第22話 目覚め
「……っ!」
朝早く、薄明りの中、シルヴィは自分のベッドの上で何かに急き立てられるように目を覚ました。身体は汗をかいており、寝起きの心臓の鼓動は早かった。
「……また、だ」
その一言をつぶやいて、シルヴィはとりあえず装備を整える。弓はおいて、外に出かけられるように服をまとめて、自分の根城である家屋の二階部分から降りていく。
人気のないエリュ・トリの町を歩き、冒険者ギルドまでやってきたシルヴィは、朝早くから受付の奥で仕事をしていたプラーシュに声をかける。
「プラーシュさん。朝早くで申し訳ないんだけど、入浴場を借りてもいいかしら?」
「シルヴィさん。おはようございます。二階へあがってください。ごゆっくりどうぞ」
プラーシュの案内を受けてシルヴィは二階に上がる。階段を上がって左、談義室などがまとまっている廊下から右側に外れた廊下の奥に、火のエナジーで沸かしている入浴場がある。男女で分けられたその場所で、シルヴィも女性用入浴場に足を踏み入れた。
脱衣所に来て、木編みの脱衣カゴの中に装備を一つずつ脱いでいく。レザーのプレートや手甲と言った固いものが置かれ、その次にはスルスルという衣擦れの音と共にシャツやスカートなどが身体を離れていく。そして下着に手をかけ、入浴場のマナーである一糸まとわぬ姿になったところで
シルヴィは、クロス・リッパーと出くわした。
「あっ……」
「……んー?」
入浴場から出てきたばかりの、全裸のスカー。隠すところも隠さない勇ましい恰好で入浴場の出入り口に立っていたが、シルヴィはきょとんとすると共に、そのスカーの全身の傷に視線が行った。だが、そんな事を尋ねるわけにもいかず、シルヴィは悩みぬいた末に当たり障りのない挨拶をすることにした。
「……お、おはようスカー」
「んー……シルヴィ? おはよう、気持ちのいい朝よね」
ぼんやりと寝言のようにシルヴィと挨拶するスカー、そしてスカーは、シルヴィがここにいるのも気にしないかのように、脱衣所で身体の水気をふき取る。そしてそのまま、ある程度乾燥した所で
スカーは全裸のまま脱衣所を後にした。
「えっ? えっ……!?」
一から十まで今の光景の意味が分からなかったシルヴィは、自分の身体を隠していたタオルすら手放し、今起きた出来事について何か考えようとしたが、その説明を自分に言い聞かせるのが面倒になって、そのまま入浴場に入っていった。
汗を流して、少し熱い湯で身体の汚れと心の憂いを落とそうとするシルヴィ、朝早くで誰もいないこの場所で、シルヴィは考え事をしていた。
「……また、あの時の夢を見るなんて」
シルヴィが見る夢。身体の感覚が抜ける過程、それは、未開拓の森での昏倒の場面だった。その場面は何度も繰り返され、そのたびに身体を巡る感覚が襲い掛かってくる。そしてその感覚の最後、シルヴィは決まってある光景を目にする。
「……白衣の、男」
倒れる間際、現実のあの日にも見た光景。自分が過去の仲間たちの記憶に苛まれる直前に見た、ゆらめく白い服。あの場所には、シャドウクロークの残党とは別に何かがいた。だがその存在は朧気で、夢で見てさえいなければ、頭の隅に引っかかるようなものではなかった。
「……いやいや、考えても無駄よね。もう、思い出は帰ってきたんだから」
自分の中で膨らみかける謎の感情。シルヴィはそれを押さえつつ、湯船から上がって入浴場を出ていった。
身体をさっぱりさせたシルヴィが装備一式を整えて入浴場を出た所で、シルヴィは視線を感じた。そして辺りを見回してみると、階段前で赤髪のショートボブを揺らしているスカーが、二本の牛乳を手に、ニコニコしてシルヴィを待っていた。
「まさかシルヴィに見られるとは思ってなかったわ」
「だから常々言ってるだろ、毎回全裸で宿直まで戻ってたらそのうち見つかるってな」
待っていたスカーに誘われるまま、シルヴィはスカーとジーンが寝泊まりしている宿直部屋に入ってきた。そして開口一番、スカーはさっきの光景について弁明をする事になった。
「まぁシルヴィでよかったわよ。下心のある男とかだったらどんなひどい目に遭ってたことか」
「お前をひどい目に遭わせられる奴が居てたまるかよ、そいつぁ余程の変態か心臓が未知の素材で出来てるやつだよ」
ジーンとスカーの相変わらずのやり取りを、牛乳片手に眺めていたシルヴィ。そのやり取りの面白さは、朝いちのシルヴィの気分を程よく洗い流してくれた。
「……それで、シルヴィもあたしの身体、見たのよね?」
「あ、そ、そうね……なんと言うか、言葉にしづらいと言うか……」
「まぁ、恥ずかしながらあたしはこんな身体をしてるわけよ、シルヴィになら見られても平気だからあまり気にしないで」
シルヴィの目に残る、身体を這い回るようなスカーの傷痕。ほんの少し目にしただけだが、その痛々しい痕に、シルヴィは人一倍恐れを感じていた。
「スカー……あれは痛くはないの?」
「そうね、くっきり残ってるけれど、特に痛みは無いわよ。体を動かしても支障はないし。ほら、触ってみる?」
そう言うとスカーは上半身のシャツをまくり上げて、腹部にある傷をシルヴィに触らせる。
恐る恐る触れたシルヴィの手には、特別な感触は伝わって来ない。まるでその傷は、身体に記されたペイントであるかのような質感で、表面の変質などはほとんど見られなかった。
「感触はないの?」
「うーん、なんかむず痒いくらいかしら」
不思議な身体を有しているスカーに、シルヴィは疑問と、少しの安心感を含んだ表情を見せる。その傷が、スカーの身体に影響を与えていたのなら、それはシルヴィにとっては非常に心苦しい事だった。
「ところで、シルヴィ?」
「ん?」
スカーの傷の話が終わり、そのスカーはシルヴィにチラチラと横目の視線を向けた。
「今まで気にしたことは無かったけど、シルヴィって実はプロポーションが良かったのね」
「何を……はっ!」
目線を上に下にと動かすスカーとその言動にシルヴィは一瞬戸惑ってからハッとする。そう、ぼんやりしてたとは言え、シルヴィもまたスカーに裸を見られているのだ。全裸を見るものはまた、人に全裸を見られる。その摂理に気が付いたシルヴィは、服を着ているというのに身体の局部を自分の手で隠す仕草を見せた。
「いい加減にしろっての。何で俺よりもエロ親父みたいな言動をしてるんだよお前は」
「あだっ!?」
身体を手で隠すシルヴィとそれを舐めるように見回すスカー、そして、痺れを切らしたジーンは自分のガンナイフのグリップでスカーの後ろ頭を小突いた。
「シルヴィ、なんかすまねぇな。こう言う立ち回りは俺の仕事だってのによ」
「いや、どっちとかじゃなくて、そういう立ち回りをしてくれない方が助かるんだけど……」
シルヴィの冷静な拒否に、ジーンもまたキョトンとした顔を見せる。シルヴィは思う、どうして歴戦の猛者たちはこうも言動が変なのだろう、と。
「さて、そんな馬鹿話をしてる間に、一階も騒がしくなってきたわね」
叩かれた頭を押さえつつ、スカーは階下の様子を窺う。人の往来は激しくなり、普段と変わらないエリュ・トリの朝が始まっている。そしてスカーとジーンもまた、装備を整えて今日一日の仕事の準備を始めた。
「さて、シルヴィも今日は依頼をこなすの?」
「あ、ええ。そうね、最近は狩猟依頼が増えてるし、私も等級維持の為に何回かやっておかないと」
そんな仕事人同士の会話を交わしながら、三人は、一階のギルドロビーへと向かっていった。




