13話 モブ男惨敗。湊と意気投合したクールなヒロインが本気モードで「脱衣」する件
「おい、福音! こっちだ、こっち!」
「は、はい! あ、でもそっちは」
「ちくしょう、待てコノ! そっちに行かせるな、福音。狙えない!」
「えと、こうかな」
「よしよし。1匹、だいぶ追い詰めたぞ。ほら見ろ、俺の指示通りにしてたら間違いなかっただろ」
「うん……そう、だね」
ブース越しでもふたりのやり取りが聞こえてくる。
航平は福音に対し、あれこれと指示している。それに対応して、福音がワタワタと動いていた。
田島が手で庇を作りながら言った。
「おー。オレたちと同じ設定なのに、だいぶ戦えてるじゃん。でかい口を叩くだけはあるなあ」
「そう見えるか」
「え? 違うん?」
湊は答えず、戦況を見守った。
航平の声が聞こえる。
「俺はお前に間違いなんて教えねえよ。ずっと正しいことを言ってきただろ?」
「航平君はいつも『正しい』、だったよね」
「そういうこと。子どものときからそうだったんだから、今更あれこれ考える必要はないっての。よっと!」
軽快に動く航平。それに対し、福音の動きは目に見えて悪くなった。
湊は腕を組んで、眉間に皺を寄せた。
(千代田。相沢に無理に合わせている感じだな。敵への反応も位置取りも、千代田の方が早くて的確だった。なのに、相沢に正しさを指摘されてから一気に精彩を欠き始めた。『正しい』って、どういうことだ)
ブースの中の福音を見つめる。
もったいない、と湊は思った。
彼女は本来、もっと活躍できる人間のはずなのに。
福音なら、この難易度でも善戦できるかもしれないと思っていた。だが、その期待はコンビを組む航平の一方的な指示命令によって、裏切られた。
パートナーの技量を信じないのは、チームにおいて致命的だ。それは必ず、試合結果に悪影響をもたらすと湊は経験から知っていた。
悪い予感は当たる。
「バカ、福音! そこはお前が囮になるところだろ。前に出ろ!」
「だ、駄目だよ航平君。そっちは」
「は? ――やべ!?」
自分は正しい指示をしていると思い込んでいた航平は、CPUの誘いに逆に釣られてしまった。
さらに絶妙なタイミングで弾切れ状態となり孤立。
それを狙っていたかのようにすかさずCPUが襲いかかり、航平はあっけなく撃破された。
福音も数的不利を覆すことができず、間もなく敗北。
高難度CPUの試合巧者振りだけが目立った、惨敗だった。
「あー、ちくしょー。負けた負けた。つうか、相手のレベル高すぎだろ。でもまあ、所詮アトラクションだしなー」
ブースから出てきた航平は、大げさなくらいのリアクションをしながら言った。何でもない風を装っているが、湊にはわかった。
(あいつ、自分が原因なのをわかってて誤魔化してるな)
続いて出てきた福音を見ると、彼女は俯き視線を逸らしていた。口元が一瞬、きゅっと結ばれる。言葉にはしていないが、福音の方が悔しさを噛みしめている。
湊は福音に深く共感した。ゲーマーとして、彼女の方が航平の100倍信頼できる。
「相沢」
「何だよ、天宮」
「千代田をフォローしてやれ。負けたのはお前の独りよがりなプレイが原因だろ。挙げ句、千代田を捨て駒にして、ゲームの楽しさじゃなくストレスを与えた」
「な!? お前、何様のつもりだよ」
「元プロ、だが?」
航平はぐうと言った。リアルでぐうの音を聞いたのは久しぶりだった。
それでも航平は福音をフォローするつもりがないらしい。「こんなの遊びだろ、遊び」と言って、暦深たちの元へ行ってしまう。薄情な航平の代わりに、湊は福音の肩を叩いた。
「NPだ。千代田」
「……!」
NP――『No Problem(気にしないで)』。相手をフォローするときのオンラインゲーム用語だ。
福音にはきちんと伝わっていた。前髪で半ば隠れた表情がふわりと緩んだ。
「ありがとう、天宮君。やっぱり、ゲームで負けると悔しいね」
「ああ。悔しい。だから後は任せろ」
「え? でも、天宮君のペアは」
戸惑う福音。湊は振り返る。
3女神の中では一番ゲームと縁遠そうな鋭理が、所在なげに立っていた。
すると、意趣返しとばかり航平が言った。
「鋭理はこういうゲームに無頓着そうだな。大変だと思うけど、しっかりフォローしてやってくれよ。天宮」
「ああ、そのつもりだ」
「ちなみに、元プロゲーマーであらせられる天宮サマは、当然俺たちより難しい難易度でプレイするんだよな?」
「ああ、そのつもりだ。俺の動きをパクったCPUはチュートリアルにもならない」
当然のように頷くと、航平は頬を引き攣らせていた。
航平の視線を受け流し、湊は鋭理の元へ。彼女は腰に手を当て、呆れたように言う。
「コウヘイの言うとおり、私はゲームの素人だ。ご期待には添えないぞ」
「いや。冴島とならやれるさ。何たってお前は、軽く触れただけで身体の状態を見抜ける超感覚を持っている」
鋭理が目を見開く。
湊は握り拳を作り、彼女の左肩を前から軽く叩いた。
「プランニングは俺がやる。頭で考えることは俺に任せろ。冴島は俺の指示を聞かなくていい。従う必要もない。その代わり、全力で俺の動きを感じてくれ。身体が勝手に動くタイプだろう、お前は」
「ほう」
途端、鋭理は不敵な笑みを浮かべる。明らかに興味を抱いた様子だった。
鋭理もまた、拳を作って湊の右胸――心臓の上に置いた。
「良い鼓動と筋肉の張りだ。この声を聞けばいいんだな」
「ああ。できるだろ?」
「任せろ」
互いに自信に溢れた笑みを浮かべ合う。「おい、あいつら何を言ってるんだ?」と航平が戸惑っていた。
「俄然、やる気が出てきた。これを身につければいいんだな?」
鋭理はセンサージャケットを手に取ると、驚きの行動に出た。
何と、上着の裾をたくし上げたのである。
しかも、胸を覆っていたのはブラではなく『さらし』だった。制服姿ではスレンダーな体型だと思っていたが、さらしできつく胸を締め付けていたようで、意外に胸の膨らみは豊かなことがわかった。
周囲の客がぎょっとして視線を向ける。航平も田島も目が釘付けになっていた。
慌てて暦深が駆けつけ、脱ぎかけていた服の裾を戻す。
「ちょ、ちょっとえーりん!? ここショッピングモールの中!」
「それがどうした」
「皆の目があるんだって。ヤバヤバだから!」
「これから本気の動きをするんだ。肌に直接触れていないと気持ち悪い」
鋭理は恥じらいもなく、むしろ不満げに言った。
暦深と福音が慌てて服を整えさせている間、湊は呆然と立ち尽くしていた。
一瞬だが、見てしまったのだ。
さらしと素肌の境目に、小さな黒い影を。
「冴島の胸元にも、ホクロ?」




