44話 「いかがわしい気配を感じた」モニタリングする妹。図書室の勉強会は波乱含みな件
――誠一の怪我から数日後。
放課後、梅雨の雨が続く中、湊は図書室にいた。中間試験に向けて勉強するためである。
スマホを見た湊は、小さく息を吐いた。
結からのプチお怒りメッセージが届いていたからだ。
【結】私だって一応進学校に通ってるのに。
【結】教えられる科目だってあるのに。
(まいったな。結、この前のことを、まだ引きずっているみたいだ)
湊は、数日前のことを思い出した。
あの日、誠一を病院に送り、帰宅するまで付き添ったために、湊は帰宅が遅くなってしまった。
マンションの自室に戻って一息ついたとき、スマホを見てぎょっとした。
『未読メッセージ99+件』
すべて結からのものであった。
慌てて実家に向かうと、腕組みしておかんむりの結に出迎えられた。
テーブルの上には、前回よりさらに大きくなったハンバーグ。
『ずいぶん遅かったね』
『記念すべき帰宅初日に、すっぽかされる身にもなってほしいんだけど』
『てかさ、ちょっと、なに? 湊から何だか甘い匂いがするんだけど。ねえ、どういうこと?』
詰めに詰められた。
だから思わず湊は口にしてしまったのだ。
『すまん、そんなに楽しみにしてくれていたとは』
『違うもん!』
『違うのか』
『違わないですけど!?』
結局、遅い夕食を全部平らげるまで、結の機嫌は直らなかった。
その後、湊が改めて事情を話すと、結は一転して心配そうな顔になった。
『まあ、そういうことなら、仕方ないけど』
『大きな怪我がなくてよかったね。まあ、しらないけど』
『その、暦深さんって人? しばらく気にしてあげた方がいいんじゃない? まあ、どうでもいいけど』
ツンケンしつつも隠しきれないお人好しぶりに、湊は深く感動して告げたのだ。
『結は本当に良い子だ。どこに出しても恥ずかしくない妹だぞ』
『馬鹿!!』
なぜ怒鳴られたのか、数日経った今でも理解できないでいる。
ふと、結から追加のメッセージが届いた。
【結】あの人と勉強会するんだったら、ちゃんとフォローしときなさいよね。
「あ、いました。湊君!」
「遅くなってすまない、ミナト。席取り、ありがとう」
ちょうどそのとき、湊のもとに親友3人がやってきた。今日は湊と彼女たちの4人で勉強会を開く予定なのだ。
暦深と目が合うと、彼女はふいと視線を外した。少し頬が赤くなっている。
泣き顔を見られたのが恥ずかしかったのだろう、と湊は思った。
それから、4人でノートを広げて勉強を始める。
この中では、意外なことに鋭理が一番勉強ができる。次点が福音。湊は真ん中より少し下で、暦深と同じくらいだ。
ついでに言うと、航平は彼女らと比べ、頭ひとつ分くらい下位である。鋭理が「今回はやる気の乏しい赤点候補がいなくてやりやすい」とぼやいていた。
20分ほどペンを走らせていると、ふと福音が言った。
「暦深さんのお父さん、元気になってよかったですね」
「ありがとう、ねねっち。皆も、お見舞いに来てくれてありがと。特にみーくんは、引っ越しで忙しかったでしょ?」
「気にするな。結からさんざん文句を言われたくらいで、影響は軽微だ」
「未読99件はだいぶ詰んでません? 状況的に」
福音の言葉に皆が小さく笑う。
暦深も笑みを浮かべていたが、やはりどこかよそよそしさがあった。
「あたし、ちょっとトイレに行ってくるね」
席を立つ暦深。
付き合いの長い鋭理と福音は、暦深の違和感に気付いたようだ。
「ミナト……」
「湊君……」
「そっとしておいてやってくれ」
湊の言葉に、鋭理と福音は躊躇いながらも頷いた。
ペンを置いた福音が呟く。
「結構、私たちは近くにいるのに、お互いのことをよく知らないんですよね」
「すべてを知ってることの方が珍しいさ。ま、俺はどんな真実が待っていようと、お前たちへの態度は変わらないがな」
「む……」
「どうした?」
「変わらないですか? 絶対?」
「うむ。公爵の名にかけて――痛い。福音、ペンで手をツンツンするな。痛い、痛い」
「ただいまー……って、何やってんの? みーくん、ねねっち?」
「ちょっとバグの修正を」
「へ? 福音っち、バグって何?」
「バグなど関係ないぞ、ネネ。私は肉体感覚を共有できればそれでいい。そういえばミナト、子作りの件はどうしようか?」
「鋭理さん!?」
「ちょっとみーくん、子作りってどういうこと!?」
図書室だから小声で驚きつつ、身を乗り出す福音と暦深。
絶妙なタイミングで、結からメッセージが届く。
【結】いかがわしい気配を感じた。
もしやモニタリングしてる?と湊は訝しんだ。なので直接聞く。
【湊】もしやモニタリングしてる?
【結】できるならとっくにやってるわ! イチャつくの禁止!
できるならやるのか、と湊は思った。初めて妹の将来が少し心配になった。
すると、すぐに追加のメッセージが来た。
【結】お騒がせしました。
【結】結さんはわたくしが宥めておくので、どうか勉学に集中なさってくださいませ。
【結】(伊月旗)
「結にも良い友人ができたようだ。ひと安心だな」
「そうかな……?」
「人のことは言えないが、お前の妹もだいぶ独特だぞ?」
「野に放つとマズいタイプなのでは……?」
スマホを覗き込んだ親友たちにじーっと見つめられ、湊は視線を外した。心の中で「福音は言い過ぎ」とぼやく。
そのとき、図書室に男子生徒がやってきた。
航平だった。
「お前ら、こんなとこにいたのか」
「相沢か。お前も勉強しにきたのか?」
湊の問いかけを無視して、航平はテーブルまでやってきた。鞄を背負い、帰宅する気満々である。
どうやら、一緒に帰ろうと幼馴染たちを誘いに来たらしい。
「なあ、もう帰ろうぜ」
「中間が近いのに、余裕だな。相沢」
「あたしたち、もうちょっと勉強する予定だけど」
「冷やかしなら勘弁してほしいぞ、コウヘイ」
「用件はそれだけですか、航平君?」
「……ちっ」
航平が舌打ちする。暦深が眉をひそめながらも、気を利かせて声をかけた。
「こーへーくんも一緒に勉強する? あたしと一緒でテストやばいでしょ? えーりんの教え方、わかりやすいよ」
「また天宮か」
「え? いや、みーくんじゃなくて、えーりん――」
「なあ暦深、鋭理、福音。お前たち、本当に大丈夫なのか?」
航平の問いかけに、怪訝な顔をする少女たち。湊も、彼が何を言いたいのか理解できなかった。
鋭理が立ち上がる。
「コウヘイ、手を触らせろ。お前の言い方は回りくどくて、何を考えているのかよくわからないから」
「や、やめろって。別に、変なことは考えてねーよ」
変なのはお前らだし、とブツブツ言いながら、航平は図書室を出ていった。
湊と暦深たちは、互いに顔を見合わせた。
「何だったんだ、あいつ」




