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16話 困難なルートをふたりで攻略。心も身体も結びつけて、ひとり目の『親友』を作る件


 中継地点の岩棚には、ほぼ同時に到着した。

 畳2枚分ほどのスペースだが、休憩には十分すぎるほどの広さだ。

 端の方に予備のザイルがストックされている。おそらく、鋭理が事前に運び上げたものだろう。


「――で? お前はいつまでそんなとこに座っているつもりだ」


 湊は呆れたように声をかける。

 岩棚の端っこで、鋭理は湊に背を向けるようにして座っていた。


「……スペースが足りない」

「いや十分だろう。もっとこっち寄れよ」

「心音が落ち着かないんだ」

「まさかの高山病か? そんな高度じゃないだろう」

「馬鹿」


 渋々といった様子で鋭理が身体を寄せてくる。

 それから、彼女はぽつりと言った。


「さっきはすまなかったな。怒鳴ったりして」

「気にしてない。なにせ俺はノーデリカシーの公爵様だからな。入学からこっち、何度怒鳴られたことか。すでに耐性スキルはゲットしている」

「ふふっ。そうしているとゲーマーだな、お前は」

「冴島こそ、さっきの登りっぷりは立派なクライマーだったぞ。良い勝負だった」

「いや、ここからが本番だ」


 鋭理は立ち上がり、頭上を指差した。

 そこには、まるで巨大な斧を突き立てたように、岩壁に深い溝が刻まれていた。下からだと岩棚に隠れて見えなかったのだ。

 溝の内側を見ると、不規則なクラック(割れ目)が走っている。


「『空蝉の爪痕』と呼ばれる場所だ。まだ誰も踏破できていないルートになる」

「まさか、ここを攻略する気なのか?」


 頷く鋭理。湊は表情を引き締めた。


「勇気と蛮勇は違う。冴島ならわかるだろう」

「うん。限りなく蛮勇に近いアタックだと私も思う。だが、それは私ひとりで登るならだ」


 鋭理は湊の顔をじっと見つめた。


「天宮となら、行ける」


 先ほどまでの羞恥や戸惑いは消え、ひとりのクライマーとして鋭理は断言した。

 湊は大きく息を吐き、そして笑った。


「OK、わかった。ザイルパートナーに選んでくれた期待には応えるよ。それに――正直に言うと、今、すごく嬉しいんだ」

「私とザイルを組むのが嬉しい、のか?」

「ああ。俺は『親友』作りに妥協したくない。だから親友の基準をいくつか決めてる」


 身につけていた小型のリュックから、アタックをかけるための道具を見繕いながら、湊は言った。


「そのひとつが、『ザイルを結ぶように、命を預けられる相手』だ」

「……!」

「俺は本気だ。お前はどうだ、冴島」


 彼が差し出したのはクイックドローと呼ばれる登山用具だった。スリングの両端にカラビナがついたもので、ここにザイルを通して安全を確保する。

 鋭理は、クイックドローを受け取った。


「師匠お墨付きの特注品だ。存分に活用してくれ」

「うん」


 湊のクイックドローをベルトに固定し、鋭理はザイルを手に取った。


 準備を整え、『空蝉の爪痕』の前に立つ鋭理。湊は岩棚の上でザイルを保持し、鋭理のアタックをサポートする。

 

 鋭理は割れ目を見上げた。


「最速で終わらせる」

「いいね。チャレンジングだ」


 湊のセリフに不敵に笑ってから、鋭理は岩壁に取り付いた。


 未踏のルートには、ザイルを通すカラビナが設置されていない。自分で適当なポイントに設置する必要があった。

 スマホの厚さくらいしかない突起に指をかけ、身体を持ち上げる。岩の割れ目に固定用のカムを差し込み、ザイルを通すビレイ(確保)ポイントを作る。


(さすがの身体能力だな、冴島)


 下からザイルを繰り出しながら湊は思った。

 登るのは鋭理だが、湊にもできることはある。


「冴島! 一度左に移動しろ。そこならニーロックで休める。ルートもそちらからの方が確実だ!」


 声をかけると、鋭理はその通りに動いた。ニーロック――膝を立ててつっかえ棒にすることで身体を安定させる技術で腕を休ませる。

 ふと、鋭理が親指を立てて見せた。湊も同じ仕草で応える。


 休憩もそこそこに、鋭理は再び登り始める。最初よりもさらに大胆な動きで距離を稼いでいく。


 やがて、『空蝉の爪痕』最大の難所にさしかかった。溝が途中で途切れている。ここからさらに上を目指すには、一度溝から抜け出さないといけないポイントだ。

 例えるなら、2階の窓から屋根の庇に飛び移るようなものだ。


 立ちはだかる岩壁の割れ目にカムを差し込む。そして、湊が渡したクイックドローをカムに装着した。これでザイルを通せば、安心して身体を保持できる。

 湊は表情を引き締めた。鋭理の動きが、一瞬、油断したように見えたのだ。


 次の瞬間、鋭理が足を滑らせた。もろくなっていた箇所を踏んでしまったのだ。

 未踏のルートだからこその、自然の罠。


「――っ!?」


 鋭理が息を呑む。

 このまま滑落すれば、大怪我は免れない。

 

 だが、湊は予見していた。

 こういうときのため、ザイルパートナーがいるのだ。


「ふんっ!」


 下にいた湊は、全力でザイルを引っ張った。

 鋭理の身体が空中で支えられ、ゆっくりと下りてくる。


 岩棚まで下りてきた鋭理を、湊は落ちないよう慎重に抱き留めた。

 鋭理の鼓動が激しい。息も荒い。湊は同情した。いかに鋭理と言えど滑落の恐怖は無視できないのだろう。


 湊の胸に顔を埋めていた鋭理が、ぽつりと呟く。


「……聞こえる、お前の心音。落ち着くリズムだ」

「冴島?」


 鋭理の呼吸が落ち着いていき、肩の震えも収まる。ただ、彼女の鼓動だけは速いままだった。


 ふたりの顔が目の前にある。


「助かった。天宮」

「惜しかった。もう一度チャレンジするか」

「うん」


 鋭理は頷く。しかし、いつまで経っても湊から離れようとしない。

 彼女は湊の目を見て言った。


「天宮の顔、よく見えた。覚えた」

「今更?」

「私にとって、顔認証はノイズなんだ。本当に大事な人間しか、覚えない。覚えたことがない」

「冴島……」


 鋭理が離れる。柔らかい笑みで頷いてから、彼女は再びアタックを開始した。


 ――その後、湊と鋭理は協力し、ついに『空蝉の爪痕』を攻略した。

 ふたりで、新しいルートを開拓したのだ。


 岩壁の頂上に並んで腰掛け、湊たちは深緑の森を見下ろした。春から初夏に移り変わる間際の爽やかな風が、火照った身体を気持ちよく駆け抜けていく。


「俺は、師匠からザイルを結ぶことの大事さを教わった。一蓮托生、命を預け合う感覚は特別だった。あの気持ちを共有できる奴と親友になりたいと思ったんだ」


 湊は言った。鋭理は景色を眺めながら、静かに聞いている。ふたりの身体は、肩が触れ合うほど近かった。


「冴島のクライミングに対する姿勢は、師匠に似ている。お前と一緒にこの難所を攻略して、同じ感覚を共有できる相手だと思った」

「うん。私もだ」

「なあ、冴島。俺の『親友』になってくれないか?」


 鋭理は長い髪をかきあげた。白い歯を見せ、今日一番の笑顔を見せてから、ふいっと視線を外した。


「いいだろう。ただし、条件がある」

「条件?」

「今日は、私の心拍数が落ち着くまでここにいろ。いいな、ミナト(・・・)!」




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