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37話 絆という名の感覚共有。グループチャット『公爵くんちの親友さん』発足の件


 岩場の凹凸を利用して、上へ、上へ。


(まったく疲れない。身体の内側から力が湧いてくるようだ)


 指先も腕も足も、「急げ」と急かしているように感じた。これが鋭理の大事にしている肉体感覚か、と湊は思った。

 もう一度、この感覚を鋭理と共有したい。

 そのためにも、必ず彼女を見つけて救い出さなければ。


「――いた」


 岩棚までたどり着いたとき、そこに横たわる鋭理の姿を見つけた。

 下にいる暦深たちにジェスチャーで発見を報せると、湊は鋭理の傍らに(ひざまず)いた。


「鋭理、鋭理! しっかりしろ」

「……ミナ、ト……?」

「そうだ。俺だ、鋭理。助けに来たぞ」

「……どうして、ここに――ぐっ!?」


 身じろぎした鋭理が顔を歪める。彼女は右足を押さえていた。

 怪我の程度を確認した湊は、今は動かさない方がいいと判断した。トランシーバーで下にいる暦深たちに指示を出し、応急処置のための追加の道具を準備してもらった。

 ザイルを岩棚から垂らし、必要な道具を結びつけて引き上げる。その作業中、鋭理は再び尋ねてきた。


「どうしてここに」

「親友を助けに来た」

「親友……だが、私は」

「いいか、鋭理」


 添え木を足に固定しながら、湊は強い口調で言った。


「親友なら、ザイルを預けろ。まったく、ひとりで無茶をしやがって。二度とするな」

「……」

「不安か、鋭理」


 ふと、湊は声を和らげた。土埃と擦り傷で汚れた頬にハンカチを当て、優しく拭う。それから、手のひらで鋭理の首筋に触った。

 クライマーとしての湊の手のひらは、皮が厚く、硬く、そして温かかった。


「こんなに弱ったお前を見るのは初めてだ。たったひとりで、夜が迫る中、不安だっただろう」

「……ミナトぉ」

「もう大丈夫だ。こういうときは、遠慮なく親友を頼れ」


 鋭理の視界が涙で歪む。その中でも、湊の微笑みははっきりと見えた。日暮れ時で薄暗いのに、不思議だと鋭理は思った。直後、「ああ、これは私の身体が『親友を見逃すな』と言っているのだ」と理解した。

 負傷した足を刺激しないようにしながら、湊は応急処置を続けた。彼の手際は見事で、鋭理は全身を湊の手に委ねた。すると痛みが和らぎ、まどろみのような心地よさがやってきた。


「鋭理、すまなかった」

「どうして、お前が謝るんだ」

「お前が大事にしているものを、踏みにじってしまったからだ。鋭理の肉体感覚を否定するようなことを言ってしまった。詩織さんに、鋭理の感覚を否定しないでくれと言っていたのに。親友失格だ」

「そんなことはない!」


 反射的に、鋭理は声を上げた。


「ミナトは、私にとって唯一無二の存在だ。私のことを理解し、ともに同じ道を歩めると確認できたのはお前しかいない!」

「鋭理……」

「私の方こそ、すまなかった。つまらない意地を張って、お前たちに心配と迷惑をかけた。肉体感覚を至上のものとしてきた私が、それを裏切って、このザマだ。山は、こんな私を拒絶したんだ」

「拒絶、か。そうとは限らないぞ」


 怪訝そうにする鋭理の上半身を、湊は抱き起こす。彼の胸元に頭を預ける形になって、鋭理は頬を紅潮させた。


「お前が滑落したのは、空蝉の爪痕の途中だろう。あのポイントから落下して、足の怪我だけで済んだのは幸運だ。俺は、山が鋭理を拒絶したとは思わない。叱ったんだ。『こんな馬鹿なことはやめろ。考えを改めてやり直せ』ってな。俺もまったく同感だ」

「やり直す……」

「人生はやり直せる。現に俺は、その気持ちで日々を生きてる。俺にできるなら、親友のお前にだってできるさ、鋭理」


 それにな、と湊は続ける。


「やり直しは、ひとりでやらなくていいんだ」

「え……?」

『えーりん! えーりん、大丈夫!?』

『どこを怪我したんですか!? 痛いですか!? えっと、気分が落ち着く歌を歌いましょうか!?』


 トランシーバーから、暦深と福音の大声が聞こえてくる。下にいる彼女らの肉声と混じり合った響きが、山の中に谺した。


「コヨミたちまで……」

「あいつらも俺と同じ気持ちだったんだ。親友を助けたいってな。実際、彼女たちのサポートがなかったら、俺もここまで早く手当できなかった」


 ふっ、と鋭理が皮肉げに笑った。


「コウヘイがいなくて幸いだった」

「まったくだ。仮にあいつを連れてきていたら、おそらく、この時間でも鋭理のところにたどり着けてなかっただろうな」


 湊の言葉に、鋭理は笑い声を上げる。


『えーりん。声を聞かせて』

『私も、鋭理さんの声が聞きたいです。下からだと見えなくて』


 ふと、暦深と福音が言った。

 鋭理はトランシーバーに向けて小さく頭を下げた。


「ふたりとも、来てくれて感謝する。ありがとう」

『よかった。思ったより元気そう。……それとも、アレかな? みーくんが甲斐甲斐しくお世話してるからかな?』

「そ、それは」

『……鋭理さん、言葉に詰まりました。そういうことなんですね?』

「いや、これは違……ミナト。お前からも何か言ってやれ」

「応急手当が終わったから、鋭理が不安がらないように抱きしめてる」

『ほう』

『へぇ』

「ミナト!!」


 暗闇でもわかるほど顔を真っ赤にして鋭理が叫ぶ。

 すると、トランシーバーからふたりの笑い声が聞こえてきた。心から安堵し、鋭理たちを信頼していることが伝わってくる声だった。


『鋭理さん』

「ネネ?」

『私たち4人は、親友です。鋭理さん、私、暦深さん、そして湊君。ここにいる4人は、同じ気持ちを共有しているんです。弱いところも、強いところも』


 鋭理が目を見開いた。普段、物静かで控えめな福音が、確信を込めて告げていたのだ。

 彼女の言葉は、鋭理の耳に心地よく染みこんでいった。

 湊が微笑みながら言う。


「これが、俺の言いたかった『絆』ってやつだ」

「ああ……そうか」


 鋭理はトランシーバーを手に取った。湊の手も取る。そして、そのふたつを自らの胸に押し当てた。


「ようやく、わかったよ。私の肉体感覚と、何ら変わりはない。心地よい温かさだ」


 目元の涙を浮かべながら、鋭理は笑った。


「いいものだな。親友って」

「ああ。まったくだ」


 湊はおもむろに頷いた。

 またひとつ、親友との絆が深まった気がした。



◆◆◆



 ――その後。


 福音による位置情報の報告により、救急隊が到着した。湊は隊員らと協力し、鋭理を下まで運んだ。

 幸い、足の怪我以外に鋭理には大きな異常は見られなかった。


 鋭理は入院。湊は毎日のように見舞いに訪れた。そのたびに、病室にいた詩織たち鋭理の家族に感謝された。


 事故から1ヶ月後。梅雨の時季に差し掛かった頃に、鋭理は無事に退院。後遺症もなく、以前と同じく動けるようになった。


 退院直後、ささやかなお祝いをするため、湊たち4人はカフェを訪れた。

 そこで暦深がスマホを取り出し、提案した。


「ねえ、私たち4人のチャットルームを作らない?」

「いいですね。ルームの名前はどうします?」

「そうだなあ」


 暦深がふと、湊を見て悪戯っぽく笑う。


「『公爵くんちの親友さん』とかどう?」

「……ちょっと安易じゃないか?」

「いいじゃん」

「いいと思う」

「いいんじゃないでしょうか」

「3人同時に頷くんじゃない。……まあ、皆がいいなら、俺は構わないけど」

「よし、決定! あ、せっかくだから記念に4人で集合写真撮ろうよ」


 手早く設定を済ませる暦深。その様子を見つめながら、湊は内心で微かな不安を感じていた。


(親友になることを、暦深は本当に受け入れてくれたのだろうか)


 表面的には、暦深は親友になることを受け入れてくれているように見える。けれど、『親友になるのだけはイヤ』と告げられたときの彼女の顔が、湊の頭から離れなかった。


「ほらほら、みーくんも顔寄せて。親友ができた記念だよ。妹ちゃんも納得なんじゃない?」

「む。確かに」

「じゃあいくよ。いぇーい!」


 明るいかけ声とともに、湊、暦深、鋭理、福音の4人の笑顔が写真に収まった。

 鋭理と福音が写真をネタにあれこれ盛り上がるかたわら、暦深は一瞬だけ、儚げな笑みを浮かべて写真を見つめた。


「暦深?」

「ううん。何でもない。よし! 今日はパーッとお祝いだよ。このジャンボパフェを頼もう。4人での初・合同ミッションだ!」

「よし、乗った」


(きっと、暦深ともきちんと話せるときが来るはずだ。それまで、俺は『公爵』であり続けよう。その先に、結との幸せな暮らしが待っているはずだから)


 3女神たちのパフェ消費速度に舌を巻きながら、湊は思った。


 ――こうして、親友となった4人のグループ『公爵くんちの親友さん』が発足した。



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