第24話 啓示
食事を終えて、石炉亭で別れた四人。そしてシルヴィはふと思い立ち【狩猟区】と町との境目に歩いてきた。石畳の敷かれた道が途切れる先にある森、そこは冒険者達が狩りをする区域になっており、シルヴィ達も何度となく立ち寄る。だがシルヴィの用事はその狩猟区ではなく、その右側にある施設だった。
「さて、二人は居るのかしら……」
ここ最近、シルヴィが建築の指揮を執って建てられた、冒険者用の修練場。対人の模擬戦などを行うこの場所に足を踏み入れ、シルヴィはその施設内にある家屋に顔をのぞかせた。
「ミロ、マリ、いま居るかしら?」
シルヴィが家の外から呼びかけると、中からトテトテと言う音とともに、小さな双子が現れた。
「あっ、シルヴィおねえさん!」
「シルヴィお姉ちゃん! 何か用か?」
扉が開かれて、シルヴィを見上げるミロとマリに、シルヴィは優しく手を振った。双子はすぐにシルヴィを中に案内して、いそいそと客人をもてなす準備をする。シルヴィの前にティーカップが差し出され、双子がシルヴィの向かい側に座った所で、ようやく話が進む。
「おもてなしありがとうね。今日は二人にお礼を言いたかったの」
「お礼?」
シルヴィの礼、それは先日の遺物探しに付いてのものだった。シルヴィの依頼書から始まった遺物探し、その前準備として、依頼を受けていたスカーがこのミロとマリの双子に占いを頼んでいた。結果として双子が示した「紛争を辿れ。終着点は亡念」と言う啓示は、シルヴィの探し物を見つけるヒントとなり、その言葉の意味全てが、あの探し物を暗示していた事が分かったのだ。
「スカーが二人を尋ねたことで、色々と解決できた訳だから、私からもそのお礼をしようと思ってね」
「ううん、おねえさんがうれしそうにしてるから。わたしはそれで楽しいよ」
「まぁ、どうしてもって言うんなら、そのお礼も受けてやってもいいけどな、ひひっ」
純朴なマリと、少しいたずらっぽく笑うミロ。二人の反応にクスッと笑い、シルヴィは一つの箱を取り出した。
「二人が好きなものはあまり知らないけれど、さっき石炉亭で注文したデザートがあるから、一緒に食べましょう?」
「「デザートっ!」」
シルヴィが箱を開けて、中から白いカップに入ったプリンが三つ姿を見せた。その時ミロとマリがまったく同じ声のトーンで目を輝かせて、そのプリンの様子をまじまじと見ていた。
「スプーンがあればいいのだけれど……」
「待ってて、おねぇさん! マリが取ってくるっ」
そう言うと少し背の低い食器棚の戸を開けて、中から綺麗な白磁のスプーンを三つ持ってきた。
「はい、おねえさんの分!」
「ありがとうマリ。じゃあ食べましょうか」
「「いただきます!」」
ミロとマリ、そしてシルヴィが白いカップの中のプリンを一口食べると、ほのかに感じる塩の風味が口に広がって、やわらかな甘さを上品でしっかりした甘さに押し上げる。
「んー…! このプリン、とってもおいしい……!」
「昔食べた白いプリンも不思議な香りがして美味しかったけど、これも甘くておいしい!」
子どもらしい純粋な反応を見ていたシルヴィは、二人の顔に満足しつつも自分のプリンを食べ進めていった。口にするたびに丁寧な甘さが口の中を抜ける感覚に、シルヴィもまた、見た目相応に顔を綻ばせていた。
「そっか、シルヴィお姉ちゃんはすっごい長生きなんだな」
おやつの時間が終わり、話はシルヴィの身の上に変わる。ミロとマリは、あの依頼の当事者ではなかったので、ここでシルヴィが語るまで、彼女の来歴については知らされてはいなかった。
「そうね。みんなに比べていっぱい生きてるけど、それでもまだ分からないことも多いわよ。あなた達が逃げてきた故郷の占星都市タロキアムの事だって、二人がここに来たから知れたことだし」
国からの亡命と言う大業を、11歳と言う年齢で成し遂げたミロとマリ。エリュ・トリでは紆余曲折あったが、この亡命は成功して、二人はこうして一人の市民となっている。シルヴィは、二人の故郷の国はこれまで知らなかった。何十年生きていても、他所の国の事を知るのは、この世界では容易いことではないのだ。
「わたしたちが知ってるタロキアムは、あの時話した事がぜんぶだから、わたしたちもあまり知りません……」
少し残念そうに話すマリに、シルヴィは頭を撫でた。
「いいのよ。二人も大変だったんだし、今はエリュ・トリの子なんだから」
「……えへへ」
「マーリー? 何ニヤニヤしてるんだよぉ?」
頭を撫でられて、なんのしがらみもなく認められた事を頭に感じたマリは、誰にも遠慮しない笑顔を浮かべてシルヴィのなでなでに頭を任せていた。そして、ミロがそんな妹の様子をジッと見ていたとき、二人はハッと目を見開いた。
「どうしたの、二人とも?」
「いや……その」
頭を撫でられていたマリは、すぐに表情を不安げなものにして、兄であるミロに視線を遣った。
「いま、ボク達のアルカナから急に啓示が告げられたんだ」
ミロとマリ、二人が手を取り、二人の心とエナジーが共有した時に呼び出される存在【アルカナ:正義ーNo.LXII】今しがた、二人はそんなアルカナから、不意に啓示を受けたのだ。
「けど、ボク達が呼び出さないのに啓示をくれるのは初めてだ。それに……」
ミロはそこまで言って、シルヴィの顔を見た。その不安げな視線が、受け取った啓示の関係者であることを暗に示していた。
「……もしかして、その啓示って私に関係あること?」
「そう……だと思う」
シルヴィの質問にミロとマリは顔を見合わせて答えた。そしてミロが一つ咳払いをして、シルヴィに正面から向かって話し始める。
「シルヴィお姉ちゃん。ボク達のジャスティスが、お姉ちゃんに残した啓示を、そのまま伝えるよ?」
「え、えぇ……」
神妙な面持ちでシルヴィに尋ねるミロ。そしてミロは一瞬目線を逸らしてから、その啓示の中身を口にした。
――紛争を辿れ。終着点は亡念
「…………え」
ミロの発した一言。シルヴィはそれに聞き覚えがある。だが、聞き覚えがあったが故に、なぜ今それが告げられたのかには、全く考えが及ばなかった。そして、言葉の出ないシルヴィに変わって、啓示を授けたミロとマリがその意味を説明した。
「シルヴィお姉ちゃんも、気づいてると思うけど、これはスカー……お姉さんが探し物をしてた時と同じ啓示だよ」
「けれど、ジャスティスの啓示で一言一句同じものが出ることは殆どないの。その人に必要な啓示は、たとえ同じものが目的でも、そのなかみは少しづつ違う。それでね、たった一つの例外だけは、同じ啓示が受けられることがある」
「それは、啓示の未遂。啓示の中身が、まだ果たされてない時は、まったく同じ啓示が出てくる」
空白の時間、三人のいる場所に空白が流れ込んできて、言葉が止まる。やがてシルヴィは二人の言う意味を咀嚼して、重々しく口を開いた。
「つまり、二人が出した啓示の中身は、今の私はまだ果たしてないと言うこと?」
「そう……だと、思います」
ミロとマリの説明に、シルヴィは押し黙る。遺物が見つかり、仲間の弔いを果たして、ようやく後悔を果たした。そう思っていた矢先に啓示が示した『未遂』という事実。シルヴィはその事実をどのように捉えるか迷い、考えあぐねた。
「シルヴィおねえさん……だいじょうぶ?」
「あ、ごめんなさい。ちょっと、驚いただけ……だから」
ようやく穏やかになった心に、またも覆いかぶさる不穏な空気、結局その後、ミロとマリに送られるままに修練場を出て、シルヴィは一人町中を歩き回った。
修練場を出て、街を歩きだしてしばらく。シルヴィは少しずつ自分の中の疑問がこぼれ出してくるのを感じる。それは、あの依頼が、まだ終わっていない事への、様々な疑問だった。
結局、ナイフは見つからずにいるのは良いのだろうか
鎧の情報はなく、ペンダントが落ちていた場所も正確とは言えないのではないか
ザムトの弔いを、他の仲間にも知らせるべきだろうか
あの未開拓の森の洞窟をまだ調べていない
あの洞窟の手前で、なぜ倒れたのか
あの洞窟で最後に目にした、あの白衣はなんだったのか。
啓示の一文という波紋が、心の中に残り続け、ずっと何処かを波立たせる感覚。それはやがて、溢れ出す疑問や疑念を浮かび上がらせてきて、シルヴィの深層を掻き乱す。
「はぁ……はぁ……」
心の動きだけだったそれらは、次第に身体の動きをも支配し、民家の隙間の小道に入ったシルヴィは、不安が、身体をめぐる感覚に息を乱した。そして、浅く速くなる呼吸に目の前を見失いそうな所で、後ろからシルヴィに声を掛ける人間がいた。
「シルヴィ? どうしましたの、そんなに息を荒げて……?」
「レギー、ナ?」
町の巡回中だったレギーナが、小道で休息していたシルヴィを、見つけた。レギーナはすぐに彼女に駆け寄り、自分の腕を貸して、抱きつくように促した。そしてすぐに歩いて、近くにあったレギーナの借宿で休むことにした。
「ごめんなさいレギーナ、迷惑を……」
「いいんですの。仲間なのですから、遠慮なく頼りなさいな」
シルヴィの謝辞もそこそこに、レギーナはシルヴィをソファに座らせて、キッチンの方へ向かう。家の中にいたシルヴィは防具のプレートを外して、シャツにスカートの着合わせでゆったりと過ごしていた。
「けど、なんだか急に体調を悪くしたようでしたが、何かありましたの?」
「うん……実は」
レギーナの疑問に、シルヴィは修練場での一幕の話をする。レギーナも捜索の当事者であったので、シルヴィの話については驚きを隠せなかった。




