第23話 変わらぬ厄介者
だが、この日の昼、ギルドの地下の処罰牢の一室にはスカーが転がっていた。スカーがここに放り込まれるまでの過程で、受付では彼女の罪状に対して口々に言い合っていた。
……それで、今度は誰が剥かれたんだ?なんか簀巻きにされてるけど。
また石炉亭だって、今度はあそこのストラちゃん。もう何回目なのかしらね……
懲りないな、手を出したらマグリットさんに叩きだされるのは分かってるのに
「よし、もう釈明はないな」
「せめて釈明させてよ!!」
カゴ団長の無慈悲な判決と、スカーのむなしい叫びが処罰牢に響き、何もなかった筈のエリュ・トリは、日常の空気を取り戻した。
スカーのいない昼過ぎ、石炉亭にはシルヴィたち四人が集合していた。皆一様に呆れたような落胆したような顔を見せ、今の所処罰牢で大人しくしている仲間の事を嘆いた。いや、正確には嘆いたかのような顔をして、その心は彼女の奇行をいつもの事と割り切っていた。数えるのも面倒臭いクロス・リッパーの行動に、いちいち心を乱されていては、エリュ・トリでは生きていけないのだ。
「シルヴィ、あれからちょくちょくギルドから呼び出しを受けているみたいですが、大丈夫ですの?」
シルヴィの現在の同行を知っているレギーナは、シルヴィの顔を覗き込むようにして心配を口にした。
謎の依頼から端を発した50年前の紛争の遺物探し。依頼主はシルヴィであり、その最中に初めて、シルヴィが数十年生きている長命種である事を仲間たちに打ち明けた。遺物探しは良い結果をもたらして、依頼そのものは無事に――ただしシルヴィが剥かれたことは数えないものとして――完了した。
だがその話の顛末はそこで終わりではない。その後にシルヴィは、ギルドの団長カゴにも自分の身の上を説明したのだ。それはギルドにとって重要な証言であり、これまでギルドが把握できていなかった最初の紛争の記録を編纂するためにシルヴィから何度か話を聞きたいと打診してきたのだ。
「まぁ、私が負った責任って所よ。記憶の整理にギルドの歴史の検証、そして私の仲間たちを記憶に残す事……みんなにとっていい結果を残せるのなら、それも……」
そこまで言って、シルヴィはわずかに口を止める。そして、あの依頼以降たびたび思い出される仲間たちの言葉がふと頭をよぎり、シルヴィは深く目を瞑った。
「……そう、みんながいい結果を得られるのなら、それがいいかなって」
「シルヴィ?」
質問の答えを得られたレギーナは、シルヴィの表情を見ていた。それは淀みなく答える人間の表情とは言い難いものであり、レギーナはその対応に不安を募らせた。
「シルヴィ……何か困った事が在ったら相談してちょうだい。わたくしがヴェスパー家の家名でギルドに圧を……」
「まってまってレギーナ! 本当に大丈夫だから!」
シルヴィ相手ならとテーブルを叩いて立ち上がるレギーナに、シルヴィは慌てて制止を促す。レギーナは、シルヴィの含みの意味までは読み取れなかった。その一番の理由は、シルヴィが最近思い出すように見ている、仲間たちの最期とその言葉に関するものだった。
暗澹とした命の終わりの記憶。一度、二度……と今日までの間に何度その光景を見たか。その内シルヴィは、その時の仲間たちの言葉を頭の中で反芻していた。
ツイードは人を導く勇者になろうとした。ラーゾとヴェルールはいずれ来るだろう戦いや、エリュ・トリを守るために冒険者組織を立ち上げた。そして今、シルヴィは仲間と冒険者たちの助けになるかと考えて、ギルドの調査に協力している。それは、亡き仲間たちが行ってきた「人のための行動」であり、シルヴィがその無意味さを仲間たちに嘆いた言葉でもあった。
「大丈夫。ちょっと前の仲間たちと同じ行動をとってるんだな……って、思っただけだから」
少し寂しそうなシルヴィの笑顔と、彼女が話した理由に、レギーナは何かをしゃべり出そうと口を開けていた所で言葉を飲み込み、そのままゆっくり椅子に座った。
「……ふぅ、シルヴィがそうおっしゃるのでしたら、わたくしはそれを信じますわ。まぁ、50年以上生きている人生の大先輩であろうと、今ここで食事を待っているシルヴィは私の同期であり、エリオの後輩なのですから」
シルヴィの言葉を信じるように、レギーナは再び座り直した。そのタイミングで一人の給仕服のウェイトレスがやって来て、四人の前に料理を配っていった。
「おまたせしました! ジーンさんが猪肉のガーリックステーキ、エリオさんは蒸し鶏のサラダとトマトシチュー、シルヴィさんとレギーナさんはサザン卵のオムライスですね!」
テキパキとそれぞれのテーブルに料理を並べていくウェイトレス。そんな彼女に、四人はなぜか同情の目線をくれた。
「な、なんでしょうか……?」
「いやぁ、うちの仲間が申し訳ねえことしたな、と」
「あ、あぁ……その事、ですか」
ウェイトレスの名前はストラ。この石炉亭には数年勤めており、客前に立つ仕事では一番の古株である。そしてジーンが謝り、一同が目線を向けたのは、他ならぬスカーの一件である。
「まぁ、わたしも迂闊でした。この間はキュロちゃんがスカーさんにひん剥かれて、朝が危ないのは知ってたのに……でも、わたしは困ったり怒ったりはしてませんよ」
お盆を抱えて、ストラはしょうがないとでも言うように頬をかいて笑ってみせた。
ストラがスカーの被害に遭うのは一度や二度ではない。これまでも幾度となくスカーの手にかかって下着一枚にされた事は多々あるし、その度に厨房から女店主マグリットが出てきてスカーを簀巻きにして店から放り出す。石炉亭では馴染みのありすぎる光景だ。
「ストラ……もしかして、剥かれるのが癖に……」
ストラの事もなげな表情を見ていたレギーナが、苦い顔をしてそう呟くと、ストラはその言葉には恥ずかしそうに反応した。
「そういうわけじゃないですっ! そうじゃなくて。ほら、スカーさんは女の子を脱がして回りますけど、絶対に服は畳んで返しますし、下着までは盗らないでしょ? だからその……剥くのは許せないけど、そういうポリシーがあるのは、まんざらでもないと言いますか……」
ストラはスカーを弁明するように言葉にして、一同は彼女の反応に「やれやれ」とばかりに四人で顔を見合わせた。四人にとって、ストラのそんな反応はよく見る光景である。
「これで、スカーに絆されたのは何人目かしらね」
「数えるのも面倒くさいですわね」
「ストラ、何か困ったら俺たちに相談してくれ。話だけは聞こう」
「やれやれ、クロス・リッパーの『被害者』は増える一方だな」
「えっ? なんですかその反応は?」
四人の訳知り顔の理由も知らないままに、ストラは厨房に呼ばれて去っていき、四人はしずしずと昼食を食べ始めた。




