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大樹の子  作者: 叶ェ祈リ
7/12

7話 特訓の成果

時は流れ、季節が一度巡った。

大樹の宣言通り、学園は静かな、だが確実な変化の時を迎えていた。

Fランクだった少年は、もはや誰もその名を知らない者はいない存在となっていた。

彼が決闘を申し込み、魔獣たちを呼び出せば、勝負は始まる前に終わっていた。ほとんどの生徒は恐怖に顔を引きつらせ、武器を取り落とし、膝をついて降参した。

彼らが行っているのは「戦い」ではない。生存本能が叫ぶ「蹂躙」の予感から逃れるための、ただの「命乞い」だった。

その結果、彼は驚くべき速さでクラスを駆け上がっていった。

Eランク、Dランク。かつて彼を見下し嘲笑した者たちが今や、彼と目を合わせることすら避けるようになっていた。



「…また、不戦勝か」


四天星の共有ラウンジ。エイリスが窓の外を見ながら、忌々しげに呟いた。


風が吹けば桶屋が儲かるように、少年の勝利は、ある種の不穏な連鎖反応を引き起こしていた。

EやDの雑魚をいくら倒したところで、名門の血を引く者たちのプライドは傷一つつかない。だが、それがBランクとなれば話は別だ。

学内序列の中堅層。中途半端なエリート意識が、「F上がりの得体の知れない魔物使い」の台頭を許せなくなる。


「ねぇ、Bランク様?」


ある日の午後、訓練場で一人鍛錬をしていた大樹に、背後から棘のある声が投げかけられた。振り返るまでもなく、それが誰かは分かっている。Aクラスのリーダー格、。彼女は腕を組み、挑発的な笑みをその美しい顔に貼り付けていた。


「いつまでそんな弱い者いじめを続けるつもり? あなたも少しはマシになったのかしら。それとも、まだ魔力なしのあなたじゃ、私たちみたいな“本物”には逆立ちしたって勝てないものね」


彼女の言葉は明らかに大樹を挑発し、決闘の舞台に引きずり出そうとするものだった。周囲には彼女の取り巻きであるBクラスの生徒たちがおり、面白半分にニヤニヤとこちらを見ている。


「……。」


「ちょっと、聞こえなかったのかしら?」


無視され、一瞬、彼女の表情が険しくなる。しかし、すぐに冷笑を深めて大樹の前に回り込んだ。金色の瞳が、真っ直ぐに彼を見据える。


「あら、ごめんなさい。もしかして図星だった? 自分の“ペット”がいなければ何もできないってこと。いいわよねぇ、他人の力に頼るのは楽で。あなた自身は指一本汚さなくていいんだもの」


彼女はわざとらしく、扇で口元を隠すような仕草をする。


「それとも怖いの? 私みたいな、正々堂々と自分の力だけで戦う相手が。まぁ、無理もないわよね。今まで楽して勝ってきたんだもの。突然、本物の強者を前にしたら、足が竦んじゃうものねぇ?」


周囲の取り巻きたちから、くすくすと下品な笑いが起こる。彼女の目的はただ一つ。大樹に決闘システムを使わせること。下位生徒から上位生徒へは申し込めないというルールを逆手に取り、彼に「逃げた」という烙印を押そうとしているのだった。最強を目指す彼女にとって、こんな卑劣な手を使ってでも格下に負けることは許されない屈辱なのだ。


「俺の家族を侮辱するな」


「あら?」


初めて返ってきた言葉に、彼女は満足げな表情を見せた。待ってましたと言わんばかりに口角を吊り上げ、さらに煽るように言葉を続ける。


「侮辱? 事実を言ったまでじゃない。結局、あなたがやっていることは、親から貰ったおもちゃで自慢している子供と同じことよ」


彼女は一歩踏み出し、人差し指を大樹に突きつける。その指先に宿る微かな星光の魔力が、威圧するようにきらめいた。


「いいこと? 本当の強さっていうのはね、自分の血と汗と魂で掴み取るものなの。他人の力なんて、所詮は借り物。そんなもので私に勝とうなんて…百年早いわ」


「さあ、どうするの? お得意の無視を決め込んで、ここでB級の称号と一緒に尻尾を巻いて逃げ出す? それとも…その大事な“家族”の力を借りて、私と戦ってみる?」


「受けて立つ。ただ勘違いするなよ。挑発に乗った訳じゃない。俺はこの世界を知るための権限が欲しいんだ。」


「権限が欲しい…ですって?」


大樹から放たれた予想外の言葉に、エイリスは一瞬きょとんとした。馬鹿にされたことに対する怒りや、力を証明したいという渇望。そんな分かりやすい反応を期待していた彼女は、肩透かしを食らった気分になる。


「ふん、何を偉そうに。結局は出世欲じゃない。まあいいわ。どんな理由だろうと、私を倒せなければ意味なんてないんだから」


だが、その言葉にはどこか棘が抜けていた。もっと純粋な力への渇望をぶつけられると思っていたのに、返ってきたのはまるで世界の仕組みを解き明かそうとする学者のような口ぶり。それが彼女を少しだけ苛立たせ、同時に得体のしれなさを感じさせた。


「勘違いするな、ですって? それはこっちのセリフよ。あんたが私に勝てるなんて思ってる時点で、最大の勘違いなんだから」


彼女はそう言い放つと踵を返し、「ついてきなさい」と顎でしゃくった。向かう先は決まっている――学園の権威と秩序を司る場所、決闘委員会の管理する闘技場だ。

B級の少年がA級に最も近いとされる四天星に挑む。それは前代未聞の組み合わせであり、噂は瞬く間に学園中を駆け巡った。

観客席は野次馬の生徒で埋め尽くされる。誰もが固唾を飲んで、無謀な挑戦者が“白銀の彗星”の圧倒的な力の前にひれ伏す瞬間を待っていた。


決闘開始の合図が鳴り響くと同時に、フィールドの空気が一変した。観客の喧騒が嘘のように静まり返る。


大地を蹴ったダークウルフの殺気は本物。空から急襲するコカトリスの鉤爪もまた必殺。そして、影という死角から奇襲をかける二匹の伏兵。それはもはや単なる獣の連携ではなく、熟練の部隊による波状攻撃だった。


「くっ…!」


エイリスの顔から嘲りが消え、戦士のそれに切り替わる。初撃の二連噛みつきを紙一重でバックステップして避けるが、間髪入れずに足元へ迫る次の牙に目を見開いた。


(影の中にまだいた!? 一つの影に一体だけじゃないの!?)


彼女の驚愕を的確に突くように、空中のコカトリスが石化の視線を放つ。エイリスは咄嗟に腕で顔を庇いながら、星光魔法で身体能力を強化してさらに後方へ跳躍した。


「ちっ…面倒な真似を…!」


距離を取った彼女の頬を、冷たい汗が一筋伝う。観客席の誰もが息を呑んでいた。

Aクラス、それも四天星の一角であるエイリスが、開始早々防戦一方に追い込まれている。しかも相手は魔力も持たないはずの少年と、数体の魔獣だけ。


大樹はただ静かにそこに立っているだけだというのに。彼の存在そのものが、この戦場の絶対的な司令塔として君臨していた。その冷静な眼差しが次なる指示を送るのを待っているかのように、魔物たちは動きを止め、主の命令を待っていた。


数度の攻防の末、ついに均衡が破れた。

一瞬、ダークウルフたちの包囲網に微かな乱れが生じた。それを見逃すエイリスではなかった。


「そこっ!」


彼女は鋭く叫ぶと、猛然と突進する。

鈍重なバブーンの横薙ぎの一撃を最小限の動きでスライディングするように潜り抜け、懐へと飛び込んだ。

同時に、閃光弾のような強烈な光を放ち、肩の上のコカトリスを怯ませる。


(よし、陣形が崩れた! これで詠唱の時間が――)


勝利を確信しかけた彼女の思考は、次の瞬間、目の前の光景に凍りついた。

大空間がぐにゃりと歪み、そこからぬっとバブーンが壁となる。


だが、それ以上にエイリスを驚かせたのは、現れたばかりのその巨体を守るようにして、小さな大樹が両手を広げて立ちはだかったことだった。

まるで、巨木を背にした、か弱い雛鳥のように。


「なっ……!?」


振り下ろそうとした光の剣が、ぴたりと止まる。

もし、躊躇なく斬りかかっていれば、間違いなくこの少年を両断していただろう。

庇われたバブーンは困惑したように大樹を見下ろしている。

それは戦術の一環なのか。それとも、ただの自己犠牲か。

理解不能な行動に、エイリスの心臓がどくんと大きく跳ねた。


「降参だ……」


「……は?」


静寂を破ったのは、エイリスの間の抜けた声だった。

彼女は振り上げたままの光剣を信じられないといった表情で見つめている。


「今…なんて言ったの?」



「降参…ですって…? あんた、自分が何を言ってるか分かってるの!?」


彼女の声には、怒りと、それ以上の戸惑いが滲んでいる。

あれだけ自分を追いつめ、屈辱を味合わせ、勝利の寸前まで見せつけておいて、最後の最後で「降参」?

ふざけている。完全に自分を馬鹿にしている。

周囲の観客たちも、固唾をのんで見守っていた結末にざわめき始めた。



「しょ、勝者、エイリス!」


審判が困惑しながらも宣言するが、誰一人としてそれに熱狂する者はいなかった。

エイリス自身、勝利したというのにまったく喜びを感じていない。

彼女は光の闇に消えていく魔獣たちには目もくれず、まっすぐに大樹を睨みつけた。その瞳は怒りに燃えているようでいて、どこか助けを求める子供のように揺れていた。


「どういうつもりよ…! あんたの目的は一体何だったの!? 私をコケにして楽しいわけ!? 答えなさい!」


「魔獣達は家族同然なんだ、

1人でも失ったら俺の負けだ……」


「家族…同然…?」


その言葉は、エイリスにとってまったく予想外のものだった。

魔獣は道具であり、力の象徴。そう考えてきた彼女にとって、それを「家族」と呼ぶ感性は理解の範疇を超えていた。

彼女の怒りの炎が、一瞬だけ行き場を失って揺らぐ。


「だから…一体でも失うくらいなら、負けを認めるっていうの…? あの状況で…私が本気であんたごと斬るつもりだったかもしれないのに?」


信じられなかった。目の前にいる少年の価値観が、あまりに自分のそれとかけ離れている。

最強を目指し、勝利のためなら非情になることも厭わない自分。仲間を「家族」と呼び、誰一人失うことを許さない彼。

どちらが正しいとか、そういう話ではない。

ただ、決定的に違うのだと、エイリスは思い知らされた。

彼女は握りしめていた拳の力をゆっくりと抜き、光の粒子が消えた空間を虚ろに見つめた。



「フィリー……負けちゃった……」


「うん、見てたよ。全部」


どこからともなく、ふわりと風と共にフィリーが姿を現した。彼女は観客席ではなく、ずっと大樹の近くにいたようだ。その顔にはいつもの明るい笑顔はなく、真剣な眼差しで大を見つめていた。





「すごかったよ、大樹。正直、エイリスが負けるかもって思ったもん。特にあの空からのやつ、鳥肌立っちゃった」


彼女は労うように大樹の肩にそっと手を置く。しかしその声色には称賛だけでなく、わずかな痛みが混じっていた。



「でもさ…なんで最後、降参しちゃったの?」


彼女は言葉を濁し、核心を突く。


「わざと負けたんでしょ?」


「フィリーならわかるでしょ。風の精霊が目の前で自分の盾になったとしたらどうする?」


「私の…風の精霊が…」


フィリーは息を呑んだ。大樹からの問いかけは、まるで鋭い矢のように彼女自身の最も柔らかな部分を射抜いた。

彼女はいつでも風に囲まれて生きてきた。風は友であり、家族であり、半身そのもの。その精霊たちが盾になる。想像しただけで、胸が締め付けられるような痛みを覚えた。


「そんなの…そんなの、絶対にできない。たとえ負けるとしても、見殺しになんて…できっこないよ」


彼女の瞳から、ぽろりと一筋の涙がこぼれ落ちた。

それは悲しみの涙ではない。彼の覚悟と、その優しさに触れた心の震えから来るものだった。天才ゆえの孤独を抱えてきた彼女にとって、「家族」を守るために全てを投げ出せる彼の在り方は眩しすぎた。


「俺はこの世界を知りたい、そのために図書館やギルドの権限が欲しくてAランクを目指してたんだ。」


「この世界を知りたい…かぁ」


フィリーはその言葉を噛みしめるように繰り返した。彼女の風は世界中を吹き渡る。だからこそ、一つ所に留まることを選ばなかった彼の気持ちが、少しだけ分かる気がした。


「Aランクの権限なら、確かに図書館の最深部やギルドの禁書庫にもアクセスできるもんね。なるほど、ちゃんと考えてたんだ」


だが、と彼女は人差し指を立てて、少し困ったような顔をする。


「でも、今回の件で大樹の評判はちょっと厄介な方向にいっちゃったかも。『Fクラスの落ちこぼれがAランクに喧嘩を売って返り討ちにあった』って話じゃなくて、『正体不明の化け物がエイリスを追い詰めた』みたいな感じで広まっちゃってる」


フィリーの索敵能力は風を通じて学園中の噂話をも拾い上げる。その情報網が捉えたのは、好奇心だけではない、もっと粘着質な感情の渦だった。


「特にエイリス、相当キてると思う。あの子、負けたことよりも自分を弄ばれたって感じてるっぽいし…。ねえ大樹、これからどうするの?」


「1ヶ月後、俺は旅に出る。

……よかったらフィリーも来て欲しい。」


「えっ、私も!? 行く行く!絶対行く!」


フィリーは即答した。考えるより先に口が動いていた。普段の自由奔放な彼女らしい、実に迷いのない返事だった。

しかし、ふと我に返ると、ぱちくりと瞬きをして首を傾げる。


「あ、でも…学校どうしよう。あんまり長く留守にしたらまずいよね…?」


エリートとしての責務と、一人の少女としての冒険心が天秤にかけられる。

うーん、と唸りながら指折り数え始め――


「よし、こうしよ! 一ヶ月の間に学園でやるべきことは全部片付ける、なんとかなるなる!」


とんでもない暴論だったが、本人は至って真面目な顔でうんうんと頷いている。

そして、くるりと大樹に向き直ると、満面の笑みで右手を差し出した。



「改めて、よろしくね大樹! 二人で世界を見に行こ!」


よし!じゃあ1ヶ月後また会おう!


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