38話 幼馴染みモブ男を余所に、美少女たちから秘密のチャットが届いた件
――6月初旬。
梅雨の合間で綺麗に晴れた放課後のことである。
『今日は帰っちゃうの?』
グループチャット【公爵くんちの親友さん】に書き込まれたメッセージを見て、湊はスマホから顔を上げた。
視線の先には、夏服姿の美少女3人の姿がある。ちらっと視線が合う。
通学用カバンに教科書を詰め込みながら、湊は「悪いな」とばかり片手を小さく挙げた。すると3人の少女たちは残念そうに眉を下げた。
「なあ、暦深! 聞いてるか?」
「あ、うん。ごめん。何かな、こーへーくん」
幼馴染の航平に声をかけられ、暦深が振り返る。
航平は上機嫌だった。1ヶ月前、3女神にことごとくフラれて消沈していた男とは思えない。
湊が見ている前で、航平は3女神といかにも親しそうな雰囲気を見せつけていた。
だが、湊は知っている。
航平と3女神との心の距離は、大きく開いてしまっていることを。それに気付いていないのは航平だけだった。
「ノート、サンキューな。暦深が見せてくれて助かったぜ。いやー、当てられたらどうしようかと思った」
「もう。たまには自分でまとめなきゃ」
「そうは言うけどなあ……。あ、そうだ鋭理。詩織さんは元気? そういやウチの母親が退院祝いを買ってたんだ。お前の家に持っていってもいいか?」
「構わないが、もっと早く言ってくれ」
「細かいことは気にすんなって。それから、福音! 登録者数10万人達成おめでとう! やっぱ俺の言うとおりにしておいてよかっただろ?」
「う、うん。ありがとう」
「いやあ、やっぱ皆すげーや。持つべきものは誇れる幼馴染だ。つーことは、俺も十分すげぇってことで、胸張っていいよな」
あっはっは、と笑う。そしてちらりと、航平は湊を見る。その目が、自慢げに細められた。
――どうだ、俺の幼馴染は。良いだろう?
(相沢。お前が胸を張らなくても、俺は十分わかってるよ。暦深の、鋭理の、福音の――親友たちのすごさは)
内心で肩をすくめる湊。
3人の美少女と航平とのやり取りを、クラスメイトたちが羨ましそうに見ている。
彼らの間に入り込む隙はないと、ほとんどのクラスメイトが思っていた。
しかし、そうではない。実際は逆だ。航平の知らないところで、彼と完全に縁を切ろうという話まで出ていたのだ。
特に鋭理は、入院していた1ヶ月の間、ほとんど見舞いにも来ない航平に愛想を尽かしていた。
ただ、暦深が湊たちにこう進言した。
『ひとりになったこーへーくんは、何をするかわからないよ。もしかしたら、みーくんの妹ちゃんにまで手を出そうとするかも。妹ちゃんを守るためにも、できるだけ今まで通りを装おう』
鋭理は不満そうだったが、湊が同意したことで渋々頷いた。航平が尾行までしていたことを、彼女は思い出したのである。
こうして、すでにスカスカになった幼馴染の繋がりを、航平だけが自慢しているという、何とも滑稽な関係ができあがったのだ。
こんな歪な関係を、親友たちにいつまでも強いるわけにはいかない。
湊は今日、結と話をつける決意を固めていた。
帰り支度を済ませると、湊はグループチャットにメッセージを入れた。
『今日、妹と大事な話をするから。先に帰るよ』
スマホをちらりと見た暦深たちが、湊に視線を送る。そこには心配と激励が混ざっていた。
航平だけがいつもどおりである。
「お、天宮。帰るのか」
小走りに教室を出ようとしたとき、航平に声をかけられた。
「じゃあな。親友作り頑張れよ」
少し小馬鹿にしたような明るい口調。湊は「また明日」と軽く応えて、廊下へと出た。
放課後の生徒でごったがえす廊下を玄関口へ歩いていると、チャットにメッセージが届いた。
【暦深】こーへーくんに合わせるの、ちょっと疲れたな。
【鋭理】コウヘイ、また私たちを所有物扱いか。
【福音】航平君、私の視聴者と揉めるのはやめてほしいんですけど……。
彼女たちは航平の目を盗んで、グループチャット【公爵くんちの親友さん】でやり取りをしているのだ。
航平への不満もそこそこに、彼女たちは湊へ話しかけてきた。
【暦深】ごめんね、一緒に行ってあげられなくて。妹ちゃんと上手くいくといいね。
【暦深】頑張れみーくん!
【鋭理】上手くいったら、新しいクライミングのスポットを案内する。
【鋭理】共に頂から祝おう、ミナト。
【福音】妹さんと会うって、重要イベントじゃないですか。
【福音】うう、湊君の妹さん、気になる……のに、航平君のお話、いつまで続くのかな。
【福音】ごめんなさい、暦深さん、鋭理さん。航平君との話し相手を任せちゃって……。
【福音】私、いまだに上手く話せなくて。
【暦深】いいってことよ。
【暦深】こうやってチャットするのも慣れたしねー。
【湊】すまない、暦深、鋭理、福音。
【湊】妹とのこと、終わったら必ず報告する。
【湊】今度、皆で遊びに行こう。
【暦深】それよりみーくん。
【暦深】妹ちゃんと話をするなら、親友の紹介もするよね?
【暦深】だったら写真があった方がいくない?
スマホを見ながら、湊は目を瞬かせる。
すると、真っ先に暦深が自撮り写真を送ってきた。どうやら、以前自室で撮影したプライベートなもののようだ。
暦深を皮切りに、鋭理と福音もそれぞれ自分の写真をチャットにアップしてきた。
【湊】わざわざ送ってくれなくてもいいのに。
【湊】4人で撮った写真があるだろ。それを使うよ。
【暦深】ダメダメ。可愛くないし。
【湊】まあ、そこまで言うなら。
【湊】ありがとう。じゃあ行ってくる。
【暦深】頑張れ!
【鋭理】踏ん張りどころだぞ。
【福音】頑張ってください。
口元を緩めた湊は、スマホをポケットにしまう。校舎の玄関口を、胸を張って出た。
不安はない。これも彼女たちのおかげだ。
「持つべきものは親友だな」
そう湊は思った。
◆◆◆
スマホから視線を外す暦深、鋭理、福音。
彼女らの前では、航平が機嫌良く話し続けている。
いつものように相づちを打ちながら、彼女たちは思った。
(みーくんは、私を親友として紹介するつもりなんだろうね)
(だが、もうそれでは満足できない)
(私は湊君と――特別な関係になりたいです)




