29話 袋小路からのお姫様抱っこ。超人的パルクールで清楚美人を救い出す件
――それから20分後。
校舎の壁に背を預けていた湊は、走ってきた田島を見て、組んでいた腕をほどいた。
「どうだった」
「おかげさまで一歩前進だぜ!」
親指を立ててはにかむ田島に、湊は拍手をした。
田島によると、さすがに即答OKはもらえなかったらしい。
けれど、湊のアドバイスに従って相手の女子生徒にアピールした結果、友人関係から始めることができた。
連絡先を交換し、さっそくやり取りもしていたので、相手も前向きなのは間違いないようだ。
「これもお前が助けてくれたおかげだぜ。ありがとな、天宮!」
「俺は何もしていない」
首を横に振る。ちらりと見えた相手の女子生徒の姿を思い出す。笑顔が可愛く、髪が長く、やや小柄で――3女神の特徴が少しずつ見られる子だった。
「少し離れたところから見ていたが、相手も田島のことを気にしているみたいだったし、お前なら誠意と熱意を見せれば上手くいくと思っていたよ」
「ほ、本当か?」
「ああ。だから前に言っただろ。『お前は良い奴だ』って。あの子なら、お前の良いところをちゃんと見てくれるはずさ。焦らず、関係を深めていけばいい。この先も頑張れ」
「あまみやぁ! おまえってヤツはぁっ!」
田島が感極まって抱きついてくる。ハグはプロの試合で慣れっこだったので、湊はそのままにしておいた。
「ほんとーに感謝する! ありがとう! お礼に、天宮の親友作り、オレも手伝うぞ。それで? 今度はどこの部活に突撃するんだ?」
「いや、部活に潜入するのはもう止めようと思う。俺の『親友』、見つかったんだ」
湊はスマホを取り出す。連絡先には、暦深、鋭理、福音の名前が並んでいた。
命を預けられる相手。
秘密の過去を打ち明けられる相手。
財産を共有できる相手。
暦深たち3人の少女と距離を縮めたことで、湊は「彼女たちこそ親友に相応しい」「親友になりたい」と思うようになった。
(もう過去の過ちは繰り返さない。どんなに辛くても、俺がみんなから離れるような真似はしない。暦深と、鋭理と、福音と、絆を少しずつ作っていくんだ)
「……きっと、結も認めてくれる。前みたいな暮らしを取り戻すことができるんだ」
「天宮?」
「すまない。こっちのことだ」
「何かワケありっぽいな。親友が見つかったってことは、やっぱりあの3女神のことだろ? 何かあったらさ、遠慮なく言ってくれよ。オレはお前の味方だからサ!」
「心強いよ、田島。ならばこちらも、『ノーデリカシー公爵』と呼ばれた力をいつでも提供すると約束しよう」
「ノーデリカシーはノーセンキューだな」
「……ノーデリカシーは不要なのか?」
「何でちょっとショックを受けてんだよ。自信持ちすぎだろ、ノーデリカシーに」
そう言って笑った田島は、先に下校していった。今度、彼女と会うときのプランを色々と考えるらしい。
「さて。俺も帰るか」
「あ! ちょっと、そこの君! 確か、1年の天宮君だっけ」
1階の保健室から養護教諭に声をかけられた。
「ちょうどいいところに。君に頼みたいことがあるんだけど」
「はい。この公爵になんなりと」
「本当に他の先生たちが言ったとおりの子なんだねえ」
感心しながら、養護教諭は湊を手招きした。
「天宮君は、午前中保健室にお見舞いに来てたわよね。あの場にいた女子生徒の中に、イニシャルがS・Eの子っている? その子と親しいのかな」
「S・E……冴島鋭理ですね。ええ、もちろん」
「じゃあお願いだけど、これを届けてもらえないかしら」
手渡されたのは、小さな革製のキーホルダーが付いたカギだった。キーホルダーの表面には『S・E』とイニシャルが記されている。
「登校日まで預かっててもいいんだけど、家のカギだったら大変だと思うから。一応事務の先生たちには、私から報告しておくわ。お願いできるかしら?」
「わかりました。預かります」
カギを受け取った湊は、さっそく鋭理に連絡した。ちょうど学校に問い合わせをしようかと考えていたタイミングらしい。
:ちょっと待ってろ。すぐ届ける。
:すまない。助かる。地図を送るから、私の家まで来てくれるか?
:もう家に戻ってるのか? 今日は相沢と一緒だと思っていたが。
:早めに解散になった。さすがに今朝のことがあったから、コウヘイも気まずかったらしい。
了解、と返事をして、湊は小走りに学校を出た。
スマホの地図を頼りに鋭理の家に向かっていると、ふと、首筋のあたりがチリッと粟立つ感覚がした。
(何だ? 誰かに見られてる?)
半年間、師匠と山ごもりをしていたせいで、危険な気配や自分に向けられた敵意には少し敏感になっていた。
(とはいえ、ここは平和な街中だぞ。そんな危険な野生動物なんて)
そう思ったとき、「やめてください」と声が聞こえた。
辺りを見回すと、路地の奥で、女性がひとり、男たちに絡まれている。
女性は大学生くらいの、清楚な印象の美人だった。
対する男たちは、ゲラゲラ笑いながら女性の肩に手を置いている。
「えー、ぶつかってきたのはそっちじゃん」
「それは、本当に申し訳ありません。ですが」
「まあ、こういうのが運命の出会いっていうんだよね。お姉さん、俺たちと絆、深めちゃう? お姉さんなら大歓迎だよ?」
男のひとりのセリフに、連れがまたゲラゲラと笑う。そのまま強引に女性を連れていこうとしていた。
湊は小さくため息をつき、鋭理に「少し遅れる」とメッセージを送った。
(絆を深めることを、ああいう風に軽々しく言わないでほしい)
そして、女性と男性たちの間に堂々と割って入った。
「すみません。この方、嫌がっていますので」
「あ? 何だお前」
「公爵です。こういう絆の深め方は見過ごせない」
「マジで何なんだお前」
鬱陶しそうに睨んでくる男たち。
湊は怯むことなく、正面から睨み返した。
プロ時代、柄の悪い年上ゲーマーとも交流してきた湊にとって、彼ら程度のやんちゃぶりはむしろ可愛いくらいだった。
(ましてや、俺は一度死んでいるんだ。それに比べれば、怖がる必要は皆無だ)
「解放を」
「……なあお姉さん。こんな気味の悪いガキは放っておいて、俺たちは行こうぜ」
男たちは、湊を追い払うより、女性を連れてさっさと退散することを選んだらしい。彼女の両肩を掴んで、連れていこうとする。
湊は素早く状況を確認した。
ここは袋小路。
女性は壁を背にしていて逃げ場がない。
仮に彼女の手を引いて逃げたとしても、すぐに追いつかれそうだ。
暴力沙汰は公爵の流儀じゃない。第一、親友の鋭理を待たせている。
(仕方ない)
「すみません、ちょっと失礼します」
「え? ――ひゃっ!?」
「揺れます。すぐ終わりますから、少しだけ我慢してください」
「揺れ……? あの、それより手が――きゃっ!?」
男たちの隙を突いて、女性を抱え上げる。彼女の細い腰と柔らかな太ももを、片手でしっかりとホールドする。
女性が赤くなって慌てるが、ノーデリカシー公爵は気にしない。
(推定重量45キロ。重心のブレはやや左。冬山装備を担いだときより、むしろ楽だ。これならいける)
冷静に判断する湊。彼の横顔を見て、女性は腹を決めたように黙り、湊の服を握りしめた。
「な、何すんだガキ!」
「やる気かコラ!」
いきりたつ男たち。湊は彼らに背を向けた。
真正面には敷地を隔てる壁がある。これがあるから女性は逃げられないでいた。
視線を、壁際に設置された古い物置に向ける。
(前も駄目、後ろも駄目なら――上だ)
女性を抱えたまま、飛び上がる。空いていた手を物置の庇にかけ、一気に身体を引き上げる。
その勢いを殺さないように、すぐ頭上のベランダへよじ登る。
さらに隣のベランダへと跳躍、そこから壁向こうの敷地へと飛び降りた。
障害物を己の身体のみで乗り越える、パルクールの要領だ。
自分の身体能力を知り尽くした上で、恐怖を乗り越えなければできない超人的な動きであった。
ましてや、今の湊は女性を抱え、片腕が塞がっているのだ。
あっという間に視界から消えた湊と女性に、男たちは苛立ちも忘れて、ただひと言、呟いた。
「すげぇ」




