46話 モブ男の誤算と絶望。憧れの人が選んだペアコップに打ちのめされる件
呆然とする航平に、詩織は慌てて言った。
「あ、ごめんなさい。湊君っていうのは、鋭理のお友達なの。天宮湊君。航平君は、彼のことわかる?」
「……まあ」
「ああ、やっぱり! そうよね、鋭理や暦深ちゃんたちのクラスメイトって言ってたし。助かるわ。鋭理、学校のことはあまり話さないから、湊君のことを知る機会がほとんどないのよね」
「詩織さん、何か嬉しそうっすね」
「え!? そ、そう見える? やだ、困ったな」
頬を押さえながらはにかむ詩織。耳まで紅潮していた。
航平との『デート』では一切見せなかった表情だ。
「あのね。航平君に相談があるんだけど……湊君は、どんなものを贈ったら喜ぶかな? 私、歳の近い男の子にプレゼントなんてしたことなかったから」
「……何で、詩織さんがプレゼントなんか」
あんな奴に、という言葉が喉まで出かかった。
詩織は、航平の表情に気付かない。さっきまでとは逆に、詩織の方が浮かれて周りが見えなくなっていた。
「えっとね。先月、鋭理のことを助けてもらったじゃない? そのお返しというか、いつもお世話になっているお礼というか。あー、どうしよう。考えてたら何だか恥ずかしくなってきた。あはは……」
「……はぁ」
「湊君、友達のお姉ちゃんからプレゼントされたら、『重い』って感じちゃうかしら? 航平君はどう思う?」
(なんだこれ。現実か? 俺はいったい、何を聞かされているんだ?)
憧れの理想の女性が話しかけてくれているのに、まったく耳に入ってこない。脳が処理を拒んでいた。
(……は? なんだよこれ。は? ……は?)
「あの、航平君?」
「え?」
「ごめんね、突然こんな相談して。迷惑だった?」
「いや、あの」
「こういうこと聞ける男の子って、私の周りでは航平君しかいなかったから」
――航平君しかいない。
詩織の言葉を聞いた航平は、再び思考を回し始める。
湊のためにプレゼントを選ぶなんて絶対にしたくない。
けど、正直にそれを言って詩織から嫌われたくはない。
だったら――。
「……詩織さんがよく使うブランドでいいと思います」
「え?」
「天宮は男だろうが女だろうが気にしない感じなので。だったらこの際、詩織さんの好きな物でいいんじゃないっすか?」
「なるほど。私の好きな物、かあ」
天井を見上げ考え込む詩織。その後ろで、航平は内心でほくそ笑んだ。
(女性らしい詩織さんなら、きっと好きな物も女性らしさ全開のはず。こてこての乙女ブランドで、天宮が気まずい思いをすればいい)
加えて、湊は思ったことを遠慮無く口にするタイプだ。
(きっとあいつは、微妙なプレゼントに顔をしかめるなり、『これ好きじゃないです』って言うなりするはずだ。何たってノーデリカシーだからな。そうすれば、詩織さんも天宮のひどさに気付いて、目を覚ますだろう)
「好きな物、私の好きな物。ふふ、考えると何だか照れちゃうね。湊君のそばに私がいるみたい」
「……ん?」
「あ、そうだ。確か湊君、引っ越しする予定だって鋭理が言ってたっけ。じゃあ、普段使いしてもらえるものがいいよね」
「……え?」
「そういえば、最近あのお店で……うん! そこにしよう」
詩織は満足げに頷くと、まっすぐ雑貨店に向かった。
彼女の後をついていきながら、航平は苦虫を噛みつぶした顔になる。
(雑貨かよ!? 詩織さん、そうじゃないって。実用性を重視されたら、天宮が喜んでしまう! 詩織さんは誰よりも女性らしい人のはずだろう!? 女性っぽいやつを選んでよ!)
だが、航平は本心を口にしない。口にできない。「考え直せ」と言って、詩織の機嫌を損ねたくないのだ。
詩織が雑貨店で品物を選ぶ時間は、航平にとって地獄のようだった。
目をキラキラさせながら雑貨選びに没頭し、すっかり航平の存在を忘れていたからだ。
「これがいいかな。ううん、こっちもかわいい。……あ、ごめんね航平君。もうちょっと待っててもらっていい? 航平君も欲しいものがあるなら言ってね」
「……うす」
(詩織さん、あんなに嬉しそうな顔して……もしかして俺は、とんでもないバカをしてしまったんじゃないか……?)
誤算だ。
時間が巻き戻せるなら、今すぐそうしたい。
航平は祈ったが、その願いは叶わなかった。
ほどなく、詩織は目的のプレゼントを選んだ。詩織の好きなキャラクターイラストが小さく描かれたコップである。
プレゼント用にラッピングされた箱を手に、詩織ははにかんだ顔で航平のもとにやってきた。
「ごめんね、航平君! プレゼント選びにすっかり熱中しちゃった。でも、おかげでいいものが買えたわ。本当にありがとう」
「……いえ」
「これなら、湊君もきっと喜んでくれると思う。実は私、これの色違いを持っているんだよね、ふふふ。ちょっと恥ずかしかったけど、航平君の言うとおり、自分の好きな物を選んでよかった」
「……」
航平は憮然としていた。
頬を紅潮させながら弾んだ声で言う詩織は、普段とイメージが違った。けれど、航平が一番見たかった幸せそうな笑顔を浮かべていた。
彼女の笑顔は、天宮湊に向けられたものだという事実が、航平を打ちのめす。
「でも、どうやって渡そう。連絡してもいいけど、湊君、きっと忙しいよね。鋭理に渡してもらおうかな……」
「俺が渡しておきます、詩織さん」
気がつけば、航平はそう口にしていた。彼自身も驚くほど冷静な口調で提案する。
「詩織さんも大学があるし、その方が早いでしょ。それに、そんなラッピングされたプレゼントを鋭理が学校で渡したら、たぶんふたりとも周りから誤解されますよ。俺なら、そんなことにはなりません」
「なるほど、確かにそうね。ただでさえ、あの子は誤解されやすいものね。……私から渡すのも、まだ早い気がするし」
最後のひと言は、自分に言い聞かせているようだった。
「それじゃあ航平君、お願いできるかしら」
「はい」
箱を手にする航平。
航平にとって、この四角い箱は彼の自尊心を吹っ飛ばす爆弾だった。それが他人の手に――ましてや、幼馴染の手に渡ることは絶対に避けたかった。
湊へのプレゼントなんて、見たくない。
けれど、このプレゼントが視界から消えるのも怖くて仕方ない。
そんな航平の葛藤など露知らず、詩織は囁くように言った。
「湊君の反応、また聞かせてね?」
ぴしっ、と航平の中で何かが壊れる音がした。
「……ハイ」
「よかった。それじゃあ、私は帰るね。今日はありがとう、航平君。また今度、お礼させてね」
淑やかに手を振って、詩織はデパートを出ていった。
雑踏の中、航平はいつまでもその場に立ち尽くしていた。




