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48話 荒らされたVTuberの聖域。暴走するモブ男によって危機が訪れる配信活動の件


 ――夜。

 福音の自宅である。


「さて、と。始めますか。雨が降ってるから、今日はちょっとうるさくしても大丈夫でしょう。久しぶりにゲーム配信にチャレンジしようかな」


 いつものように真面目な配信を済ませた後、福音は二段ベッド下のスペースでタブレットを起動させた。


Achtung(アハトゥング)! 我が来た! 天界のブラック労働に別れを告げ、夜の(とばり)に舞い降りた高貴なる吸血鬼。我こそ夜空姫(よぞらき)ネオンなり! さあ、愛すべき下僕ども、今宵も我が声に心震わせるが――」


 上機嫌にいつもの挨拶から始めた福音だったが、口上は途中でストップした。


【AK@ナイト】:遅い!!!!


【AK@ナイト】:今まで何してたんだ!!?!!


「え、えっと」


 福音は戸惑った。

 AK@ナイトは航平のアカウントネーム。これまでも、彼は何かと配信に口を出してきたが、今日は様子が違った。

 福音が喋る前から、長文のコメントを連投し始めたのだ。コメント欄は航平が打ち込んだ文字で滝のように埋まった。


(な、何ですかこれは。航平君、すごく怒ってる? どうして?)


 もちろん、福音に心当たりはない。

 だが、彼女の戸惑いなどお構いなしに、罵倒のコメントは止まらなかった。

 こうなると、本来のファンたちも黙っていない。


:引っ込めナイト!


:なにこいつ、キモ


:通報! 通報!


 瞬く間にコメント欄は大荒れとなった。


(何とかしなきゃ)


 福音はやむを得ず、航平のアカウントをキックした。夜空姫ネオンの配信から締め出したのだ。

 しかし、すぐに航平は別アカウントで乗り込んできた。キックを続けても、次のアカウント、また次のアカウントで入り込み、罵倒コメントを書き込んできた。


 他のファンとのやり取りもヒートアップする。

 このままでは、リアル情報まで暴露されかねない。


「ちゅ、中止! 今日の配信は中止とします! 皆の者、ごめんね!? Bitte(ビッテ)!」


 叫ぶように宣言して、福音は配信を打ち切った。念のためアーカイブからも削除する。

 ひととおりの作業を終え、福音は大きく息をついた。


「何だったのでしょうか、今のは……きゃっ!?」


 スマホが振動し、着信を報せる。相手は航平だった。

 正直、出たくない。とても出たくない。

 だが、しばらく待っていても着信は鳴り止まない。


 福音は仕方なく、スマホを取った。


「も、もしもし」

『おい、福音!! お前、どういうつもりだよ。ああ!?』


 通話が繋がるなり、航平の大声が耳をつんざいた。福音は慌ててスマホの通話ボリュームを下げた。

 いきなり怒鳴られたことによる動揺と、下にいる両親に聞こえたのではないかという不安で、心臓が激しく鳴った。

 福音が何も言えずにいる間も、航平は一方的に怒鳴り続けた。


「反応が遅い」だの、「何かやましいことをしていたんじゃないか」だの。

 福音にとっては言いがかりでしかなかった。


 ただ、航平の怒りは本物だ。激しい感情を直接ぶつけられ、大人しい福音は動揺した。


 そのとき、福音はふと、湊の顔を思い出した。

 以前、彼から教えてもらった呼吸法を実践する。すると、すぐそばに湊が寄り添ってくれているように思えて、福音は少し落ち着いた。


「航平君、落ち着いてください」

『はぁ!? これが落ち着いていられるか! お前まで俺を裏切るのかよ!?』

「何のことかわかりませんが、私の配信であんな風にされると迷惑です。やめてください」

『迷惑だって? 俺がいつお前に迷惑をかけたよ!?』

「まさか、自覚がないのですか? 信じられない……」

『やめろ! 信じられないなんて、お前が言うな! お前は言っちゃいけないんだぞ、福音! 俺がいたから、今のお前があるんだ。お前にとって必要な人間はこの俺だ。ポッと出の天宮みたいな、頭も行動もおかしい男じゃない。それを忘れないように忠告しただけ、それだけなんだぞ!』


(湊君が、おかしい……?)


『これは『正しい』ことなんだ。もう一度言うぞ。俺のコメントはな、お前にとって『正しい』ことなんだよ、福音! わかったか!?』

「そんな正しさなんて――」


 普段大人しい福音も、怒りで頭に血が上った。


 夜空姫ネオンは、福音にとって大事な存在で、心の分身だ。彼女なりの『正しさ』を体現した姿と言ってもいい。

 それを、一方的に踏みにじられた。

 しかも、湊まで侮辱して。


 あのまま航平を放置していれば、福音の個人情報を勢いで書き込まれたかもしれない。そうなれば、夜空姫ネオンの活動そのものが終わってしまう。


(航平君は、私の思いをまるで理解していない。全部、自分ばっかりだ……!)


 スマホ越しに荒んだ大声を上げ続ける航平に、福音も怒りの反論をしようとしたとき――。


 コンコン、とベッドの骨組みを叩く音がした。


「福音。何をしているんだい?」

「おとう、さん」

「いつものお前らしくない声が聞こえたから、様子を見にきたんだが……」


 福音の父、和宏がベッド下の空間を覗き込んでいた。

 彼の視線が、福音の膝上にあるタブレットに向く。そこには、夜空姫ネオンの編集画面が表示されたままだった。あの美少女吸血鬼アバターも映っている。

 和宏の表情が険しくなった。


 それを見た福音の顔から、サーッと血の気が引いた。


 スマホからは航平の怒鳴り声が響いている。

 眉間に皺を寄せた和宏が、福音の手からスマホを取った。


「もしもし? いったいどちら様――」


 和宏が出た途端、航平は通話を切ったようだ。ツー、ツーとビジートーンが響く。

 ため息が聞こえた。和宏からだった。


「福音。リビングに来なさい。話がある」

「……は、い」

「そのタブレットも持ってくるんだよ。画面はそのままで」


 福音の指先が震えた。背中に冷たい汗が滲む。雨の音がやけに大きく聞こえた。


(どうしよう。どうしよう、どうしよう……! お父さんたちに、夜空姫ネオンのことがバレた……!)


 自分の『正しさ』が足元から崩れ落ちていくように、福音には思えた。




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