6話 秘密の特訓
図書館で見つけた本はなんでしょうか。
一年後。
その言葉が持つ重みは、この世界においても変わらない。
約束から一年。それは、ただ時間が過ぎただけではなかった。大樹という存在が学園に、いや、世界に刻み込むための、長くも短い、濃密な時間だった。
訓練場に、一人の少女が姿を現す。
風に、陽光に、あまりにも馴染む、翠の髪。
フィリー。
彼女は、呼び出した張本人である大樹の姿を認めると、警戒と好奇心が半々になったような複雑な笑みを浮かべて歩み寄ってきた。
「やっと呼んでくれたね、約束通り。まさか、本当に一年も待たされるなんて思わなかったよ。」
彼女はいつかの街でのやり取りを思い出し、やれやれと肩をすくめてみせた。
「で? 一年間もコソコソと一体何をやってたの? F級の君が時々、森の奥深くまで入っていくのを、私の風の精霊たちが教えてくれてたけど……正直、何が何だかさっぱりだった。」
彼女は風を操り、周囲に人払いの結界を張る。
ここにはもう、自分と大樹の二人しかいない。
「さあ、見せてよ。君の『秘密の特訓』の成果ってやつを。私をここまで待たせたんだから、退屈させたら承知しないからね?」
彼女は腕を組み、挑戦的な視線を大樹へと注ぐ。
一年前のあの日、冗談半分で始まったはずの約束。
今や、彼女にとっては、解き明かさなければならない最大の謎となっていた。
フェリルが息を呑んだ。
まず、来い!と言う合図で大樹の影がまるで生き物のように蠢き、そこから巨大な漆黒の狼――ダークウルフが音もなく滑り出てきたからだ。普通の魔獣ではない。影そのものを纏っているかのような異質な存在。
次に、甲高い笛の音色が響くと、空の彼方から巨大な鶏の体に蛇の尾と翼を持つ怪鳥――コカトリスが舞い降りてきて、主の肩に恭しくとまった。石化の邪眼を持つ危険な魔物だ。
「な……んで、君がそんな魔物たちを……従えてるの……!?」
混乱する彼女に、追い打ちをかけるように大樹の拍手が響く。
パン、という乾いた音と共に、何もない空間がぐにゃりと歪み、巨木の幹のような太い足と鋭い爪を持つ一つ目の巨人――バブーンが咆哮とともに出現した。
F級、魔力なし。
そう呼ばれていたはずの少年が今、目の前で見せている光景は、理解が追いつかない、常識外れのものだった。
森で一体何をしていたら、こんなことになるというのか。
風がざわめき、彼女自身の肌が粟立つのを感じていた。
「これが秘密の特訓の成果だよ」
語られる事実は、どれもがフェリルの想像を絶するものだった。
クエストや密猟者の後を追う。そこまではいい。だが、その後の行動が常軌を逸していた。
危険な魔獣の子を保護する? 敵である密猟者に襲われた魔物の卵を孵す? 罠にかかった魔族を助ける?
それは「訓練」ではない。「救済」であり、「共存」の物語だ。
話を聞き終えたフェリルは、呆然と立ち尽くしていた。
彼女の脳裏に一つの仮説が浮かび上がる。
「君……もしかして、魔族や魔物と『対話』できるの…? いや、違う。君からは、敵意や殺意といった負の感情がほとんど感じられない。だから彼らは君を信じたんだ……」
風の民として、自然と調和を重んじる彼女だからこそ、理解できたのかもしれない。
力でねじ伏せ、支配するのではなく、心で繋がる。
それは、ある意味で彼女の風魔法の極致にも通じる思想だった。
しかし、それを成し遂げた彼に彼女は戦慄を禁じ得なかった。
「信じられない……。こんなことって……」
彼女はふらりと一歩前に出ると、恐る恐る大樹の肩で羽を休めているコカトリスに手を伸ばした。
コカトリスは彼女の指先をじっと見つめた後、敵意がないことを悟ったのか、おとなしくその指に頭をこすりつけた。
温かかった。生きていた。
フェリルの瞳から、一筋の涙が静かにこぼれ落ちた。
―遡ること1年前
俺はギルドの受付のベンチで情報収集をしていた。
魔物たちが凶暴化している……。ダークウルフの討伐…、コカトリスの密猟……、バブーンの被害拡大…。魔族の魔力が影響か?!
ダークウルフは作物を荒らす。
コカトリスの肉は食用、目は魔道具、毒は武器になる。
バブーンは冒険者の邪魔をする。
俺は黙って聞いていた。過去の知識を辿る。経験の間の生物学、心理学、調教師、アニマルトレーナーの扉……。これは単なる魔物の暴走ではない事が確信できた。繁殖期と人の生活圏拡大で住処が追いやられている。どの魔物も縄張り意識が強い。全て人間の勝手で悪者扱いしている。
俺はダークウルフの討伐に行った冒険者の後をバレないようについて行った。
いた。群れを成して襲うダークウルフだ。
冒険者たちはただ討伐して報酬を貰うことしか考えていない。
戦闘の後に残されたのは死体ではない。子供たちだ。
俺は狼の生体を把握している。
巣穴や岩陰を探し子供が5匹いるのを発見した。
子守り役がいない……完全に孤立している。
俺は5匹達をキャリーバッグに入れ毛布に包んだ。
辺りは暗くなっている。
目的はもう1つ、コカトリスの密猟者探し。
事前に巣は把握している。
巣と卵があった。しかし親鳥はいなかった。
俺は卵を毛布に包み、バッグにしまった。
帰路を急ぐ途中
森の奥で呻き声が聞こえる…。
なにかおかしい、苦しんでいる?
俺は声の方へ向かった。
すると1つ目の巨人、バブーンが罠にかかっていた。
この罠は魔法陣を踏むと石化して動けなくなる魔法だ。対処法は消すことじゃない。
魔法陣に解除の印を付け足すこと。
俺は石化の魔法陣を解除の魔法陣に書き換えた。
魔力の無い俺でも通用するか不安だったが
解除出来たようだった。これだけじゃない。
石化状態は魔法陣が消えても残る。
俺はコカトリス対策用に用意したポーションをかけて解除してあげた。
問題はここからだ。動けるようになって反撃されたら俺は即死する。
俺は獣と対峙した時の対処法を試した。
目を合わせない。姿勢を低くする。肉を置いてゆっくりと後退していく。
バブーンは最初は威嚇していたが、沈黙し俺の様子を見ながら闇へと消えていった。
家に着いた俺はウルフたちにミルクを与え、卵を温める作業に徹した。
ウルフ達のトレーニングはすぐに開始した。
叱ったり痛みで縛るのではない。
楽しく褒めるトレーニング。
この世界では決して受け入れられない価値観。
魔力で操る、痛みの躾では自ら考えて行動することを恐れてしまう。
俺は座る、背後に回る、右回り、左回り、噛み付く、脚側、消える、現れる、呼び戻し、止まる……
最低限のコマンドを叩き込みあとは戦闘になったら本能に任せる育成方針にした。
数日後、コカトリスの孵化に成功した。
ウルフ達を石化させないよう離れで育てていた。
刷り込みができるのか、石化されるのか俺は賭けに出た。
賭けは半分成功だった。俺は石化された。
しかしヒナの力は不十分で俺の足だけが石化された。
足は動かないが上半身を使ってヒナにパンくずや刻んだ肉を与えた。しっかり食べてくれる。俺の事を親として認識してくれたらしい。
そして、最悪の状況になった。バブーンが現れた。
離れは森の少し入ったところだがまさかここで遭遇するとは思わなかった。
しかし様子がおかしい。近づいてくるが襲ってくる様子も殺気も無い。
まさかあの時助けたバブーン?
バブーンは俺のカバンから石化解除のポーションを出し足にかけてくれた。
信じられない。ある程度知能があることは知っていたがここまでとは…。
バブーンはウルフ達ととても仲良くしてくれた。
最初はお互い警戒していたが一緒にご飯を食べていくうちに
バブーンはウルフ達の親のように可愛がってくれた。
俺はコカトリスのトレーニングに入った。
鷹匠の知識がどこまで通用するか不安だったが
まずは肩に乗せ落ち着かせる、笛の合図で呼び戻し、ルアーでの擬似狩り訓練、獲物と肉の交換。
そして石化のコントロール。これは至難の業だった。
バブーンと俺が鏡を持ち、コカトリスに誰を見ても自分が石化すると思い込ませる。
笛の音を合図にバブーンを石化させる。そして肉の褒美を与える。そしてバブーンの石化を解除する。
俺が石化した時はバブーンが褒美を与え、石化を解除してもらう。
これを何度も何度も繰り返した。
次第に笛の指示で石化を発動させると餌が貰えると学習してくれた。
石化を制御出来たコカトリス。
ウルフとコカトリスの顔合わせをさせた。
まだ幼いのでちょっと乱暴にじゃれるくらいを予想していたが甘かった。
お互い攻撃態勢に入った。
これはまずい。
俺は更に魔物達にトレーニングを重ねた。
最初はお互い鳴き声や匂いが届く距離に置く。
主である俺が仲良くしていることで「敵ではない」と学習させる。
そしてウルフをコカトリスの前に散歩させる。
静かにしていたらご褒美、コカトリスも攻撃性を見せなかったら肉やおやつを与える。
これにより、互いの存在が「好意的な結果」と結びつく。
何日も訓練を重ね、一緒にご飯を食べられるまで仲良くなれた。しかし仲良くなりすぎてじゃれ合ううちにヒートアップしていく。
そこでバブーンが咆哮で2匹を黙らせる。
ウルフとコカトリスはバブーンには敵わないと一瞬で判断したのだろう。
そんな波乱万丈な訓練の末
食事も睡眠も共にするようになり
魔物達は家族同然となった。
それは桃太郎と鶴の恩返しです。




