねえ、みーくん。このタイムってどうなの?」
「同年代の女子では、平均よりやや遅いって感じだな」
「そっかぁ。でも、ねねっち。ナイスファイトだよ!」
「はい……ありがとう、ございます……。でも、こんな有様じゃあ……」
そう言う福音の表情は、明らかに暗かった。自信をなくしているのだ。
湊は暦深や鋭理と顔を見合わせる。
「よし、福音。走り方を練習しよう。俺と鋭理が協力するから」
「はい……。お父さんやお母さんを説得するには、もっと頑張らなきゃ駄目ですもんね」
福音の言葉に、幼馴染ふたりは「その意気」と励ますが、湊は懸念を覚えた。
(気負いすぎないといいが)
その後、湊と鋭理がコーチとして、走り方のアドバイスをした。
今の状況でタイムを上げるには、とにかく足の回転を速くすることが肝要だ。福音の柔軟性と運動神経があれば、ランニングスタイルを変えるだけでもかなりのタイムアップが見込めるはずだった。
しかし――。
「タイムは……8秒39。ねねっち、大丈夫? 疲れてない?」
「あはは……。まあ、私はこんなものなのかな、と」
曖昧な笑みで誤魔化す福音。湊は腕組みをした。
(山登りのときに見せたスタミナを考えれば、バテるのはまだ早い。メンタルが空回りして、身体が上手く動いていないんだ)
「だいじょーぶ、だいじょうぶ! 頑張る姿を見せれば絶対、パパとママもかんどーするって。無理せずいこ?」
暦深が福音を慰めるが、湊は懐疑的だった。
今の福音は、苦しみもがきながら走っている。
彼女の両親の性格からして、こんな表情をする娘を見て「学生生活が充実している」と考えるだろうか。むしろ逆に、苦痛を押しつけられて不当だと思うのではないか。
このままでは、福音にとっていい結果にならない。本人も苦しいだけだろう。
「さて、どうしたものか」
「おーい!」
湊たちは振り返る。
クラスメイトの男女数人が手を振りながらやってきた。
彼らはクラス対抗リレーの参加者だ。いわば、クラスの精鋭部隊である。
運動部を中心に集まったメンバーは、社交的で活発なキャラクターばかりだった。
条件反射なのか、福音が湊の背後に隠れる。
クラスメイトの女子が声をかける。橘高という女子生徒だ。
「鋭理。手が空いたなら、こっちの練習に加わらない? バトンパスやろうと思ってるの」
「む。だが、お前たちは十分な実力者だろう。今のままでも勝機はあると思うが」
「何言ってるの。一緒に練習してこそチームでしょ? 別々に練習なんて寂しいじゃん。それに、バトンパスはやればやるほど奥が深いよ」
実にスポーツマンらしい言葉だった。暦深とも親しいらしい橘高は「やほー、暦深」「きっちゃん、おつー」と手を振り合って挨拶していた。
「こ、これが陽キャグループの輝き……! くっ、灰になる……!」
「福音、自重しろ。体育祭本番で両親にそんな姿を見せたら、一発アウトだぞ」
「あぅ」
背後で頭を抱える福音を見つめ、湊は顎に手を当て考えた。
鋭理が橘高に断りを入れる。
「すまん、今はネネの練習に付き合いたいんだ」
「んー、そっかぁ。残念、一緒に練習したかったんだけどな」
「すまんな」
「ちょっと待ってくれ」
湊が鋭理たちの間に入る。つられて前に出てきた福音の肩をつかみ、湊は言った。
「俺と福音も一緒に練習させてくれないか」
「……へ? え? ええええっ!?」
福音が素っ頓狂な声をあげる中、湊は自信に満ちた笑みを浮かべた。
「高難度クエストには、相応しいパーティ編成を。基本だろう」
「なるほど! ……って、いやいや!」
「一瞬納得しかけたね、ねねっち」
「いやいやいや! 無理、無理ですよぉぉー!?」
悲鳴のような福音の叫びが響き渡った。




