15話 クライミングも上級者な湊、孤独なクール少女と断崖絶壁で心を通わせデレさせる件
――週末の休日。
湊はひとり、バスに乗って郊外の山の中を訪れていた。
先日のショッピングモールでの『お誘い』で、早速一緒にクライミングをすることになったのだ。
ところが、鋭理から来た連絡には『現地集合』の文字。添付された地図は山のど真ん中だった。
最寄りのバス停に降りた湊は、スマホ片手に苦笑する。
「こりゃあ、本格的な山登りだ。こんなところに現地集合とか、冴島は変わってるな」
自分のことを棚に上げ、湊は山道へと足を踏み入れる。
ほとんど獣道同然の道を、分厚い登山靴で踏みしめる。クライミング用の道具を詰めたリュックの重さが肩に心地よい。
湊は、久しぶりの登山に自然と気持ちが上向いていた。
やがて、指定された場所に到着する。
そこに現れたそそり立つ岩壁に、湊は目を輝かせた。
事前に調べた情報だと、ここは『空蝉岩壁』と呼ばれるクライミングポイントらしい。
「地元にこんな場所があるなんて知らなかった」
「来たか、天宮」
岩壁の麓に鋭理が立っていた。すでに彼女はクライミングスタイルで、準備万端な様子だ。
荷物を下ろし、自分もその場で着替えながら湊は文句を言った。
「まったく。地図だけ寄越して自分はさっさと現地でスタンバイしているんだものな。来るの大変だったぞ」
湊としては軽口のつもりだった。実際、この程度の登山は湊にとってハイキングも同然。てっきり鋭理に「嘘つけ」と言われるものだと思っていた。
しかし、鋭理から返事がない。
顔を上げると、彼女は視線を逸らしていた。
「冴島?」
「いや、あまりに堂々と着替え始めるから」
「冴島は気にしない奴と思ってたが」
「私もそう思っていた。あまり聞かないでくれ!」
鋭理の答えが理解できず、湊は首を傾げた。
準備が終わり、ふたり並んで岩壁の下に立つ。
鋭理が咳払いした。
「今日登るのはここ。中川・羽間戸ルートだ。難易度は5.12b」
「5.12bって、上級者一歩手前じゃないか」
湊は目を瞬かせた。
5.12bとは、デシマルグレードと呼ばれるクライミングの難易度を示した数字だ。数字が増えるほど難しくなり、クリアしたグレードが本人のクライミング能力の水準となる。
オンラインゲームで言えば、『マスターランク』とか『名人』とか、そういった階級分けにあたる。
人にもよるが、5.12bは中級者と上級者を分けるレベルといえる。
鋭理は満足そうに頷いた。
「デシマルグレードがわかるのか。さすが天宮だ。私の周りには、グレードについて話せる人間がいなかったからな」
(冴島、嬉しそうだ)
4月始めに駅で初めて会ったときには、こんな風にワクワクした表情を見せる女子とは思わなかった。
「私はこっちの羽間戸ルートを行く。お前はあっちの中川ルートだ。途中の岩棚で合流だな」
そう言われて、湊は岩壁を見上げた。
確かに、高さ10メートルほどの地点にせり出した岩棚があった。どうやらあそこでルートが合流するらしい。
岩棚から先はさらに険しいルートになっているようだ。ちょうど中間ポイントに休めるスペースがあるのはありがたい。
装備を整えながら、中川ルートの取り付きに向かう。凹凸が複雑に組み合わさった、なかなかテクニカルなルートだ。
すると、鋭理が話しかけてきた。
「天宮は、クライミングをどこで習ったんだ?」
「半年ほど師匠に付いて教えてもらった。割と冗談じゃなく命がけのルートばっかり登らされたよ。まあ、そのおかげでゲームのトラウマを忘れられた」
「なるほど。どうりで中川ルートを見ても平然としていられるわけだ」
ぱし、と岩の突起に手をかける鋭理。
「じゃあ、お前のその身体で見せてくれ。どこまでやれるかを」
「ああ。公爵にかかればどうってことないと見せてやるさ」
湊もまた、岩壁に手をかけた。
自然を相手にしたフリークライミングでは、ルートの見極めが大事だ。
クライミング歴半年程度の湊が、上級者レベルの壁を登れるのは、この見極めに長けていたからだ。eスポーツプレイヤーとしての観察眼が生きた形である。
順調に登っていく。ルートの難易度はさほど変わらないのに、鋭理は攻略が早かった。
勝負師の血が騒ぐ。
(さすが。俺も負けていられない)
「天宮! 私はな!」
ふと、鋭理が声を張り上げた。壁に取り付きながら、自分の胸の中に秘めていた思いをぶちまける。
「私は! 自分の肉体でどこまでできるのか試してみたい。そう思いながら毎日を生きている! 今、この瞬間、この身体が教えてくれる熱、感触、筋肉の動きが、私のすべてなんだ! 私にとって、この感覚以外は全部ノイズだ。けれど、誰も認めてくれない。わかってくれない!」
「だから山か! なるほどな!」
負けじと湊は叫び返す。
「俺も師匠との暮らしの中で、何度か感じたぞ! 身体も精神も全部、何か大きな存在と一体化したような最高の気持ちだ! お前にとって、身体の感覚が『世界そのもの』ってことだな、冴島! 最高にクールな生き方だ!」
湊は笑みを浮かべながら伝えた。
鋭理の動きが止まった。
しばらくして、さらに大きな声で鋭理が叫んだ。
「天宮! 私はな!」
「おう!」
「私は、嬉しい! 初めて、私のことをわかってくれる人間に出会えた! とても素敵だ!」
「おう、そうか!」
「天宮!」
「おう、何だ!」
「何でもない!」
「おい! まったく、告白でもするのかと思ったぞ!」
がらん、がらん!
小石の落下する音が聞こえ、湊は慌てて鋭理を見た。
鋭理が額に汗を浮かべながら壁面にへばりついていた。どうやらグラついていた突起部分を踏んでしまったらしい。
「おーい、気をつけろ!」
「誰のせいだと思っている、馬鹿!!」
赤い顔で叫び返される。湊は自分を恥じた。
(確かに、『告白でもするのかと思った』は余計なひとことだった。あのタイミングで名前を呼ばれたから、まさかと思ってしまった。自意識過剰だな、俺は。まったく恥ずかしい)
「すまなかった! 馬鹿なことを聞いた!」
「馬鹿なことと言うな!」
「どっちだよ!」
「馬鹿!!!」
理不尽な、と湊は呟いた。




