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47話 自業自得の叫び。叩き割られたプレゼントとモブ男への絶交宣言の件


「何だってんだよ」


 どれくらいデパートのフロアに突っ立っていただろう。

 周りの買い物客から奇異の目で見られ、デパートの案内係に声をかけられそうになって、ようやく航平は我に返った。

 逃げるようにデパートを出て、今に至る。


 ここはデパートの裏路地だ。ゴミ集積場があるためか、全体的に薄汚れた印象だった。華やかな表通りとは雲泥の差である。

 雨は変わらず降りしきっている。傘も差さずに飛び出してきたため、航平は全身ずぶ濡れだった。

 惨めである。


 惨めすぎて、訳がわからなすぎて、航平の頭は沸騰していた。雨の冷たさもわからなくなるほどに。


「どうして。何でだよ、詩織さん。俺の方がずっと長く付き合ってたじゃんか。何であいつなんかに。俺と天宮……何が違うっていうんだ」


 手には、ラッピングした箱がしっかりと握られていた。手が震え、カタカタと中身が鳴っている。


「これを、代わりに渡す? 変な目で見られない? バカか俺は。なにをいい人ぶってんの。マジ訳わかんねえじゃん」


 誰もいない路地で、ひたすらブツブツ呟く。腹の奥から、どす黒い感情がわき上がってくる。


「これじゃあ、俺は天宮の引き立て役じゃないか。違う、そんなの違う! 詩織さんも、暦深も、鋭理も、福音も! 全員! そばにいるべきは俺なんだ。俺だったんだ! それなのにどうして、どうして天宮なんだよ!!」


 抑えがたい激情に、航平は目をかっと見開く。


「ちくしょうが!!!」


 その衝動のまま、航平はコップの入った箱を地面に叩き付ける。ぐしゃっと鈍い音がした。

 沸騰した頭は暴走を止められない。航平はさらに上から二度、三度と箱を踏みつけた。


 はぁ、はぁと荒い息をする。

 汚れた靴の痕が付いた箱は、無残に潰れてしまっていた。破けた箱の端っこから、割れたコップの欠片が覗いた。


「……やべぇ。やっちまった」


 青ざめる航平。

 どうする。

 どうする、どうする!?


「そうだ。これを天宮が割ったことにすればいいんじゃないか? 箱なんていくらでも用意できるし、あいつが不注意で落としたことにすれば、きっと詩織さんも幻滅するはず。はは……そうだ、それがいい。そうすればきっと――」

「何をしているの、航平君?」


 時間が止まったような気がした。

 航平は、ゆっくりと振り返る。


 路地の入口に、傘を差した詩織が立っていた。

 彼女の隣には、鋭理の姿もある。


 姉妹の視線を受けて、航平は唾を飲み込んだ。


(見られた。あの目は、間違いなく見られた!)


「し、詩織さん……鋭理……ど、どうして」

「なぜ私たちがここにいるかということか、コウヘイ」


 梅雨の雨よりも冷たい口調で、鋭理が言った。


「お前がさっさと帰ったあと、私たちも勉強会を切り上げたんだ。コヨミが本調子じゃなかったからな。時間ができたから、私は姉さんとデパートで合流することにした。姉さんが買い物に出かけることは、今朝聞いていたから」


 それに、と鋭理は付け加える。


「お前の特徴的な声、私の耳にはしっかり届いたぞ。『ちくしょうが!』とな」


 つまり、ふたりが待ち合わせしていた場所の近くで、航平はコップを叩き割ってしまったのだ。

 言い逃れができない最悪の状況に、航平は顔面蒼白になる。


 すると、詩織がゆっくりと歩み寄ってきた。

 彼女はスカートが汚れるのも構わず(ひざまず)き、踏み潰された箱からコップの欠片を拾い上げた。

 涙混じりに、呟く。


「ひどい。どうして、こんなことを」

「いや! ち、違う!」


 見られた。

 やっちまった。

 俺のせいじゃない。

 何で天宮なんかに。


 ぐちゃぐちゃになった感情に突き動かされ、言い訳にもならない言葉を吐き出した。


「ちょっと、どうしようもなくイラッとしちゃって。自分が自分で抑えられなかったっていうか」


 詩織がゆっくりと顔を上げた。

 涙と雨で濡れた彼女のその表情は、航平が初めて見るものだった。

 ――深い失望、である。


「航平君は……こんなことをする子じゃないと思っていたのに」


 航平の頭に、カッと血が上った。


「それは! 詩織さんまで天宮に構うから!! 仕方ないじゃないか!」


 抑えが効かないまま、本音をぶちまけてしまう。

「お前のせいだ」と言っているのも同然だった。


 再び俯いた詩織は、静かにすすり泣いた。

 鋭理が歩み寄り、姉の頭上に傘を掲げた。そして、航平を怒りの表情で睨み付ける。


 ――人間は、窮地に陥るほど、その本性が出る。


 墓穴を掘って後がなくなった航平は、不意に鋭理の手をつかんだ。すがるように、まくしたてる。


「ほら、これでわかるだろ!? 俺の方があいつよりもずっと長い時間、詩織さんやお前を見てきたんだ。一緒に過ごしてきたんだ。俺は鋭理の幼馴染。だからポッと出の天宮が許せなかったんだよ。なあ、ほら。手を握れば俺の気持ちがわかるんだろ? わかってくれよ、鋭理! なあ!?」

「私に触るな!!」


 鋭理が航平の手を振り払う。


「私は、肉体感覚に頼ったことを後悔したぞ。触れたくない、触られたくないと心から思ったのは初めてだ」

「鋭理!?」

「お前の手から感じるのは、どこまでも自分本位な感情だ。他責の塊だ。気持ちが悪い。コウヘイ、お前は私の大事な家族のバランスを壊すノイズだ!」

「おい待て! 気持ち悪いって、ノイズって、どういうことだよ!」

「そのままの意味だ。お前は、私が守りたいものを脅かす人間だ、コウヘイ!」


 怒気をはらんだ強い口調に、再び航平はかっとなった。鋭理の肩につかみかかる。


「俺の方が、天宮よりずっと長い時間一緒にいただろ!? 幼馴染なのに、何で俺の味方をしてくれないんだよ! お前らにとって、俺は必要な男なんじゃないのか!?」


 鋭理の肩をつかむ手に力を込める。

 しかし次の瞬間、鋭理に腕をねじり上げられ、航平は悲鳴を上げた。


「い、痛い痛いっ! え、鋭理!?」

「ミナトなら、私の力にも抗えただろうな。この軟弱者」

「何だと!?」

「もう……やめなさい」


 立ち上がった詩織が力なく言った。彼女の腕には、押し潰された箱と割れたコップが抱えられていた。

 鋭理が鼻で息を吐き、拘束を解く。


「いいか、コウヘイ」


 鼻先に指を突きつけ、鋭理が告げる。


「ミナトとコヨミのために我慢していたが、もう限界だ。お前とはもう幼馴染でも何でもない。絶交だ」

「はぁっ!?」

「もう金輪際、私に、私たちに近づくな。もちろん、姉さんにもだ! ――行こう、姉さん」

「ちょ……! 待ってくれ!」


 詩織の肩を抱いて、その場を去る鋭理。

 追いすがろうとした航平は、水たまりに足を取られて転倒した。


「コウヘイ。お前はいつも口だけだ。肉体を、命を預け合えるミナトとは違う。天と地ほど違う」

「え、鋭理……」

「さようなら」

「待ってくれ! 鋭理! ……詩織さん!」


 航平は詩織の名前を呼んだ。


(詩織さんならわかってくれる!)


 しかし、その期待は裏切られた。数時間前は優しげな笑みを見せてくれた憧れの女性は、悲しげに航平を見遣り、そして無言で視線を外した。


 航平の全身から力が抜ける。その場に崩れ落ちた。

 冴島姉妹は、振り返ることなくその場から立ち去った。

 雨はいっそう激しくなり、航平を容赦なく、惨めに濡らした。


「あ、ああああああああぁぁぁ……!!」



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