14話 湊と息ピッタリで無双したクール少女、モブ男の前で「付き合って」と迫る件
「ん? どうした、天宮」
「いや……別に、何も」
「珍しい。歯切れが悪いな」
怪訝そうにする鋭理に苦笑で答えながら、湊は動揺していた。
(一瞬だったから、見間違えた? いや、それはない。じゃあ、冴島もホクロの君だった? 久路刻のことは思い違いなのか? どちらかが偶然? あるいは両方?)
頭を振る。じっと鋭理の顔を見つめると、彼女は表情を変えずに小首を傾げた。意外に可愛らしい仕草をするのだなと思った。
(意外……そうだ。今のイメージが彼女の全てじゃない。1年後にどうなるかもわからないんだ。確かなのは――冴島鋭理。彼女も俺が見守りたい人物になったということ)
「天宮?」
「……ジャケットのセンサーは十分な性能みたいだ。肌に直接着けようとするのは、さすがにやりすぎだと俺も思う。ただ、気持ちはわかる。戦場の緊張感は、肌で感じてこそだ」
内心を誤魔化すため、湊は早口で言った。鋭理は、湊の動揺に気付いた様子もなく「プロゲーマーでもそうなのだな」と満足そうに頷いた。
「では行こうか、天宮。クライムオンだ」
「登山じゃないぞ」
「『戦場』なのだろう? 似たようなものだ」
連れ立ってブースへ向かう。
湊たちの背中に向けて、暦深たちが声援を送る。航平だけが顔をしかめて不満そうであった。
「プロって言ったって、どうせ『元』だろ。案外、ただの強がりだったんじゃないのか」
湊の耳は、対戦中でも状況を把握するために物音や人の声に敏感である。特に、今のように集中力を高めた状態では、航平の愚痴程度なら容易に聞き分けられる。
湊は振り返って、胸を軽く叩いた。「まあ見ていろ」というポーズだった。直後、まったく同じ仕草を鋭理も真似してみせる。
彼女と組むのが、さらに楽しみになってきた。
――準備が整い、ゲームスタート。
(へえ。これはすごい)
開始早々、湊は内心で感嘆の声を上げた。
普通にオンラインプレイするのと変わらない操作感なのだ。むしろVRになった分、没入感は格段に上がっている。
隣を見ると、鋭理が両手を広げている。まるで日光浴をするような仕草だ。
「行くか」
「うん」
それがふたりの合図となった。
湊が床を蹴る。鋭理も床を蹴る。
ブース内の壁を三角蹴りの要領で飛び上がり、空中で半回転。
さらに、お互いの身体を交互に踏み台にして頭上に手を伸ばす。
ふたり揃ってバク宙。
まるで、ダイナミックで激しいダンスを踊っているかのような動きだ。それでいて、ぶつかったり倒れたりすることは一切なかった。
ふたりの間に、言葉はない。
呼吸と空気の流れ、そして互いが発する雰囲気によって、動きをシンクロさせているのだ。
まさに一心同体。
ブースの中の動きだけでも、衆目を集めるのに十分だった。
◆◆◆
「わあ……!」
「ふたりともすごい」
暦深と福音が興奮したように呟く。
航平はモニターに釘付けだった。
「嘘だろ……ありえねえ」
モニターには、湊たちのプレイ画面が映し出されている。
航平が手間取っていたルートを、湊と鋭理はとんでもない速さでショートカットしていた。
瓦礫を迂回するのではなく、飛びついて乗り越えている。
10センチくらいしかない鉄骨オブジェクトの上を、ほとんどノンストップで駆け抜ける。
どう考えても落下ダメージで死ぬような高さから、平気で飛び降りる。そして落下途中で障害物に手をかけ、落下の勢いを殺す。
実際にプレイした航平にはわかる。あんな真似は不可能だ。絶対に酔う。
いや、それ以上に――怖くて出来ない。
「何だよ、何なんだよ。なんであいつは、あんな動きができるんだよ。おかしいだろ!?」
航平が顔面蒼白になりながら呟く。
そこへ、ブースの中から笑い声が聞こえてきた。
「ははは! いい気持ちだ! まだ、まだいけるぞ!」
鋭理だった。
本能のままに動いていると伝わってくる。
まさに縦横無尽。天衣無縫。
『自分とは次元が違う』と、航平は思い知った。
規格外のプレイングに、高難度CPUも大混乱していた。明らかに振り回されている。先ほどの航平たちとはまるで立場が逆だった。
CPUの1体と接敵――したかと思えば、あっという間に撃破した。鋭理が通りすぎると同時にCPUはその場に倒れる。
福音の目の色が変わる。
「あの動き、本当にすごい」
「な、なにねねっち。えーりんたちが何をしてるのかわかるの? あたしにはスゴすぎて何がなにやら」
「鋭理さん、初期の近接武器一本で攻撃してます。たぶん、射撃の操作方法を理解してないんです。本当に自分の思うままに動いてる」
「え? でもさっき敵を倒してたよ?」
「はい。鋭理さんの動きを影で支えているのは、天宮君です。鋭理さんが接敵する直前、天宮君が絶妙なポジションからピンポイントショットを決めたんです」
普段は見られない、興奮した早口で福音が戦いの凄さを力説する。手にはスマホを握っていた。
「最初は、鋭理さんと天宮君はこっそり隠れて練習してたんじゃないかって思ってました。そうじゃないと、あんなに息の合ったプレイはできない……。けど違ったんです。鋭理さんは、あくまで自分の本能のまま、全身で動くことを楽しんでいるだけ。そこにぴったりと息を合わせ、ゲームプレイとして成立するように先導したのは、天宮君の力」
「ちょっと待てよ、福音」
航平がやってきた。「間違っていると言え」とばかりに福音に迫る。
「じゃあ何か? あのありえないプレイは、全部天宮のおかげだってのかよ?」
「そうです!」
福音に勢いよく断言され、逆に航平がのけぞった。福音の興奮は収まらない。
「パートナーの技量を理解し、かつ最大限に引き出して最高の戦果を挙げる。こんなプレイングを実際に目に出来るなんて! すごい。ふたりとも本当にすごい!」
「ちっ」
舌打ちして航平が視線を外す。
まさにそのとき、モニターが「Finish!」の文字を映し出した。
圧倒的成績で、湊と鋭理は勝利したのだ。
◆◆◆
「こんなに楽しかったのは久しぶりだ」
ブースから出てきた鋭理は髪をかき上げた。普段のクールな彼女とは違った、溌剌とした笑顔がのぞく。
続いて出てきた湊は苦笑いする。
「本当に自由だな、冴島」
「私に遠慮することなかったのだぞ。お前ならもっと動けただろう、天宮」
「パートナーをサポートするのも嫌いじゃないんだよ。俺は」
軽口をたたき合いながら、拳を付き合わせる湊と鋭理。
それを見た航平が、誰にも聞こえないように呻く。
「何だよ。何なんだよ、こいつ。何でそんなに鋭理と通じ合ってんだよ。あんな鋭理、俺は知らねえぞ」
そのとき、航平は福音がスマホを熱心に見つめているのに気がついた。彼女は「これ、動画にできるかな」と呟いている。
イライラしていたせいか、福音への口調がきつくなる。
「おい福音。何見てんだよ、お前」
「わっ!? 航平君!?」
「……ん? お前、このアカウント」
「あ、何でもない。何でもないです」
すぐにスマホをしまう福音。その仕草が、さらに航平を不機嫌にさせた。
「わ、えーりん。すごい汗。着替えある? 買ってこようか?」
「このままで構わない。むしろ、心地よくてこのままでいたいくらいだ。まさか、ここまで肉体感覚がシンクロできるとは思ってなかった」
「それって、天宮っちのこと?」
「うん」
鋭理は振り返る。田島から受け取ったタオルで汗を拭っていた湊に、彼女は言った。
「天宮、私と付き合ってくれ」
「えーりん!?」
「鋭理さん!?」
「鋭理!?」
衝撃的な一言に、暦深、福音、航平が目を丸くする。
幼馴染みたちを尻目に、鋭理は湊に歩み寄った。真正面から顔を見つめながら言う。
「どうだろうか。天宮」
「ああ。いいぞ」
「天宮っち!?」
「天宮君!?」
「天宮!?」
再び驚愕の声を上げる幼馴染みたち。
湊と鋭理は首を傾げた。
「何をそんなに驚いている?」
「いや、だって」
「今度、山に登る。新しいルートを攻略しようと思っているんだ。だから天宮に付き合ってもらいたい。ザイルパートナーとして」
「……え? ザイルパートナー?」
「コヨミ、逆に何だと思ったんだ。お前は」
「どストレートな告白……みたいな?」
「告白なんて、そんなこと」
ふと、そこで鋭理が言葉を切った。胸に手を当てる。
少しだけ考える仕草をして、彼女は首を横に振った。
「いや、告白じゃない。なあ天宮」
「普通に『また一緒に身体を動かそう』ってお誘いだろ? この前、冴島は山の話題に食いついてたし、ゲーム始まる前だって『クライムオン』って言ってしな」
一瞬、沈黙が降りた。
「んだよ、脅かすな」と航平がぼやく。暦深と福音も大きく息を吐いていた。
きょとんとする湊に、航平が言う。
「天宮。鋭理のやつ、山登りが趣味なんだよ。付き合うってのは、まあそういうこと。だから勘違いするなよ」
「趣味じゃない。私そのものだ」
「話を混ぜっ返すなよ、鋭理! せっかくお前のためにフォローしてやってんのに」
「頼んでないぞ」
「あーもう!」
癇癪を起こす航平の横で、暦深が眉を下げた。
「でも、えーりんが登る山ってすごく危ないって聞いたよ? 大丈夫なの、天宮っち」
「構わない。クライミングの経験はあるんだ。半年くらいだけど」
「でも……」
「それでこそ天宮だ。よろしく頼むぞ」
心配する暦深を余所に、鋭理が握手を求める。
彼女は湊の顔を見ながら、満面の笑みを浮かべていた。
湊は「こちらこそ」と握手をした。
ふたりの様子を幼馴染みたちは呆然と見つめた。
「えーりんがあんな顔するなんて」
「鋭理さん、すごく嬉しそうだし楽しそう」
「お前が他の男にそんな顔をするの、俺は見たことねえぞ。鋭理……」
それぞれの感想をこぼす暦深たちの横で、ひとり蚊帳の外な田島が呟いた。
「ぜんぶ持ってっちまったなあ、天宮」




