45話 憧れの人との勘違いデート。有頂天なモブ男を、想い人のひと言が垂直落下させる件
雨の中、航平は学校を出た。
アスファルトを蹴るように歩いていると、水たまりを勢いよく踏み抜いてしまい、航平は盛大に舌打ちした。苛立ちが態度に表れていた。
「ちくしょう。何だってんだよ、あいつら」
脳裏にあるのは、幼馴染たちの姿だ。
図書室で航平を見る彼女たちの視線は、今までと明らかに違っていた。
腫れ物に触るような、拒否感の滲み出た目つき。あるいは、店を困らせるクレーマーを見たときの目つき。
航平の常識からすれば、そんな視線を赤の他人に向けることはあっても、決して航平自身に向けられることはなかった。そんなことはあり得ないはずだった。
「ここ数日は元に戻ったと思って、安心してたのに」
――幼馴染たちは、変わってしまった。いや、変えられてしまった。そう航平は考えていた。
(天宮のいる場所は、本来、俺の定位置なんだぞ。絶対、おかしいだろ。何で俺が負け犬みたいに、ひとりで帰らなきゃいけないんだ)
ぎりっと唇を噛みしめる。
暦深も、鋭理も、福音も、誰もが羨む特別な人間だ。そんな彼女たちと繋がりを持てるのは、幼馴染という特別な縁を与えられた相沢航平だけであるはずなのだ。
なのに――。
(あいつらが、天宮みたいなイタイ奴の言いなりになってるなんて、絶対におかしい。何か、不当な扱いを受けてるに違いない)
航平の脳裏に、しっくりくる言葉が浮かぶ。
(支配――そう、支配だ。天宮は暦深たちを支配してるんだよ。あいつらも気付かないうちに! 天宮の奴、eスポーツのプロだって言ってたじゃないか。だったら、そういう卑怯な駆け引きだってお手の物だろ。あとはそう……サブリミナル的なもので洗脳とか! 前に呼吸が何たらとか、怪しいこと言ってたしな)
一方的な決めつけと妄想に、航平は気をよくする。
原因が自分自身の言動にあることなど、航平の頭にはなかった。
幼馴染だから、変わらないはず。
誰にも邪魔されない関係だから、変わらないはず。
子どもの頃、それぞれ何かしら問題を抱えていた3人の少女と一緒にいてやったのは、他ならぬ自分だ。
ダサい格好ばかりしていた暦深が、あんなに垢抜けた美人になったのは、自分が見た目に気を遣えと言ったからだ。
肉体至上主義なんていう変な考えを持った鋭理が、曲がりなりにも周りからハブられなかったのは、自分がツッコミを入れたからだ。
いつもうじうじしている福音が、VTuberとして成功できたのは、自分が的確なアドバイスを送り続けたからだ。
その功績は永遠に感謝されるべきものであり、自分が『3女神と親しい唯一の男子』として周りの男子から羨ましがられるのは、当然のことである。
暦深たちの方から離れていくのは裏切りだ。
あの3人が、そんなことをするはずがない。
なのに離れていくのならば、それは彼女らをそそのかした悪い人間がいるからだ。
すなわち、天宮湊である。
今の状況は、あいつのせいだ。
――相沢航平は、本気でそう考えていた。
「けど、今さらどうしろっていうんだよ。天宮の奴、キレたらガチで怖そうだし。暦深たちの件、直接追及するなんて俺のガラじゃないし」
航平はウダウダと呟く。文句は言っても、自分から何かを成し遂げる勇気も気概もない証拠だった。
そのとき、航平は前方のバス停に、見慣れた女性が立っていることに気付いた。反射的に声をかけた。
「詩織さん!」
「あら、航平君。お久しぶりね」
鋭理の姉、詩織はにこやかな笑顔で応えた。落ち着いたコーディネートに、上品な雨傘がよく似合う。航平は思わず頬を緩めた。
航平にとって、詩織は子どもの頃からの想い人だった。
「すっかり梅雨の天気ね。あら? ズボンの裾がずいぶん濡れているわ。大丈夫?」
「いえ! これくらいぜんぜん平気っす」
(やっぱり詩織さんはイイなあ! 相変わらず超美人だし、おしとやかだし。まさに大人の女性って感じだ。あいつらにはこんな雰囲気出せないしなぁ)
詩織から優しい言葉をかけてもらったことで、航平はすっかり元気を取り戻していた。
バスがやってきた。詩織に続いて、航平も乗り込んだ。そもそもバスに乗る予定はなく、とっさの行動であった。
「あの、詩織さんはこれからどちらへ?」
「ん、私? これからお買い物に行こうかなって。久路刻さんのお父様が怪我をなさったって聞いたから、お見舞いの品を贈ろうと思うの。鋭理、こういうことには疎いから」
「まったく、そのとおりですね。あ、荷物持ちしますよ、俺!」
「ありがとう、航平君。けど、そんなに大きな荷物にはならないから――」
「大丈夫です! 俺、暦深とは幼馴染ですし。子どもの頃はあいつの親父さんによく声かけてもらったから、欲しいもののイメージ、湧きますよ。荷物持ちだけじゃなくて、他の奴より的確なアドバイスもできると思います!」
「そ、そう? そこまで言うなら、じゃあ……お願いしようかしら」
内心で「よっしゃ!」とガッツポーズを取る航平。はからずも買い物デートをすることができて、彼は有頂天になった。
その様子を、詩織は苦笑しながら見ていた。
――見舞いの品を買うため、詩織がやってきたのはデパートだった。
「やっぱり、日持ちのするお菓子がいいかしら……」
「詩織さん! これ、美味いですよ。俺好きです」
「あとは、普段使いできるもの……けど、車椅子を使われているから、素人考えで決めるのはよくないかもしれないわね」
「あ、この靴、すげぇカッコいいですね。いいなぁ」
「もう、航平君ったら。すぐ自分の好きなものに目が行っちゃうんだから」
「男だったら、こういうの好きですよ。間違いないっす」
「ダメよ? これはお見舞いの品なんだから、久路刻さんのご迷惑にならないようにしないと」
やんわりと詩織がたしなめるが、彼女との買い物で舞い上がっている航平は生返事だった。詩織が肩をすくめていることにも気付いていない。
その後、何とか目的の品を購入した詩織は、ふと男性用の衣料品を扱う店に目を向けた。
陳列されているハンカチを手に取り、何事か考える仕草をする。
詩織の様子を見て、航平は胸を高鳴らせた。
(もしかして、俺へのプレゼント!?)
「ねえ、航平君」
「はい! 何ですか、詩織さん!」
「湊君は、どの色が好きだと思う?」
「…………は?」




