36話 ミッション「絶対に救う」。夕暮れの岩壁に集う絆と親友の誓いの件
――数十分後。
湊は駅前のバス停にいた。鋭理がいるであろう空蝉の爪痕に向かうためだ。
クライミング用のツール一式は、一度自宅マンションに戻って持参してきた。最悪、現場で夜を明かすことも考えて準備した。
急いでいたので、ほぼ最低限だが。
「空蝉の爪痕を攻略したとき、鋭理は最高の肉体感覚を得たと言っていた。俺の言葉でそれが揺らいでいるのなら、きっともう一度、あのときの感覚を取り戻そうとするはず……」
「みーくん!」
「湊君!」
声をかけられ、湊は驚いた。息を切らせて暦深と福音が走ってくる。彼女たちも動きやすい私服に着替えていた。
「もう、みーくん。メッセージ送ったのに全然見てくれないんだもん!」
「メッセージって」
スマホを確認すると、そこには暦深から「あたしとねねっちも行く! 置いていかないで!」とメッセージが入っていた。
「今から『なんとかの爪痕?』っていうところに行くんでしょう? えーりんを助けに」
「私たちもお手伝いします」
「暦深、福音。危険だと言っただろう」
「もう来ちゃったもん。公爵様は親友を置いていったりしないよね?」
暦深の言葉に、湊も福音も目を丸くした。暦深はふたりから視線を外し、小声で言った。
「友達って言うには、ちょっと張り切りすぎかなって」
「暦深……ありがとう。嬉しい」
「うん」
頷く暦深。そんな彼女の横顔を、福音は心配そうに見た。暦深の表情には、迷いがあるように見えたのだ。
バスが来た。3人は揃って乗り込む。
街中を抜け、郊外の道に入り、周囲が木々ばかりになると、乗客は湊たちだけになった。
そして、ついに目的のバス停に到着する。
「ちょっと、君たち」
バスを降りたとき、運転手が声をかけてきた。
「もしこれから山に登るなら、十分気をつけるんだよ。先に女の子が登ってるはずだから、もし会ったらその子にも伝えておいてくれ」
「鋭理を――他にも登山道に入った女の子を見たんですか!?」
「ああ。今日の昼間だよ。君たちと違って、制服姿でとても山登りできるような格好じゃなかったから、心配でねぇ」
「ありがとうございます!」
「あ、君たち!?」
運転手に頭を下げると、湊たちは登山道に駆け込んだ。
(間違いない。鋭理はここに来たんだ。しかし、制服姿のままだなんて……鋭理らしくないぞ)
急ぐ気持ちをぐっと抑え、湊はライトで登山道を確認しながら進んでいく。そろそろ日が暮れる。道を間違えて遭難してしまえば、元も子もない。
山登りに不慣れな暦深と福音を気遣いながら、湊は登り続けた。
暦深も福音も、息を荒げながらもしっかりと付いてきた。特に福音の奮闘ぶりが目を引く。ふたりとも、思ったよりも体力があって動けるようだ。
「暦深、福音。大丈夫か」
「へ、へーきへーき。人助けで鍛えた暦深さんのスタミナを侮っちゃダメだよ。はぁ、ふぅ」
「暦深さん、しっかり。キツかったら私が後ろから支えます」
「そういえばねねっち、意外と運動神経良かったよね。忘れてたよ、ははは……」
それからしばらくして、目的の岩壁に到着した。
「みーくん、あれ!」
暦深が指差す先に、鋭理の鞄が無造作に置かれていた。だが、肝心の鋭理の姿が見えない。
「鋭理ーっ!」
「えーりーんっ!」
「鋭理さーん! 返事をしてくださーい!」
湊たちは声を張り上げ、鋭理に呼びかけた。
だが、返事がない。
スマホで連絡を取ろうとするが、通じない。山の中だから電波状況が極端に悪いのだ。
「えーりん、どこにいったんだろう……」
「もしかして、もっと奥に行ってしまったのでしょうか」
鋭理からの反応がないことで、暦深と福音は不安を露わにした。だが、湊は希望を捨てなかった。
「必ず見つけて、一緒に帰る。諦めるものか。命ある限り、俺は絶対に鋭理を救うぞ」
――もう二度と、目の前で人が死ぬところを見たくないんだ。
そんな決意を胸に秘める湊。
すると、暦深と福音が真剣な表情になって湊を見つめた。
「みーくん。それは、えーりんだから?」
「鋭理さんだから、それだけ必死になっているんですか……?」
「暦深、福音。お前たちでも一緒だ」
ふたりの少女の視線を、真正面から受け止める。
「俺はお前たちと親友になると誓った。親友のためなら、俺は何だってする。命だってかける。そうじゃないと、俺は人生をやり直した意味がない」
「みーくん……」
「俺は、暦深が、鋭理が、福音が、大事だ。3人の誰が困っていようと、俺はかけつけてみせる。絶対だ!」
「湊君……」
真っ直ぐな言葉と真っ直ぐな視線に、暦深と福音は心を打たれた。揃って赤面するふたりの美少女。
しかし、暗くなり始めたこの場所では、湊は彼女らの表情に気付かなかった。
それから、手分けして周辺を探す。
(……ん? あのチョークの痕は……)
壁面にライトを向けた湊は、わずかに付着した白い粉に気付いた。唇を噛む。
チョークはクライミング時の滑り止めに使う。中川・羽間戸ルートになっている岩壁には他にもいくつもチョークの痕があったが、1カ所、不自然な場所に白い粉が付いていたのだ。
それは、正規のルートとは違うルートをアタックした者がいるということ。
さらにチョークの痕は、空蝉の爪痕の途中まで続いていた。以前、湊と協力して鋭理が踏破したルートだ。
(あの、馬鹿!)
「鋭理ーッ!!」
突然大声を張り上げた湊に、暦深と福音が驚いて駆け寄ってくる。
「えーりん、見つかったの!?」
「おそらく、あの岩棚の上だ。鋭理のやつ、途中で滑落したんだ」
「ええっ!?」
「一刻を争うかも知れない。俺が登って確かめる。暦深、福音。お前たちは下で待機を――」
「じゃあ私、119番通報します」
「しかし、スマホは圏外だろう」
「私はVTuber『夜空姫ネオン』ですよ? いつどこでも配信ができるよう、衛星通信プランに加入済みです」
「さすがだ親友」
「ついでに、トランシーバーも持ってきました!」
「さすがすぎるぞ親友」
暦深と福音にサポートを任せ、湊はソロクライミングを敢行する。
荷物からザイルを取り出し、応急処置の道具とトランシーバーを詰めた小型のバッグとともに背負って、岩場に取り付いた。
「待ってろよ、鋭理。今行くからな」




