28話 「みーくん」呼びは救いの始まり? 親友拒否のギャル少女と秘密の約束を交わす件
「久路刻、どうして」
湊は尋ねる。どんなに周囲からドン引きされても前を向いていた『公爵』が、このときばかりはショックを隠せずにいた。
落ち込む湊を前に、暦深は心配と諦め、興奮と安堵が入り混じった、とらえどころのない表情をしていた。
湊の眼力でも、今の彼女が何を考えているのかつかめない。
「秘密」と暦深は一言呟いた。
それからフッと、彼女の表情が、いつもの茶目っ気があるものに戻る。
「ウソ。ちょっとだけ教えるね。親友になったらさ、お互いのことを深いところまで知らないといけなくなるでしょ? そうなったら、何だか取り返しがつかないことになりそうだからさ。そういうこと」
「取り返しのつかないこと?」
「これ以上は本当に秘密。えーりんやねねっち、それに――こーへーくんも、私のことを知らないし」
航平の名前を出したとき、彼女はわずかに躊躇った。
「でも、友達ならOKだよ。みーくん」
「みーくん?」
「そ。天宮湊くんだから『みーくん』。どう? イケてるでしょ?」
まさかニックネーム呼びを暦深の方から提案してくるとは思わず、湊は目を丸くした。
同時に、うっすら理解する。
(久路刻は、俺が嫌いだから拒否しているわけじゃないんだ。何かもっと別の……彼女だけが抱える悩みが原因に違いない)
明るく世話好きで、クラスみんなに優しいギャルの少女。
他人が踏み込んでくることを頑なに拒む、心の闇を抱える少女。
久路刻暦深は、そんな二面性の持ち主だった。
(きっと……生きづらいと思う)
これは自惚れかもしれないが――と湊は思った。
(みーくん呼びは、彼女なりのSOSなのかもしれない。俺が晶師匠の存在と言葉に救われたように、久路刻にも自身の闇を打ち明けられる人間が必要なのかもしれない)
心の中で「師匠、ありがとうございます」と呟いてから、湊はパッと笑顔を作った。
「それはイケてるな。ぜひ頼む。これから人助けするときは、俺も呼んでくれ。久路刻の――暦深の隣で、暦深がしんどい思いをしないようにする」
「みーくん……」
暦深が目を大きく見開く。それから、この教室に来て一番の笑顔で「うん!」と頷いた。
「あーあ、ホッとしたら何かお腹空いてきちゃった。みーくんがあんな真面目な話なんかするから、気を張っちゃったよ。さっきお昼食べたばっかなのにさ」
「すまん。ところで、お昼っていえば暦深の弁当は美味しそうだったな」
「ありがと。アレ、自分で作ってるんだ。うち、ひとり親だから」
片目を閉じる暦深。目を見開く湊。
「そう、か。お前も家族との絆を……」
「幼馴染の皆には内緒ね?」
少しだけ吹っ切れた笑みを浮かべて、暦深は言った。湊は頷いた。
◆◆◆
――放課後。
湊はいつものように教師から頼まれた雑用をこなし終えた。
教室に戻ると、すでに航平と暦深たち3女神の姿はなかった。一緒に帰ったらしい。
『こーへーくんは、放っておくとこじらせが悪化するタイプだから、今日は皆で帰ることにするよ。ねねっちのフォローはあたしとえーりんでやっておくから、心配しないで、みーくん』
休憩時間に暦深が言っていた言葉を思い出す。
『もちろん、ちゃんと言うべきことは言っておくから』
「これで相沢が少しでも態度を改めてくれればいいんだがな……」
望み薄かと思いつつ、湊も下校を始める。
すると、いきなり腕を掴まれた。
「天宮! よかった、まだ残ってたんだな」
「田島?」
友人であるクラスメイトの様子に、湊は首を傾げる。田島は興奮した様子で辺りを見渡し、人気のない掃除用具入れの前まで湊を引っ張った。
「実は折り入って頼みがある。天宮、オレを男にしてくれ!」
「は?」
「実は――」
田島によると、彼には一目惚れした女子生徒がいるらしい。
その彼女に、これから告白しようというのだ。
「今どきダセぇかもだけど、ラブレターで校舎裏に来てもらうことになってる。それが今日、これからなんだ。だけどよぉ……直前になってめっちゃ緊張してさ」
「……? お前確か、昼休憩に相沢に言ってなかったか? 3女神と一緒なのは羨まけしからん、女の子とお近づきになる方法を教えろ――とか何とか」
「高難度ミッションに情報は必要だろ?」
「必要だな」
「これから大勝負に出るってのに、ソワソワしまくってたら成功するモンも成功しないだろ!?」
「しないな」
あっさり頷く湊。田島は我が意を得たりと、湊に迫った。
「だから今日はできるだけ普段通り過ごしてきたつもりなんだけどよ……いざそのときが近づくと、もう不安で不安で。天宮! オレに成功の秘訣を教えてくれ! いや、秘訣でなくてもいい。オレに勇気をくれ!」
「清々しいほど青春してるな。お前のそういうところが魅力だと思うぞ」
「そういうの、もっとくれ!」
湊は腕を組んで考えた。
プロ時代、年上の同僚から聞いたことがある。
「とにかく、自分が相手に興味関心を持っていることを示すといいらしいぞ。言葉や態度を使って、全力で伝えるんだ」
「なるほど! ……え? でも引かれない?」
「返報性の原則ってやつだ。それにな田島、お前の目の前にいるのは誰だ? 数多くの女子たちにドン引きされ、キモがられようと、自らの信念を曲げずに親友を得た公爵だぞ? きっと上手くいくさ」
「そうか! ……そうか?」
こういう素直なところも田島の魅力である。
「お前には世話になっている。応援してるぞ、田島。よかったら、結果が出るまで近くで待機していようか?」
「ゲームっぽい言い方がちょい気になるけど……サンキュ! 恩に着る!」
「よし。行ってこい。お前がヒーローだ」
「おっしゃあ! やるぜ!」
「コンテニュー不可だからこそ燃える戦いが待っているぞ」
「そこで不安にさせるのヤメて!」
湊は笑いながら、田島の背中を押した。
(告白か)
ふと、暦深たち3人の顔が脳裏に浮かぶ。
(……ふ。まさかな。彼女たちは唯一無二の親友だ。恋人じゃない)




