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42話 「どうすれば許されるかな?」剥がれ落ちたギャルの仮面。公爵が差し出す救いの手の件


「皆さん、お騒がせして申し訳ない。暦深の父、久路刻誠一です」


 リビングのソファで、暦深の父である誠一が頭を下げた。湊と鋭理が協力して、誠一を運び込んだのだ。

 明るく華々しい印象の娘と違い、誠一は穏やかで物静かな男性だった。ただ、目元は親子でよく似ている。


 湊は誠一の怪我の具合を確認した。打撲はあるようだが、出血はなく、大きな怪我も免れたようだ。おそらく、段ボールがクッションになって固い工具の直撃を避けられたらしい。


「大事なくてよかったです。けれど、頭を打っているのなら、念のため病院を受診すべきでしょう。外にタクシーを待たせていますから」

「ありがとう。何から何まで。手際がすごく良いけど、君は看護師さんかい? たいしたものだ」

「いえ。自分は――」


 親友です、と反射的に答えかけて、湊は思いとどまった。

 ちらりと暦深を振り返ると、彼女は汚れた衣服や散乱した道具を片付けるために、慌ただしく部屋を行き来している。

 湊は誠一に言った。


「自分は、暦深さんのクラスメイトで、天宮湊といいます。誠一さんが倒れて身動きが取れなくなったと言うので、親友たちと手助けにきました」

「親友たち……」


 誠一が目を丸くする。

 そこへ、車椅子をチェックしていた福音がやってきた。


「誠一おじさん、どうやら左前輪の軸が老朽化で破損しているようです。もしよければ、信頼できる修理業者をご紹介しましょうか? 私の両親が、バリアフリー事業を推進しているNPOの理事の方と親しくて、そうした業者さんの情報が入ってくるんです」

「えっと、君は」

「お久しぶりです。千代田福音です」

「……おお! 福音ちゃんか。顔を見るのは小学校以来だね。大きくなって見違えたよ! ……ということは、あちらの背の高い女の子は、もしかして」

「冴島だ、おじさん」

「鋭理ちゃんか! なんとまあ、暦深の幼馴染がふたりとも、こんなに美人になって。それで、ふたりの親友が天宮君というわけだね。改めて、礼を言うよ。助かりました」


 人の良さそうな誠一は、再度、湊たちに頭を下げた。そのとき、誠一はわずかに呻き、頭を押さえた。


「大丈夫ですか? 吐き気は? 頭痛は?」

「いや、大丈夫だよ、天宮君。少しタンコブができたみたいだ。……ところで、幼馴染といえばもうひとりいたと思うのだけれど……そう、航平君だ。彼とも仲良くしているのかい?」


 誠一の問いかけに、湊たちはいっせいに黙り込んだ。察した誠一は「いや、申し訳ない。若いときは色々あるよね」と言って、話題を変えた。


「それにしても、君たちが来てくれて嬉しいよ。うちに娘の友達が来るのは数年ぶりだ。実はちょっと心配していたんだ。暦深は学校でうまくやれているのだろうか、とね」

「彼女はこの上なく素晴らしい活躍をしています」

「天宮君、まるで外交官みたいな物言いだね……」

「いえ、公爵です」

「……?」


 真顔で言う湊に、誠一は困惑していた。鋭理と暦深が小さくため息をつきながら、湊を軽く小突いた。


 掃除機をかける音がした。暦深が真剣な表情で、廊下に残った土埃を綺麗にしている。

 誠一が目を細めて、穏やかに呼びかけた。


「暦深。もういいよ」

「あともうちょっと。パパ、次は何をすればいい? ご飯作ろっか? 欲しいものがあったら、すぐに買いに行くから――」

「いいから、落ち着きなさい。ありがとう。せっかくお友達が来てくださっているんだ。パパに構わず、ゆっくりしなさい」

「そういうわけにはいかないよ。こんなことになったんだから」


 暦深は頑なだった。湊たちの姿も目に入っていないようだ。

 誠一の困ったような、憐れむような、そしてどこか苦しそうな横顔を見て、湊は決めた。


「誠一さん。念のため、これから病院に行って診てもらいましょう。この時間なら、まだギリギリ間に合うと思います」

「僕なら大丈夫だよ、天宮君」

「いけません。万が一を見逃したら、俺は後悔してもしきれませんから。それに、暦深のためにも(・・・・・・・)、行動しましょう。お願いします」


 湊はそう言うと、暦深を呼んだ。


「誠一さんを病院に連れていく。必要なものを準備してくれ。これは暦深にしか頼めない。すぐに出るから、急いでほしい」

「……わかったよ、みーくん」


 一瞬躊躇ってから、暦深は奥の部屋に駆け込んだ。彼女の後ろ姿を見送り、湊は鋭理たちを振り返る。


「鋭理、福音。済まないが、ふたりは――」

「わかっている。もう少しガレージを片付けたら、私たちは先に帰ろう」

「暦深さんたちをお願いします、湊君」


 即座に湊の望む答えが返ってきた。「さすが親友」と湊は微笑む。


 その後、保険証といった身の回りの物を持ってきた暦深とともに、湊は誠一をタクシーへ乗せた。家にあった予備の車椅子も一緒に乗せる。

 しばらく待たせていたにもかかわらず、運転手は嫌な顔ひとつせず、「ここから近い病院でいいかい?」と言ってくれた。

 

 そのまま、タクシーで病院へ。道中の車内は静かで、時折、暦深が小声で「ごめんなさい」と呟くのが聞こえた。


(無理にでも役割を持たせたのは正解だった。あのまま家にいれば、暦深はズルズルと自分を追い込んでいただろうな)


 本当に治療が必要なのは、暦深の方かもしれないと湊は思った。


 ――病院に到着した。

 誠一はスマートな体型だったが、それでも成人男性を担ぎ上げるのは相当な筋力を要する。

 湊は軽々とそれをこなしながら、「暦深はずっとこの介護をひとりで担ってきたのか」と思った。


 病院の待合室で、暦深と隣り合って座る。

 他に患者はおらず、ふたりきりだった。梅雨の曇天に夕暮れの時間が重なり、窓の外は肌寒さを感じるほど薄暗い。


「きっとお父上は大丈夫さ。お前は何も悪くない、暦深」

「うん……」


 普段の明るくハキハキとした暦深とはまったく違う、暗く沈んだ表情で返事をする。

 ふと、彼女は言った。


「私がもっとしっかりしていれば」

「暦深、よせ。さっきも言ったが、お前のせいじゃない」

「ねえ、みーくん」


 暦深が湊の袖にすがりつく。彼女の瞳は、焦りと不安で激しく揺れていた。


「あたしは……あたしは、どうすればこのミスを取り返せるかな? どうすれば許されるかなぁ……うぅ」

「暦深……」


 目尻に涙を浮かべた暦深の肩を、湊はゆっくりと抱きしめた。



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