50話 「お前さえいなければ」。元幼馴染からBANされるモブ男と、妹弁当で盛り上がる親友たちの件
――翌朝。
実家に寄って、結と朝食を食べた湊は、登校がいつもより少し遅くなった。
(結……。何もその日の朝に弁当の中身を相談してこなくていいのに)
湊は朝のドタバタを思い出した。
「今から作る! 作れる!」と言ってむくれていたのに、湊が「俺も一緒に作りたい」と提案したら、あっという間に機嫌を直していた。
鞄に入れた弁当箱の、ずっしりとした重量を感じながら、湊は苦笑する。
教室に入ると、3人の親友たちが湊の席の周りに集まっていた。湊は気さくに挨拶をした。
「おはよう。暦深、鋭理、福音」
「あ……みーくん。おはよう」
「おはようございます……湊君」
「……? どうした、お前たち」
3人とも微妙な反応だった。鋭理に至っては、腕を組んで黙り込んだままだ。艶やかな鋭理の長髪が、心なしか逆立っているように見えた。
「本当にどうした。鋭理、何を怒っている?」
「聞いてくれ、ミナト!」
鋭理は叫ぶように言うと、湊の手を取り自分の首筋に当てた。激しい怒りのためか、彼女の脈は速く激しい。
「コウヘイの奴、姉さんの大事なプレゼントを破壊したんだ。絶対に許せない!」
普段クールな鋭理には珍しく、感情にまかせてぶちまける。
先に事情を聞いていた暦深によると、どうやら詩織が『湊へのお礼』として買ったコップを、航平が地面に叩き付けて壊してしまったらしい。
湊は教室内を見回したが、まだ航平は登校していなかった。もうすぐ予鈴が鳴るのに、またサボりなのだろうか。
航平がいない中、鋭理の怒りは収まらない。
「姉さんは、泣いていたぞ! 許されざることだ!」
「えーりん、落ち着いて。皆、見てるから」
「……ふん!」
鼻を鳴らし、湊から手を離す鋭理。
「今度ばかりは、完全に愛想が尽きた。もうあいつとは幼馴染でも何でもない。私はコウヘイとは関わらないぞ」
「まあ、えーりんの怒りはもっともだよね……。あの女神みたいな詩織さんをがっかりさせるなんて、よっぽどのことだもん」
「そうだ。よっぽどのことだ。家に帰っても、家族の平穏を保つのに苦労したんだぞ。あんな落ち込んだ姉さんを、私はもう見たくない」
「そうだね。これはこーへーくんが悪いよ」
いつもは航平が騒ぎを起こしても宥め役に回っている暦深だが、今回ばかりはフォローできないし、するつもりもないようだ。
湊は「詩織さんが心配だな」と呟いた。いつも朗らかで優しく、親友の自慢の姉である詩織が塞ぎ込んでいるのは、湊としてもつらい。
「ということで、ミナト。今すぐ、姉さんとデートしてくれ」
「ん?」
「姉さんのメンタルを元に戻すには、それしかない。ミナトが手を握り、抱きしめれば、姉さんのバイタルサインもきっとかつての勢いを取り戻すだろう」
「何を言ってるのカナ、えーりんは?」
「そうです。慰めてほしいのは私もなのに」
「何を言ってるのカナ、ねねっちまで!?」
湊は福音を見た。鋭理が苛立っている一方、福音は朝から沈んだ表情をしていた。
こちらも何かあったらしい。
「トラブルがあったのは鋭理だけじゃないみたいだな。福音の方は、何があった。まさか、お前も相沢絡みなのか?」
「はい。実は――」
福音は昨晩、夜空姫ネオンの配信で航平が炎上騒ぎを起こしたことを話した。それが原因で、両親から配信活動を辞めるよう迫られていることも。
「また相沢か……」
湊たち4人のため息が揃う。
「鋭理さんの話を聞いて納得しました。どうりで昨日、あれだけ荒れていたんですね。私の話なんて、まったく聞く耳を持たずに、一方的に怒鳴るだけでしたから」
「すまん、ネネ」
「鋭理さんのせいじゃないですよ。ただ……困ったことになったのは確かで」
「体育祭で、『正しい学生生活が送れていることを証明する』か。それができなければ配信活動停止、最悪引退……。福音のご両親は、なかなか厳しいことを言うんだな」
「ねねっち、思いっきりインドア派だもんね。ゲームならともかく、リアルでスポーツ勝負なんて一番苦手でしょ?」
「ううう……おっしゃるとおり。かといって、適当な競技でお茶を濁しても、両親が納得してくれるとは絶対思えないんです。しかも」
福音は、ちらりと教室後ろの黒板を見た。
そこには今日の予定として、午後のLHRで体育祭の競技を決めるとある。
福音にとっては、悩む時間もないということだ。
(暦深の一件があったと思ったら、今度は鋭理と福音にトラブルか。一難去ってまた一難だな)
だが、親友として放置はできない。
彼女らが困っているのなら、一肌脱ごうと湊は思った。
――昼休憩。
生徒たちの流れに乗って、航平がしれっと登校してきた。寝癖が付いていたので、どうやら寝坊して昼までサボっていたらしい。
よく見ると目に隈があった。
「よ、よお。お前ら、おは――」
ぎこちなく暦深たちに声をかけようとして、航平は口をつぐんだ。
鋭理に睨み付けられて、狼狽えたのだ。
航平はすがるように他の幼馴染たちに目を向けるが、暦深からも福音からも顔を背けられた。
いつもはフォローしてくれる暦深からも距離を取られたことで、航平はショックを受けたようだ。
「ちょ、待ってくれ。お前ら皆、そんな怒らなくても。あれは違うって。聞いてくれよ」
この期に及んでも言い訳しようと近づいてくる航平。
彼の前に、湊は立ちはだかった。
「相沢、おはよう。だが、もう昼だぞ」
「天宮……!」
「落ち着け。今のお前を、あの3人に近づけさせるわけにはいかない。お前も頭を冷やして、自分のこれまでの言動を反省しろ。言い訳はみっともない」
「んだと、この」
「俺は彼女たちの平穏を守る」
拳を握った航平だが、直後に湊の厳しい視線に貫かれ、すごすごと引き下がった。
3女神は、誰も航平に声をかけない。
じわじわと、航平の顔に屈辱と絶望が広がった。
「……お前さえ、いなければ」
恨みがましくひと言呟くと、航平は自分の席に座った。ふて寝するように机の上に突っ伏す。
「コウヘイ。姉さんへの謝罪はなしか」
「よせ、鋭理。時間の無駄だ」
「……ミナトが言うなら」
渋々矛を収める鋭理。気まずげな空気の漂う3女神に、湊は敢えて笑みを浮かべて言った。
「よし、それじゃ皆で昼飯を食べるか。たまには場所を変えよう。そうすれば、もやもやした気分も少しは晴れる」
「みーくん……」
「実は今朝、結が弁当作りに張り切りすぎてな。皆にも食べてもらおうと思ったんだ」
「ほう。ユイの手作り弁当だと?」
「そうだが……なぜ怒る?」
「そうですか。だから登校が遅かったんですね。朝から妹さんといい時間を過ごしたと」
「福音までなぜ怒る?」
さっきまで航平を睨んでいた視線が自分に向けられ、湊は頬をひくつかせた。
ちょうどそのとき、結からメッセージが来る。
【結】湊以外がお弁当に手をつけたら天罰
【結】許すまじ
「だから、なぜ怒られる?」




