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31話 「脱げ、私が診る」肉体至上主義な彼女の暴走。清楚なお姉様に嫉妬して押し倒される件


 冴島家のリビングは、家の外観と同じくとても綺麗に整えられていた。


「お茶を淹れてくるわ。天宮君はソファで寛いでいてね」


 そう言って、詩織はキッチンへと向かう。スリッパがパタパタと小気味よい音を立てる。

 隣に座った鋭理が呟く。


「姉さん、上機嫌だな」

「そうなのか」

「ああ。足音を聞けばわかる。最近では珍しいくらいの上機嫌だ。ああいう姉さんを見ると、私も嬉しい」


 言葉とは裏腹に、鋭理は思いっきり不機嫌な顔をしていた。湊は小さく息を吐いて、ソファに背中を預ける。鋭理のように、相手の肌に触れて内心を探るようなスキルを彼は持ち合わせていない。


 代わりに、別の話題を振った。


「それにしても、自宅のカギをうっかり落とすなんて。鋭理は自分の肉体以外のことは、案外抜けているんだな」

「あれは! その……普段慣れない動きをしていたからだ」

「そんなアクティビティあったか?」

「あったんだ。私にとっては!」


 キッチンから笑い声が聞こえた。詩織が「鋭理はそういうところあるのよね」と言うと、「姉さん!」と鋭理が抗議の声を上げた。


(これが家族か)


 湊は、ふたりのやり取りを感慨深げに見ていた。思えば、自分と結もかつては同じようなやり取りをしていた。


(予想外の経緯だったが、鋭理の家族と会えてよかった。俺も結と、こんな風に話せる関係を取り戻さなければ)


「ミナト」

「ん?」


 ふと、鋭理が手を伸ばしてきた。いつものように首筋に手をやったかと思えば、スッと湊の肩に触れた。

 さらに、襟元から手を入れ、湊の肩や二の腕の肌を直接触ってくる。


「筋肉がわずかに熱を持っている。怪我をしたのか」

「パルクールをしているときに、少しな。だが大したことはない。ケアすれば数日で痛みは消えるさ」

「お前ほどのスキルの持ち主が、そんなヘマをするか?」

「俺だって人間だぞ? ミスくらいする」

「ほー……」

「おい。その目は何だ、その目は」

「別に。てっきり、姉さんに手を出したときに名誉の負傷でもしたのかと思っただけだ」

「どう考えても言葉の使い方がおかしい」


 なおも至近距離からじっとりと睨んでくる鋭理に、湊は困惑した。

「鋭理、離れなさい。さすがに失礼でしょう」と詩織がやんわりとたしなめた。カップと菓子を載せたトレイを手に、こちらへとやってくる。


「天宮君は、男の人に絡まれて困っている私を助けてくれたのよ。天宮君、改めてお礼を言わせてね。ありがとう」

「いえ。ハーブティー、いただきます」

「このクッキーもよかったら召し上がれ。はい、どうぞ」


 さりげなく湊の隣に座った詩織は、細い指でクッキーをつまみあげると、湊の口に差し出した。

 反対側に座る鋭理が、また目を細める。


「姉さん。距離が近くないだろうか」

「そうかしら。天宮君は私のせいで怪我をしてしまったのだから、このくらいはしてあげたいわ」

「ほほーぅ」


 鋭理が肩を掴む手に力を込めたので、湊は顔をしかめた。

 ニコニコ顔の姉と対照的に渋面を浮かべた鋭理は、突然立ち上がった。


「ミナト、そこにいろ。まだ帰るな」

「いいのか?」

「いい。それから姉さん、救急箱は出さなくていいから」


 そう言うなり、鋭理は踵を返した。早足で二階の自室へと向かっていく。

 きょとんとする湊。詩織が笑った。


「私が天宮君の手当をするのが嫌なのね。かわいい子」

「はぁ」

「その反応! 本当に天宮君は、女の子に対してフラットなんだね」


 詩織が握りこぶしひとつ分ほど、距離を詰めてくる。湊を見上げる瞳には、感謝と親愛の気持ちが込められていた。


「天宮君のような子が、鋭理と友達になってくれてよかった。学校での鋭理は、あまり人付き合いが得意ではないでしょう? でも、家族思いで、とても優しいの」

「わかります。世間一般からみれば、鋭理の考え方は独特なのでしょう。でも、この公爵にしてみれば共感するところ大です。特に、冴島さんとの関係は大いに学びたい」

「詩織でいいわよ、湊君」


 詩織は、鋭理が去っていった方向を見つめた。


「最近の鋭理、少し変わってきた。感情表現が豊かになったわ。とても良い傾向。きっとあなたのおかげね。ありがとう」

「詩織さん。鋭理が身体感覚を重視することは、彼女らしさの表れです。どうか否定しないであげてほしい」

「……本当、あなたがいてくれてよかった。ねえ湊君、連絡先を交換しない? これからも鋭理のことで、色々と相談したいの。あの子のことを、家族以上に思ってくれるあなたと、私は話したい」

「ぜひ。俺も、鋭理が『理想の家族』と言う詩織さんたちとお近づきになれるのは、とても嬉しいです」

「ふふ。私も嬉しい」


 淑やかに微笑む詩織。彼女はしばらく湊の横顔を見つめてから、ゆっくりとスマホを取り出した。

 互いの連絡先を交換した直後、鋭理が救急箱を持って下りてきた。妹の姿を見た詩織が、スッと湊から半歩距離を取る。


「ミナト、脱げ」

「は?」

「私が治療する。だから脱げ。お前の筋肉を直に感じさせろ」

「お前、俺がフォローした直後にそのセリフはない」


 呆れつつも、湊は上着を脱いだ。

 露わになった上腕二頭筋をぼーっと見ていた詩織は、ハッとして立ち上がった。


「そ、それじゃあ私は着替えてくるわね。ごゆっくり」


 詩織が自室に戻り、リビングには湊と鋭理のふたりだけになる。


「あんな姉さんは、初めて見た」


 手際よくテーピングをしながら、鋭理が呟く。


「家族思いの、いいお姉さんだな」

「うん。私の自慢だ。綺麗で、優しく、聡明だ。だから、お前が姉さんをたらしこむと非常に複雑な気分になる」

「たらしこんでない」

「どうだか」


 テープをはさみで切る。手当を終え、鋭理は湊の腕をそっと撫でた。自らに言い聞かせるように口にする。


「肉体感覚が私の拠り所だ。お前もそうだと信じている。だから、お前の身体の変化は私にもわかる。それが親友というものだろう」

「俺の怪我にすぐ気付いたのも、お前だからかな」

「私は、自分自身を変えられない。今まではそれで構わないと思っていたが、感覚を共有できる親友がいるというのはこれほど心強いものなのだな。同時に、気になってしまう。家族と同じくらいに」

「鋭理……」

「また、あの山に登ろう、ミナト。私はもっとお前と同じ時を過ごしたい」


 ふと、鋭理がニヤリと笑った。


「知ってるか? 空蝉の爪痕を高校生ペアがクリアしたと、界隈ではちょっとした話題だぞ。また伝説を作ろうじゃないか。ふたりで」

「うむ。いいな、伝説」

「だろう? ということで、シャツも脱げ。他に疲労箇所がないか、くまなく調べてやる。親友だからな」

「おい」

「脱げ」

「おい!」


 押し問答しているうちに、湊はソファに押し倒された。

 ちょうどそのときに詩織が戻ってきて、鋭理は叱られた。しゅんとする彼女の姿は、いたずらがバレたシベリアンハスキーみたいだな、と湊は思った。




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